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2.ヤーナックの町

「残念ながら、ミリアが会いたいと言っている治療術師も、俺たちのようにこのサーレック辺境伯領のはずれの町を歩いている。次にヤーナックに来るのは多分2週間ぐらい後になるんじゃないかな……」


 馬に乗りながら、ヴィルマーとミリアは足並みを揃えて会話をする。なるほど、こちらに合わせると言ったが、それは彼もまたヤーナックに怪しい人物を入れたくなかったから、情報を聞き出したかったのだな……とミリアは彼の意図を理解した。


「そうなんですね……それは残念です」


「だが、どこにいるのかと噂を聞いてそちらに行くのはあまり望ましくない。ヤーナックには定期的に治療を受けている者がいるのでちゃんと来てくれるが、他の町はどういうスケジュールで回っているのかよくわからないんだ……」


「なるほど……それでは、ヤーナックで2週間待つ方がよさそうですね」


「2週間滞在をするだけの路銀はあるのか?」


 ミリアはそう簡単に自分の懐具合を相手に教えると思われているのか、と少しばかり警戒をした。見れば、ヴィルマーはまったく悪気があるようには見えないが、腹の内まではわからない。


「どれほど必要でしょうか。足りなそうでしたら、まあ、それはどうにか稼ごうかと……と思いましたが、ヤーナックの町にはギルドはないのでしょうか」


「ううーん、ギルドはないなぁ。だが、さっきの野盗もそうだが、色々と問題があって、それを解決する者を町長は年中探している。君がそれに叶うのかはわからないが……」


 そうこうしているうちに、ヤーナックの町に辿り着いた。町の出入口には形ばかりの兵士が2人、うすらぼんやりと立っている。ヴィルマーに尋ねると「何一つチェックしないのさ。町の体裁を守るためにいるだけだ」と苦笑いを見せた。


「君たちはどうする? 俺たちは1週間ほど宿屋に滞在をするので、まず宿屋に行くつもりなんだが……」


「もしよければ、その宿屋を紹介いただけませんか。我々はこの町は初めてで、本当に右も左もわからないんです」


「わかった。もし、君たちが嫌でなければ、町の中の案内も俺にさせてもらえないだろうか……そのう、少しはな。ここで顔がいくらか利くので、俺と知り合いだということを人々に見せておくと良いかもしれないと思って」


「わかりました。むしろ、ありがたいです。よろしくお願いいたします」


 まだ完全にヴィルマーに気を許したわけではなかったが、話の筋はそれなりに通っていると思う。ミリアはヴィルマーたちについて行き、宿屋で二週間の滞在を申し出た。ありがたいことに予想よりも宿泊料は安かったので、手持ちの路銀から楽に賄えた。


「この町の雰囲気の割に、宿屋はそう悪くないですね」


 ミリアとヘルマは2人1室で部屋を与えられた。調度品などは必要最低限だが、室内は案外清潔感がある。


「ヴィルマーさんたちのおかげじゃないかしら。彼らがいつも一週間滞在をするのでしょうし、治癒術師もきっとこの宿に泊まるのでしょう。ほぼ毎月定期的に収入があるということだもの。辺境の町の宿屋の割に、羽振りが良いということだわ」


 それに、馬を繋ぐ厩舎も悪くなかった。2人は荷物を整理して、ヴィルマーたちの印象について軽く話し合った。特に今のところ、悪いようには見えていない、というのが共通の見解だった。




 ミリアたちが部屋で少し休んでから宿屋の前に向かうと、ヴィルマーはもう一人男性を伴って彼女たちを待っていた。


「クラウスと言います。ご一緒させてください」


 人当たりがよさそうな二十代後半ぐらいに見える男性は、ふわふわした栗毛に琥珀色の瞳を持ち、ひょろっと上背が高い。ミリアたちも彼に挨拶をして、早速出発をした。


「古い町並みという感じですが、それなりに活気がありますね。店屋も生活に困らないぐらいは並んでいますし……」


 ヤーナックの町は、予想以上に大きい町だった。人口も多い。むしろ、この辺境でこれぐらい栄えているのに、辺境伯の手が届いていないなんてことがあることの方が不思議に思えるほどだった。


 だが、それについてはヴィルマーが説明をする。


「この町はもともとそんなに大きな町ではなかったんだ。この町を通過した先、西の森の手前にあと二つ小さな村があってな。その両方の村が魔獣に襲われて、そこにいた人々がほぼ全員この町に入って来て60年とかいっていたな……突然人口が増えたので、その頃のサーレック辺境伯がそれなりに人員と金を出して、突貫工事で町を拡張したんだ。だが、当時魔獣が各地の小さな村を襲う事件がいくつも発生したため、手が回らなくてな……魔獣の討伐部隊も結成して、やんややんや騒いだって話だが……」


 そう話しながらあちらこちらの店を案内するヴィルマー。すると、通りで遊んでいた子供の一人がヴィルマーを見つけて声をあげる。


「あっ! ヴィルマーだ!」


「ヴィルマー! おかえりなさい!」


 すると、わあっと子供たちが一斉に集まって来る。ヴィルマーは「おいおい」と言いながら、一人ずつ頭を撫でたり「妹は元気か?」と語りかけたり、子供たちの相手をすることになってしまった。クラウスはミリアたちに「この通り、子供たちに好かれる人でして」と小さく笑う。


「良いことですね。子供たちに慕われている人に、悪い人はそうそういませんし」


 とミリアが返せば、クラウスは眉を軽く寄せながら「ふふ」と笑う。


「やはり、女性の2人旅となると、疑っていらっしゃいますか。我々のことを」


「いえ。今はそうでもありません」


 もちろん、ミリアの言葉は「最初は疑っていた」という意味だ。クラウスはその答えが気に入ったようで「あっはは」と声をあげてから、話を続ける。


「それは良かったです。勿論、警戒心は必要です。この町でもそれなりに。ですが、我々はヴィルマーがお話ししたように、サーレック辺境伯に雇われて巡回に来ているだけです。むしろ、何かあればいくらでもお声がけをいただければ、と思います」


「ええ。わかりました。わたしたちは本当にこの町のことも、サーレック辺境伯の領地についても何もかもわからないことばかりですので、力を貸していただけると幸いです」


「ええ、勿論です」


 そう言ってクラウスが軽く頷いたので、ミリアも「ありがとうございます」と返した。


「失礼かもしれませんが、ミリアさんたちはどちらからここまでいらしたのでしょうか? あっ、話したくなければ、それはそれで……」


「王城付近からです」

 

「王城! それは、それは本当に遠くからいらしたのですね。うわあ、そりゃあ本当に遠くから来たんだなぁ~」


 クラウスは言い方を変えただけで二度同じことを言っている。それに気付いてヘルマは吹き出して笑った。その笑いに、クラウスは「あっ、同じことを言ってましたね……」と恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべる。


「おおーい、クラウス、こいつらをはがしてくれぇ~……!」


 すると、情けないヴィルマーの声。見れば、ヴィルマーの肩の上にも、腰にも、それから腕にも子供たちが掴まったりぶら下がったりでいいように遊ばれている。クラウスはそれを見て「まだ明日も明後日もいるから、今日のところはこれで……」と先延ばしにするようなことを子供たちに言っており、それがおかしくてミリアとヘルマはもう一度笑った。


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