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8.警備隊発足

 家に引っ越してから2週間が経過をし、すっかりミリアとヘルマはヤーナックの町の住民として人々に認められたようだった。というのも、その2週間で多くの家を彼女たちは回って、警備隊への勧誘をしながら人々への挨拶もしたからだ。おかげで、5日を経過する頃には4,5人が名乗りをあげ、そして10日間で、なんとか10人集めることが出来た。そして、その後は活動を見ていた者たちが声をかけてきたり、隊員が声をかけたりで、あっという間にどんどん増えている。


当然、町の人々がみな良い対応だったわけではない。むしろ「女になんて教えを請わない」などと言う者たちが多くひと悶着もあったが、今はすっかりみな従順だ。ヘルマが案外と口が立って人々をねじ伏せたこと、更には町で持てはやされている流れの剣士を打ち負かしたこと、そして、そのヘルマよりミリアの方が強いと伝えたこと。それらでおおよそ人々は納得した。あとは、日々の鍛錬を通して信頼関係を築いていくだけだ。


 時間の経過とともに、人々がミリアやヘルマを見る目は変わっていく。勿論、すべてが良い方向に行くわけではない。中には、彼女たちを嫌って辞めてしまった者もいたが、それはそれで仕方がない。まず、女性に教えを乞うという気分が向かない者は、何がどうあってもいる。だが、そういう人々は、そのうちミリアたちではない者が上に立てばまた戻って来るだろうとも思う。すべてが順調にいくことの方がおかしいのだ、とミリアはヘルマに告げた。


 警備隊の候補として集まった者たちは、本業を別に持っている。よって、それぞれが集まれる時に合わせて、一日3回、朝昼晩にわけて鍛錬を行っている。ミリアはその3回に必ず顔を出した。


「まだ剣の鍛錬はまったく足りないけれど、それでも、来月になったら全員で揃ってフォーメーションの訓練も行わないといけないわね」


「そうですねぇ。そう回数は多くなくてよいでしょうが、全員が一斉に集まるってのも必要ですよね」


「ええ、そうね」


 昼の鍛錬を終えて、少し遅い昼食を家で食事をしていると、ノックの音が響いた。ヘルマが「どなたですか」と問えば「ヴィルマーだ」との声。


「失礼する。宿屋のおかみに聞いて来た。まだ、この町にいたんだな」


「おかえりなさい」


 ミリアがそう言えば、ヴィルマーは少し戸惑った表情を見せて、それから「はは、ただいま」と笑う。ミリアも、自分から「おかえり」と言ったものの、その会話に小さく笑った。


「すまない、食事中だったのか」


「ええ。問題はありません。お茶でもいかがですか」


「いいのか? ありがとう」


 ヘルマが茶を淹れようとしたが、ミリアがそれを止めて動き出す。少しだけバツが悪そうに、ヘルマは「わたしより、お上手なんですよ……」と小声でヴィルマーに言った。「へえ」とヴィルマーは眉を軽くあげ、椅子に座って待った。


「どうぞ」


「ありがとう」


 そう言ってヴィルマーはすぐに茶に口をつけ、それから驚きの声をあげる。


「……やあ、これはいい茶葉じゃないか。ヤーナックのどこに売ってるんだ?」


「普通に売っている茶葉ですよ。淹れ方が違うのでしょうね」


 あっさりとそう言ってミリアは座り、再び食事を続けながら彼に尋ねた。


「で、何でしょうか?」


「いや、君たちが元気なのか様子を見ようと思っただけだ。元気ならばそれで良かった」


「ええ、元気です。あの後、すぐにスヴェンとお会いして……」


 ミリアはスヴェンとのこと、怪我の治療の話、それから町長にこの空き家を無料で借りたこと、その代わりに警備隊発足に尽力してほしいと言われたことをヴィルマーに話した。ヴィルマーは「そうか……」と一旦何故か肩を落としたように見えたが


「警備隊が出来れば本当にありがたい。勿論、だからといって俺たちが来なくなるわけでもないが、一か月ここを留守にしている間の心配がいくらか減るのでな」


「今はまだ始まってそうほどない状態なのですが、数人はたった少しでも剣の腕前が上達しました。来月いっぱいはその鍛錬を繰り返して、再来月ぐらいからはみなさんの仕事の邪魔にならず、負担にならない程度に組を作って町の巡回を始めようと思います」


「それは、少し早くないか?」


「ええ、少し早いですね。ですが、そういうことを行っている、ということを町の人々に知らせた方が良いですし、わたしはあと3か月しかここにいませんから、それまでに何を必要とするのか、何をすればよいのかを、おぼろげでも輪郭を作ってあげたいのです」


