6.最初の別れ
さて、それから数日経過をし、ミリアとヘルマは護衛の仕事を終え、ヤーナックに帰って来た。ヴィルマーの予想通り、特に野盗は現れず、ただ、魔獣が少し森で出た。とはいえ、その魔獣を蹴散らすのにはそう苦労はしなかったため、ひとまず無事に商人を送り届けて彼女たちは戻って来た。
そして、更にそれから数日後。ついにヴィルマーたちはヤーナックから離れることになった。みな宿屋の厩舎から馬を出して荷物を括り付けていた。なんとなく、ミリアたちもまた、彼らを見送ろうと厩舎に向かった。
「ヴィルマーさん」
「ああ、どうした?」
彼はいつもと変わらぬ笑顔を向ける。
「お見送りをしようかと」
「はは、そうか。見送られるほどのものじゃないが、ありがとう」
と彼は言うが、次に彼らがヤーナックに戻って来るのは随分先の話だ。もちろん、ミリアたちが滞在を続けている保証はない。
ヘルマは、少しだけ離れたところにいたクラウスに声をかけ、他のヴィルマーの仲間たちともあれこれ会話をしている。どうやらヘルマは元来の明るさのおかげで、だいぶこの傭兵団の人々と仲良くなったらしい。
「本当は治療術師を紹介したかったんだが……どうにも、もうここを出なくてはいけなくてな」
ヴィルマーはバツが悪そうに小声で呟く。ミリアはそれを聞いて「ああ、一週間滞在と言っていたが、10日まで伸ばしたのは、もしかしてそういう理由で……」と理解をした。申し訳ないと思いつつも、そこまで自分のことを考えてくれたのかと思うと、素直に嬉しく思える。
「大丈夫です。この宿をお使いになると伺いました。おかみさんにも話を通しておきましたので、きっと会えるでしょうし。お心遣いありがとうございます」
「礼を言われるほどのことでもない。じゃあ、俺たちは次の町に行くが……ううん……」
ヴィルマーはなんとも言えない表情を見せる。何かを言いたいが、それを何故か言えないような。どうしようかと悩んでいるような。ミリアはそれへ、首を軽く横に傾げた。
「まだ何か?」
「いや……なんでもない。悪かった。次に我々がこの町に来る頃には、君の足が治って王城に戻っていることを願っているよ……」
彼の声音は少しぼそぼそとして、その言葉が本心なのかそうではないのかを測りかねるものだった。が、ミリアはそれを顔に出さず、かすかに微笑む。
「ありがとうございます」
そう答えるミリアにヴィルマーはすっと手を差し出した。別れの握手か、とミリアはそれを握って彼を見上げる。が、どうもヴィルマーの大きな手がミリアの手を握ったまま、いつまでも離れない。彼の目線は、握った互いの手に注がれていた。ミリアは彼の手の大きさ、そしてその手から伝わる熱を感じ取って、なんだかいたたまれない気持ちになる。
「……ヴィルマーさん?」
「あ!? あ、ああ、いや、すまん」
そう言って慌てて手を離したヴィルマーは、まるで自分がしでかしたことを恥じるように、慌ててミリアに背を向け馬に乗った。待っていた人々はそれを見て「じゃ、先に町の外に出てますよ!」と言って馬を歩かせる。ミリアとヘルマは彼らに軽く手を振って見送った。
「ほら! もう行かなければいけませんよ」
最後まで残っていたヴィルマーにそう言うのはクラウスだ。ヴィルマーは軽く頷いて「うん……では、またな」と言って馬を歩かせた。それに続いて、クラウスも軽くミリアたちに頷いてからヴィルマーについていく。
彼らの馬は緩やかに宿の前の大きな通りに出て、町の外に向かった。かつん、かつん、と馬の蹄の音が響き、町の人々が「また出かけるのか!」「気を付けてな!」と様々な声をかける様子を見つめる2人。
「またな……ですか」
ミリアには、王城に戻っていることを願っていると言ったくせに、再会を望むような言葉を口走るなんて一体何を考えているのか……しばらく人々の背を見送っていたミリアに、ヘルマが声をかける。
「お嬢様。大丈夫ですか。あの人、お嬢様に気があるんじゃないですか? 何かされませんでしたか?」
あまりにまっすぐな彼女の言葉に、ついミリアは笑ってしまう。何かされたかと言うと、何もされていないが、何もされていないかと言えば、長く握手をされた。なんとも言えない質問だな……と心の中で苦笑いひとつ。
「ふふ、大丈夫よ。特に何も。良い人たちでした。さあ、それじゃあ今日も役所に行きましょう」
ヴィルマーたちと本当にこれでお別れなのか……そう思うと、少し胸の奥が痛む。だが、彼女はそれを見て見ぬふりをした。ただひと時をなんとなく共に過ごした良い友人との別れだ。そんなことは、今までだったよくあることだった。
だが……と、そっとミリアは自分の胸に無意識で手をあてた。まるで、何かを確認するかのように。
しかし、彼女は何も確認をするようなこともなく「役所に行きましょう」とヘルマに声をかけるのだった。