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4.静かな探り合い(1)

 翌朝、早い時刻に目が覚めたミリアは、ヘルマを起こさずに着替えて部屋を出た。もともと彼女は早起きで、怪我をする前は朝食前に走っていたものだ。だが、今はそれが出来ない。走れないわけではないが、以前よりも距離を走らずとも痛くなる。仕方がないので、朝は走ることを止めて、剣の打ち込みに留めている。


(厩舎の前に広い場所があった。あそこを使わせてもらおう)


 陽がようやく姿を見せ、鳥が朝を告げる頃。宿屋を出て裏手に回る。すると、そこには既に見慣れた人物がいた。ヴィルマーだ。


「……!」


 ヴィルマーもまた、剣を持って素振りをしていた。剣を振るうたびに、ヒュッと音が鳴る。彼は上半身に衣類をまとっておらず、筋肉質の体がさらけ出されている。腕の各所と背中の筋肉を見て、ミリアは「騎士団でもこんなに鍛えている者はそうはいない」と驚く。そして「なるほど、あれだけ子供たちがぶら下がっても困らないわけだ」とも納得した。


(美しい剣ですね。それに、正しい刃筋。一体どこでどう剣術を学んだのやら……)


 しばらくそれを見ていたら、突然ヴィルマーが振り返る。


「おはよう。そんなに見ていて楽しいもんか?」


「おはようございます。気付いていらしたんですか」


「ん。声をかけてくるまで待とうと思ったんだが、一向に声がかからなかったので、痺れを切らしちまった」


 そう言って笑うヴィルマー。ミリアは壁から離れて、彼に近づいた。


「良い剣筋です。一体どこで剣術を?」


「うーん? 俺の剣が良いとわかるってことは……君もそれなりに出来るってことだろう? 昨日の戦いはやっぱりもうちょっと放置しておけばよかったかなぁ」


 話をはぐらかされた、とミリアは思ったが、そこは追及をすべきことでもない。


「とはいえ、今は足を怪我しているので。助かりました」


「馬に乗っていた様子を見たら、怪我をしているようには見えなかったんだが」


「そうですね。少しは大丈夫なのですが、長時間馬に乗っていると痛んできます」


「そうか。それは難儀だな。どこで何をして怪我をしちまったんだ?」


「魔獣の討伐で」


 その言葉にヴィルマーは目を大きく見開く。


「なんだ。そんなことまでやっていたのか。君は一体……」


「そういう現場には今は女性も多いですからね。ヘルマもその一人ですし。まあ、わたしはちょっと運がなかっただけのことですよ」


 ミリアはそうはぐらかして、ヴィルマーから少し離れた。


「わたしもここで打ち込みをさせていただいても?」


「ああ。いくらでも。気が済むまでどうぞ」


「ありがとうございます」


 そう言ってミリアは剣を構えた。ヴィルマーはそれを見て「話は終わりか」と諦めたようで、彼もまた素振りを再開する。


 しばらくすると、彼は剣を置いて分銅――ロープの両先に錘をつけたもの――を手に取った。その気配に気付いて、ミリアはそちらを向く。


「狩りをするのですか」


「うん、まあ、魔獣狩りだ。これを見て、よくわかるな? さすがだ」


「わたしも使っていたので」


 それは、魔獣討伐に欠かせない投擲とうてき武器だ。自分たちの体よりも大きい魔獣も多く、そんな相手に剣で倒せと言うのも無理な話。脳しんとうを狙って分銅を投げるのは普通の狩りのみならず、魔獣討伐でもよく使われる手法だった。


「この辺では、野生動物も魔獣も多いのでな。それに、残念ながら我々の中には魔導士はいない」


 魔獣討伐には魔導士が活躍をすることを知っている、ということだろう。ミリアは騎士団長として遠征をした時に魔導士をメインとした戦術をとっていたから、彼の言葉の意味がわかる。魔導士の中でも、一匹ずつへの攻撃魔法を使うものではなく、広範囲の魔法を行使出来る者。要するに、弓兵ではその代わりにはならないのだ。


 そして、魔導士と呼ばれる者はかなり珍しく、いてもみな王城付近の魔法学院に行ってしまうということも知っていた。


「なるほど。では、わたしたちもそれを購入した方がよさそうですね……」


「普通に武器屋に売っている。買うならいいやつを買った方がいい。飛び方が違うからな」


「わかりました」


 それから、2人は互いが視界に入らないような位置で、それぞれの鍛錬を続けた。結果的にミリアの方が早く終え、軽く挨拶をして宿に戻っていった。


(今日の腹の探り合いはこれぐらいにしておきましょう)


 それは、きっとヴィルマーの方もそうなのだろう。つい、彼に興味があったのと、探りをいれたかったため、共に鍛錬をしてしまった。だが、自分の素振りを彼に見せてしまっては、わかる者が見れば「騎士の剣」だとわかるだろう。


(厳密に言えば、身分はどうしても隠したいわけではない。でも、今はまだ早いかな……)


