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21.魔獣の脅威(2)

「ギスタークが来たぞ!」


「気をつけろ!」


 西側に行った警備隊は、ヘルマが率いていた。案の定、ヤーナックのすぐ近くにギスタークが2体現れたが、それらはどれも興奮状態だった。このままヤーナックの町に走っていきそうな勢いだったため、ヘルマは狩猟用に使う分銅を使った。連れて来た者で、分銅を持っている者は3人だけ。他の3人は、血を流させないために木刀を構えて、ヤーナックまでの道を塞いでいる。


 残念ながら、警備隊には、いや、ヤーナックの町には、魔法を使える者はいない。こういう時に魔導士がいたら便利だが、今はそれを言っても仕方がない、とヘルマは集中をする。


「ふっ……」


 ヘルマも、分銅はそこまで上手くはない。なにせ、彼女は騎士だ。だが、ギスタークのように「血を流させない」ことが必要な魔獣を相手にするため、ミリアのもとでいくらか使ったことはある。ひゅんひゅん、と分銅を回し、遠くから走って来るギスタークに狙いを定めた。


(後ろにいる木刀の3人は震えている。そりゃそうよね)


 警備隊とはいえ、基本は野盗などの人間を相手にすることを想定していた。いや、魔獣相手も考えていなかったわけではない。それでも、魔獣相手の戦いはまだしっかり教えてはいなかった。


 それに、最近は夜間に交代でヤーナック周辺の見張りをしていたものの、実戦は誰もしたことがない。


(魔獣相手が初陣だなんて、そりゃあ、怯む)


 だから、自分が仕留めなければ、とヘルマは唇をきゅっと結ぶ。とはいえ、二体同時に仕留めることは難しい。もう片方はもう一人に任せ、もし、それが外れたら自分が木刀で打って出る、とそこまでイメージをした。


 ギスタークの動きはそう素早くはない……が、残念ながら、人間よりは早い。けれど、動きそのものは単調だし、興奮をしていれば直進ルートをまっすぐ走るからこそ、狙いはつけやすい。


「……はぁっ!」


 ヘルマは分銅を投げた。荒れ狂って走って来るギスターク1匹は、それを避けることが出来ず見事に頭部に当たる。ギャン!と声が聞こえ、ごろごろと地面に倒れるギスターク。


「うわっ!」


 だが、1人が投げた分銅は、ギスタークに当たらずさらに先に飛んで行ってしまった。そして、もう1人が投げた分銅は角に巻き付く。ヘルマは「やっぱりか」と、木刀を即座に構えて、ギスタークに対峙をした。


「こっわ……!」


 ギスタークが跳躍をして、ヘルマに飛びかかった。後ろで木刀を構えていた男たちが、我慢出来ず奇声をあげる。ヘルマは、木刀を前に突き出し、ギスタークの口の中にそれをまっすぐ差し込んだ。


「くっ……!」


 飛びかかって来た前足の爪が、ヘルマの腕に引っ掛かる。が、それぐらいで済めば可愛いものだ。ギスタークは、自分の勢いのせいで口の中に木刀をめり込ませて、声も出ないほど悶絶してべしゃりと地面に落ちた。


「今よ!」


 ヘルマのその声に合わせて、後ろに控えていた男たち3人は一斉にそのギスタークに襲い掛かった。が、先に分銅で倒したはずの一匹は起き上がり、彼らには向かわずに、方向を変えて走り出した。


「! わたしはあちらに向かう! あんたたちは、そいつを倒してから北側の部隊と合流して!」


 北側のリーダーは、ミリアとヘルマが選んだ3人のうち2人が率いている。きっと彼らならばギスタークが現れてもなんとかしてくれているだろうと信じていた。ヘルマは近くに置いていた馬に飛び乗って、走っていくギスタークを追いかけた。何故なら、そのギスタークが向かった方角は、南側だったからだ。


 ヘルマは馬の手綱を握りながら、血が出ている自分の腕をもう片手でぎゅっと押さえた。布を縛っている暇はない。痛みはあるが、これは後からじりじり来るタイプの痛みだから、今は放っておこう……彼女は冷静にそう考えていたが、無意識に「フーッ、フーッ」と荒い息をつく。


 ミリアは一人だ。今だって、もしも自分が一人だったらなんとかなっただろうか。いや、きっとなっていない。そうだ、絶対になんとかなっていないに決まっている。警備隊員がほかにいてくれたから、ギスタークは一体そちらに向かったのだ。これが、最初からヘルマだけなら、当然2匹同時に自分に向かって来ただろう。そうしたら……!