 ヴィルマーは驚いた表情でミリアを見た。


「何か……?」


「いや、びっくりしただけだ。君は、剣の腕だけではなく、人々に道筋を作ってやろうと……ううん、人員がどうのと言っていたこっちが恥ずかしいな……」


「?」


 ヴィルマーの最後の言葉は小さくもごもごと口ごもっていて、ミリアにもヘルマにもよく聞こえなかった。が、彼は茶を飲み干して


「よかったら、その警備隊の鍛錬とやらを見せてくれないか。少し興味がある」


と、真剣な表情で告げた。




 夜の鍛錬、とはいえ、それらは夕方に行うことになっていた。ヴィルマーと共にクラウスも顔を出す。昼間働いている者も多いため、朝と夜の鍛錬に参加をする者も多く、両方に顔を出す人数も案外と多い。


 場所は、2つの廃墟を壊して草が生え放題になっていた場所。その雑草をみなで全部抜き、整地をした。そこで、みなで筋力をあげるトレーニングを10分ほど。それから、剣の腕前によってグループを作って、それぞれの鍛錬を一時間ほど行う。それから、希望者のみ分銅の鍛錬を行う。


「おっ、ヴィルマーだ!」


「ヴィルマー、来たのか」


 参加している者たちのほとんどはヴィルマーを知っており、嬉しそうに声をかける。一時的にわあっと人々はヴィルマーを囲んであれこれと互いの様子を話し合っていた。ミリアもしばらくはそれを放置して様子を見ており、逆にヘルマが「はーい、そろそろ始めますよ!」とみなに声をかける。


 筋力を鍛えるトレーニングはヘルマと他に2人の男性がメインになって行う。それをミリアとヴィルマー、それからクラウスは少し離れたところから見ている。


「この鍛錬を4日繰り返し、それから1日は体力作りで走っています。走るのを嫌がる者がいるので、その日は帰りにパンを配るようにしているんですが、案外と仕方なくみな来ていますね」


「帰りにパンを配るように?」


 予想外の単語が出てきたことで、ヴィルマーはオウム返しをする。


「警備隊の訓練に報酬はありません。ですが、労働にはそれなりの対価が必要でしょう」


「パンとは? どこかで買ってきているのか」


「いえ、焼いています」


「焼いて……?」


「わたしとヘルマで」


 ヴィルマーは目を大きく見開いて「ええ!?」と驚きの声をあげる。


「それはどんなパンなんだ?」


「どうということもないパンですよ。鍛錬の合間を縫って、町長に頼まれた仕事をこなした報酬で材料を買っています。まあ、結構時間は必要ですが、鍛錬と鍛錬の間に」


「ええ~……俺も、そのパンが欲しいな」


「では、ヴィルマーさんも参加なさいます?」


 ミリアのその言葉にクラウスは吹き出した。何故なら、ヴィルマーは「一つぐらい自分にくれないだろうか」と甘いことを心の中で思っており、それをクラウスはわかっていたからだ。そして、ミリアも実はそれは見通していたので、これは小さな意地悪だ。ううーんと唸るヴィルマー。


「走るのか……走るのか……ううん、そうだな……頑張るか……」


 そのヴィルマーの答えにクラウスが「本気ですか!」とげらげら笑う。ミリアも「いつでもお待ちしていますよ」と言って笑えば、ヴィルマーは「一度だけな。一度だけ」と呻いた。




 筋力を鍛えるトレーニングを終えた後は、ミリアも加わって剣の鍛錬を開始した。人々から離れてその様子を見ているヴィルマーは、横にいるクラウスに声をかける。


「どうだ」


「あれは、人に物を教えたことがある人間の教え方ですね。しかも、隠してはいるようですが、もともと騎士の剣を使っている。とはいえ、みなにはそれを強要していない」


 クラウスはヴィルマーの「どうだ」が、警備隊のことを聞いたわけではなく、ミリアのことを聞いたのだと、何も言われずとも理解をしていた。


「そうだな」


「剣を振るうことが苦手な者に木刀での素振りをさせていますが、褒めて伸ばしていてお上手ですねぇ。それでいて、体勢にはシビアだ」


 クラウスはそう言って、肩を竦めてヴィルマーを見る。


「彼女、何者なんです? もうご存じなんでしょう? 一緒にいるヘルマは、我々の前で彼女を呼ばないですが『お嬢様』と呼ぶところを一度聞いたことがありますよ」


 ヴィルマーは少しばかり考える素振りを見せる。その時点で「もう知っている」ということは、駄目押しのようにクラウスには伝わった。知らないならば、知らないと言えばいいのだし。やがて、観念をしたように「うーん」と唸って打ち明けた。


「多分だが……彼女は、レトレイド伯爵令嬢、元王城第二騎士団長だ。王城の噂話がここに届くのには時間がかかるし、騎士団長の入れ替わりなんかはなかなか話題にならない。だが、初の女性騎士団長だったのでな……」

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