3.酒場で値踏み
その晩、ヴィルマーとクラウスは宿屋の隣にある酒場兼食事処にミリアたちを誘った。中に入ると、ヴィルマーの仲間たちが既に数人酒を飲んでいて「おっ、帰って来たか」と手を振って挨拶をする。
子羊を煮込んだシチュー、魔獣バイコーンのもも肉のロースト、この付近で獲れるバントと呼ばれる芋を焼いたもの、野菜を細かく切って甘辛く炒めたものを詰めたパイ……それらを「今日は俺が選ぼう」と頼むヴィルマー。
彼らは誰も酒を頼まず、果物を漬けた茶を並べて乾杯した。何に乾杯なのかと言っても、特に何もない。「なんかわからんが、乾杯」と適当なことをヴィルマーが言い、クラウスが「出会いに乾杯とか言ったら、ぞっとしたところでした」と突っ込むものだから、ヘルマが声を出して笑う。
「本当は、ヤーナックにようこそ、とでも言えばいいんだろうが、我々はここがホームというわけでもないのでな……毎月やってくるものだが」
「そういえば、子供たちが『おかえり』と言っていましたね」
「やつらからすれば、そうなんだろうなぁ……さ、子羊のシチューを取り分けよう。ここはなんでも大皿で出てくるから、2人で頼む時は気を付けるといい」
そう言って、ヴィルマーは豪快に盛られた大きな皿から、少し雑ではあるが4つの皿に取り分ける。彼は、取り合分けた皿をミリアに渡す。すると、受け取ろうと手を出したミリアは、ついつい、その皿を差し出す彼の手をじいっと見てしまった。
「ん? どうした? 何かおかしいか?」
「……いえ、まるで配給のようだと思っただけです。ヴィルマーさんのようにわざわざ全員分よそう人は珍しいなと思って……」
「はは。最初だけな。2人が遠慮をするんじゃないかと思ったので」
あっさりと彼はそう言葉を返す。聞かれれば答えるが、聞かれなければわざわざ言わなかったのだろう。少し大雑把なように見えて、それは見せかけだ。彼は相手の気持ちに配慮することが出来る人物なのだろう……とミリアは思った。
(傭兵とはいえ、彼は団長。こうやって人々に配る立場ではないでしょうに)
それをクラウスが許している。クラウスはヴィルマーの部下だというのに、何も言わずに見ているだけ。ということは、ヴィルマーのそれはいつものことなのか。それともクラウスは「配給される」側なのか、それとも……と、あれこれ疑念が湧いてしまうが、今日のところは考えたところでそれがわかるわけではない。
「あっ! 美味しいですね、このシチュー!」
「そうだろう、そうだろう」
それから、彼らは互いにそれなりの一線を守りつつ、楽しく食事をした。なんとなく、クラウスとヘルマは馬に関する話で盛り上がっていたので、それを聞きながらミリアは静かに食事をしていた。それへ、ヴィルマーが声をかける。
「君は、食べ方が美しいな」
「そうですか。ありがとうございます」
「いや、思ったことを言っただけだ」
なるほど、それについては誰にも指摘をされなかったが、少し考えればわかることだ。こういう場で、いつも通り――それは伯爵家での話だ――マナーを守って、いつも通りの所作で食事をしていれば浮いてしまうだろう。かといって、もうそれはどうにもできない。既に見られて、そして既に彼に把握されてしまった。
(身分はまあ……バレても良いといえば良いが、あまり話題になっても困るし、元騎士団長はともかく伯爵令嬢については、知られると少し困るな……)
金を持っていると思われても困るし、物を知らないと思われても困る。何かにつけて足元を見られての交渉をされれば面倒だ。腕っぷしでどうにかなるなら問題はないが、なんにせよ今のところは伏せておきたい。
(が、そう言っている彼の所作も、それなりに美しく見えるのは気のせいではない)
ちらりとヴィルマーを見ると、彼もちらりとミリアを見て「はは、気にするな」と笑う。ミリアは心の中で「まったく、侮れないな」と思いつつ、仕方なくそのまま食事を続けるしかなかった。
「ヴィルマーさんたちは、生まれが良い方ですね」
部屋に戻ると、開口一番ずばりとヘルマが言う。ミリアはミリアで自分の身分がバレてしまうな、と思っていたが、あちらはあちらでそこここに「それ」が見えていたということだ。そして、彼女が「たち」と言ったのは、クラウスも含むということだろう。
「どうしてそう思うの?」
「まず、腰の剣が違います」
「……そうね」
そこまできちんと目が行き届くのは、さすがと言ってもいい。ヘルマは明るくて、少しおっちょこちょいなところがあるものの、騎士としては優れている。なんといっても、2人旅のパートナーとしてミリアが選んだぐらいなのだから。
もちろん、ヘルマがこれから言うことの大半は、ミリアが一目で見抜いたことだ。
「あれは、良いところで購入している剣ですね。それに、服。マントに隠れているし、それなりにくたびれて見えますけど、くたびれていても仕立てが良いものは、どんなにくたびれていても、良いものだとわかります」
「そうね。勿論、それは実際に良いと思うものを見て来た人間にしかわからないことかもしれないけれど」
「あと、爪」
ああ、いいところに気づいたのだな。ミリアは「ええ」と先を促す。
「整えてありましたね。あれも、この辺に住んでいる、しかも、あちらこちらに行き来している男性にしては、綺麗すぎます」
「そうね」
「ね。一体どこの金持ちなんでしょうねぇ~」
そこで話が終わるのがヘルマの良いところだ。ミリアは「ふふ」と微笑んで「本当にね」と小さく返すだけだった。