27.ヴィルマーの家族
サーレック辺境伯邸の門を通ると、門兵が「ハルトムート様がお待ちになっております」とヴィルマーに告げる。
「ハルトムートってのは、俺の兄、次期サーレック辺境伯のことだ」
「ああ、そういえば、5人兄弟でしたよね?」
「そうだ。一番年が近い俺の妹は、もう結婚してとっくに家から出ている。兄貴ももうすぐ婚約者と結婚してこの家に住む。それから、弟妹が一人ずついるんだが、その2人は先日から王城方面のアカデミーに通うため、この家から出た」
そんな会話をしながら、ヴィルマーとミリアは馬から降りる。すると、2人の兵士が近づいてきて「馬はこちらに」と手を差し出したので、ヴィルマーは手綱を渡した。
「ああ。ミリア、馬は家のそっちに繋いでおいてもらうから」
「わかりました。よろしくお願いいたします」
「はっ!」
ミリアがうっすらと微笑んで手綱を渡せば、若い兵士はわずかに頬を紅潮させる。それを見たいヴィルマーは
「ミリアは俺のだぞ」
と雑な釘を刺し、兵士は「は、はいっ!」と声を裏返した。
「ううん、君はそういう恰好をしても綺麗だからな……」
「ええ? それは勘違いかと思いますよ」
「勘違いじゃないよ。その、あれだ……顔か、と言われてしまうと困るが、俺は、その、ほぼ一目惚れみたいなもんだったからな」
「え」
「こんなに美しい女性が、あんな綺麗な剣を振るうのかと。惚れ惚れとした」
そう言うと、ヴィルマーは照れくさそうに「行こう」と雑に言葉を切って歩き出す。ミリアもまた、珍しくどう言葉を返していいかわからず「はい」と言って彼の後をついていった。
玄関を開ければ、驚いたことにそこはまるで花道のように使用人が並んでいた。ヴィルマーがそれを見て「はあ?」と声をあげたので、ミリアは「ああ、普段はこうではないんだな」と理解をする。
「なんだ、一体どうしたんだ? 兄貴、これは何だ?」
花道の先から歩いてくる男性の姿が。ヴィルマーによく似ているが、少しだけ年が上に見える。そして、少しだけヴィルマーよりも品があって落ち着いた印象をミリアは受けた。
「わたしもよくわからないんだが、父上が何やらこうやって迎えろと言って……」
そう言いながら苦虫をつぶしたような表情を見せる。
「で、父上は?」
「この大事な瞬間に、魔道具で何やら連絡が入ったらしく、部屋から出てきてくれない」
「阿呆か!」
「本当は、この中央に立って『よくぞ帰ってきてくれた、息子よ!』とか言いたかったんじゃないかなぁ……」
そのやりとりにミリアが目を瞬いていると、どこかの一室から荒っぽい声が聞こえる。どうやら二階からなのに、その声は案外と大きくエントランスにも響き渡った。
「うるさいうるさいうるさい! お前が何と言おうが、お前の娘さんは、俺の息子の嫁にするからな! レトレイド家に戻りたくなくなるぐらい、めちゃくちゃ大事にしてやるぞ! ざまあみろ!」
ええ? とヴィルマーはミリアを見る。ミリアも驚いて口を半開きにして、だが、その直後にきゅっと引き結ぶ。
「待て待て、親父は誰と話をしてるんだ!?」
大慌てでヴィルマーは使用人たちが作った花道を走って、エントランスから二階に続く階段をかけあがった。
しばらく一同は呆気にとられてその様子を見ていたが、仕方がないな、とミリアは長男に向かって礼をする。
「丁重なお出迎え、感謝に堪えません。ミリア・レトレイドと申します。この度、サーレック辺境伯よりご招待をいただき、馳せ参じました。このような姿で申し訳ございませんが、お許しいただけますと忝く」
「ああ、これはご丁寧にありがとうございます。ハルトムート・サーレックと申します。このサーレック家の長男です。ようこそ、ミリア嬢。父のわがままにお付き合いいただいたようで、大変申し訳ございません」
「いえ、わがままだなんて」
などと話をしていると、バタン、と大きな音をたてて一室の扉が開いたようだった。ヴィルマーがずかずかと出てきて「ミリア!」と二階から声をかける。
「なんでしょうか?」
「君のお父上に、俺の父親が何やら喧嘩を売ったようだぞ!」
「……それは、それは」
「なんでそんなに冷静なんだ!?」
「いえ、それだけ言われても……むしろ、わたしの父が喧嘩を買ったところを見てみたいのですが……買ったのでしょうか?」
「気にするのはそこじゃないだろ!?」
「いいえ。レトレイド家は武官の家門。レトレイド家に喧嘩を正しい形で売って、買ったのであれば、解決をするのは武によってのみ。場合によっては、サーレック辺境伯とわたしの父が決闘でもする可能性が」
そこへ、開け放たれた扉の中から「はあ!? 決闘!? 受けるわけないだろうが、バーカ! もう切るぞ!」と言う声が聞こえた。それを聞いて、ミリアは冷静に
「ああ、父は正しく買おうとしたのですね。なるほど」
と言うものだから、ハルトムートは
「ミリア嬢は変わった方だな……?」
と、いくらか呆れたように呟いた。
「おお、これは、これは、レトレイド伯爵令嬢。よく、ここまで来てくださった。わたしが、サーレック辺境伯だ!」
まるで今までのやりとりを誰も聞いていなかったかのように、2階から慌てて降りて来た人物は、そう言ってミリアに手を差し伸べた。目を何度か瞬いてから、握手を交わすミリア。
「サーレック辺境伯、お招きありがとうございます。ミリア・レトレイドと申します。お伺いするのが少々遅くなってしまって、大変申し訳ございませんでした」
「いやいや、左足の件は、うちの息子から聞いていた。それから、騎士団を退職した話についても、レトレイド公から話を聞いていてな。スヴェンをお勧めしたらどうかと思っていたら、君の方からヤーナックに来たと伺った」
そう言いながらサーレック辺境伯はにこにこと笑みを見せた。年のころは50歳頃。骨格はヴィルマー、ハルトムートとよく似ており、身長もほとんど同じ。だが、少しだけ痩せているようだ。それが年齢に応じてなのか、もともとそうだったのかはわからない。だが、見るからに「ここにいる2人の父親だ」と思える。
「さあ、では客間にご案内しよう。侍女長、茶を用意してくれるかな」
「はい」
そう言って、サーレック辺境伯は一階の別室へと向かう。花道を作るように並んでいた使用人たちは軽く頭をさげ、ミリアたちが辺境伯の後をついていくまでそこに並び続けるのだった。