 それに。ヴィルマーもやはり「何か」を隠しているのは明白だ。ミリアは敢えて言葉で突っ込まないが、それを肌で感じ取っていた。




 約束通り、彼女たちはヴィルマーを通して町長を紹介してもらった。この町にはギルドというものはないが、役所の窓口で短期の仕事のあっせんをしているのだと言う。


「とはいえ、あなた方のように外から来た方々は、最初の数回は役所から直接の依頼を出して、どの程度こなしてくれるのか審査をさせていただくのですが」


「それで構いません。単発でも良いので、お仕事をいただけますと幸いです」


「わかりました」


 町長は受付担当の者を呼んできて、すぐにミリアとヘルマに依頼をした。この町では、基本的に依頼の方が多く、達成率が低いのだという話だ。それへ、ヴィルマーが「みな、それなりの仕事についているし、外部から人もそうそう流れて来ないからな。就職率が高いのは良いことなんだが、いろんな問題が先送りになっている」と説明をしてくれる。


「まずは、南側の森に入ったところにある薬草を摘んできていただけますか。本当はそれは女性たちの仕事なのですが、最近魔獣が時々出るようになって、そうそう簡単に行けなくなってしまって。護衛を毎回つけられれば良いのですが……」


 とはいえ、出現する魔獣というのも本当に時々なので、護衛をつけずに摘みに行く、そして、そういう時に限って出てくる……ということが何度かあり、すっかりみな臆病になっているのだと言う。


「わかりました。お受けします」


 ミリアとヘルマはそれから3日間ほど連続で、役所からの依頼をこなした。おかげで、5日目からはもう少し骨がある仕事を得ることが出来た。


「ああ、おかえりなさい。今日はどちらへ?」


 夜、宿に戻るとたまたまクラウスが通りがかり、声をかけてくる。ヘルマが「今日は説明だけです。明日明後日と、ヤーナックから山越えをするまで護衛が欲しいと言う商人さんがいて」と返す。


「もしかしたら、戻って来たらもうみなさんはここを出た後になるでしょうか?」


 ミリアの問いに、クラウスは「ううーん」と唸りながら、目を泳がせた。


「いえ、多分。多分、いると思いますよ。今回はちょっとだけ滞在を伸ばすつもりなので……」


「そうなのですね」


 何故、目を泳がせるのだろうか。ミリアは不思議に思ったが、それについての質問はしなかった。彼らには彼らの予定があるのだろうし、と思ったからだ。と、ヘルマがクラウスに


「クラウスさん、そういえば剣の手入れ用の……」


 と言えば、クラウスは笑顔で答える。


「ええ、今持ってきます」


 そのやりとりに、ミリアは「一体何を?」とクラウスに尋ねた。


「剣の手入れをする羊毛が、この町ではあまり手に入らないんですよ。ヘルマさんが欲しいとおっしゃっていたので、お分けしますね」


「あっ、取りに行きますよ!」


「そうですか。じゃあちょっと来ていただけますか?」


 ヘルマはミリアに軽く頷いた。ミリアもそれへ頷き返して、一人で部屋に戻る。


「ふう……」


 明日からは、旅の商人の護衛として往復4日間ヤーナックから出なければいけない。きっと、自分たちが来た時に現れた野盗が同じように姿を見せるのだろうと思う。商人たちが警戒をしているのも、どうやらこの町に来た時に同じように野盗に狙われたからなのだろう。


 考えれば、あの時ヴィルマーたちは彼らを追わなかった。それがどういうことなのかをその時にはあまり考えていなかったが、何か問題があるのだろうかと今更思う。


(明日の朝、ヴィルマーさんが鍛錬を行っている時間に話を聞こう)


 何にせよ、一度ヤーナックを出て戻って来て。その時にまだヴィルマーたちが滞在をしているのは少しありがたい。自分たちは多少慣れたものの、それでも新参者だ。ヴィルマーが町長に紹介をしてくれたから、彼の顔を立ててこうやって早く依頼を出してくれたのだと思う。そして、そんな自分たちはまだ町に馴染んでいないので、ヴィルマーたちがいなくなったこの町に戻って来ることが、なんとなく心細い。


(ああ、駄目ね。本当に。なんだか……)


 旅を始めてからヘルマと2人であちこちに寄った。それはどれも、少し滞在をすれば次の場所にと移動をしていく過程の一つ。だが、この町には長く滞在をしなければいけない。


 こうやって仕事を貰えるのも「外から来た人間」ではあっても「町にいる人間」と認められたからだ。しかし、未だに自分たちはまだこの町の者ではないのだ。


(それに、少しだけ)


 ヴィルマーからの厚意に甘えすぎたと思う。だから、その庇護がなくなることが少しだけ怖いのだ。それはよろしくない。彼らがいないことが当たり前だということに慣れなければいけない。


(久しぶりに、人に甘えたせいか……)


 半分は、ヴィルマーがあれもこれもと手を出してくれたせいだ。ありがたいと思いつつも、少しだけそれを失敗だと思う。


(甘える……か。そうね。きっと、甘えていたのね)


 不思議なものだ。自分は、元婚約者には甘えることが出来なかったのに……そんなことを思い出して、ミリアは軽く首を傾げて「忘れよう」と呟く。それから、どっとベッドに仰向けで倒れた。心身ともにそう疲れてはいないが、明日のことを考えれば早めに眠った方が良いと思う。しかし、なんとなくぐるぐる考えてしまって、彼女は服を着替えることも忘れて天井をじっと見つめていた。


「何にせよ、戻ってきたら……まだいてくれるんだわ。それは、ありがたい……」


 そうやっているうちにヘルマもまた戻って来て「お嬢様! すごく良い羊毛をもらったんです!」と大喜びの声をあげた。ミリアは「それはよかったわね」と小さく笑った。



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