(お嬢様……どうか、ご無事で……!)


 ばくばくと高鳴る心臓の音にすら気づかず、ヘルマは馬を走らせたのだった。




 ミリアは南側の森に入る前に馬を止めた。どっどっど、と、何かよくわからないが自分の鼓動の音が大きく聞こえる。騎士団長として彼女が魔獣狩りにいった時にも同じようなことが起きたと彼女は覚えている。それは「やつらが来る」という気配を感じたゆえに起きていることだ。だが、彼女には「気配を感じている」ということが自覚できない。ただ、鼓動が高鳴る。体が先に反応をして知らせてくれるのは、ある意味ありがたい。


「ちっ……」


 森に、入りたかった。だが、そこまでは間に合わないと踏んで、ミリアはそこで馬から荷台を離そうと馬から降りる。


(ヤーナックからそれなりに離れたが……まだ、安心出来る距離ではない)


 しかし、これ以上無理も出来ない。諦めて荷台を馬から外そうとするミリア。


「く、そ……」


 だが、一体どうしたことか。馬に荷台を繋いだ金具が固くて外れない。妙な汗が額に流れる。暑くないはずなのににじみ出るそれは、明らかに「恐怖」を感じているからだ。


「駄目だ!」


 ミリアは腰のベルトにひっかけていた分銅を手にした。何かが来る。いや、その何かが何なのかは、もう彼女にはわかっている。森から抜けて来たそれは……


(ギスターク!)


 3匹のギスタークが、森から飛び出して来る。荷台をそのままにしておけば、馬がギスタークにやられてしまうかもしれない。だが、それは仕方がない。荷台の上に置いた死骸を下ろすことも出来ず、ミリアは分銅を手早く回転させ、先頭を走るギスタークに向けて投げた。


 彼女が投げた分銅は見事にヒットをして、まず1頭が横っ飛びに吹っ飛んで倒れた。それから、彼女は剣を鞘ごと構えた。木刀を持ちだす時間がなかったからだ。


「ふっ……」


 動く肉食の魔獣と戦ったことは初めてではない。ミリアは両手で鞘側を持って、とびかかって来たギスタークの腹に、柄の部分をめり込ませた。が、思ったよりギスタークは高く飛んでいたため、彼女が想定していたほどは入らない。が、そこで彼女はすぐに剣を持ち換えて、自分に嚙みつこうとした口の中に、ヘルマのように剣を強く突っ込んだ。ギスタークは咄嗟に歯を立てたが、止めるのは間に合わず、後ろにのけぞって地面に倒れる。


 そして、もう1匹は、荷台の上に置かれた死骸に向かっていき、それを確認したようだった。


(しまった……!)


 あおおおおおん、あおおおおん、とそのギスタークは遠吠えをする。


(狩りを始める合図だ。もっと、ギスタークがいる)


 明らかに、ミリアを狩りの対象として認識したのだ。荷台付近で吠えられたことに驚いて、馬は暴れ出し、ヤーナック側に戻ろうとする。


「あっ……!」


 しまった、と思った時にはもう遅い。馬は走っていき、ミリアは取り残された。が、彼女はひとまずそこにいるギスタークを行動不能にしなければ、とすぐに走り出す。まず、落ちた分銅を拾い、最初に倒れた一匹が脳震盪を起こしていることを確認しつつ、次は遠吠えをしたギスタークに向けてその分銅を投げた。だが、それは、がつんと角に当たって落ち、そのギスタークがミリアに襲いかかる。


「くっ……」


 二度、鞘が付いたままの剣で薙ぎ払う。一度目は軽く避けられたが、二度目はそれなりの手ごたえがあり、どっ、と地面に落ちた。と、先ほど口の中に突き立てたもう一匹がミリアに向かってくる。ミリアは左手で鞘の部分を叩いて剣の先と自分の手首を右側へ向けた。そして、襲ってきたギスタークの喉の部分目掛けて剣を差し入れる。再び、ギスタークは後ろにのけぞって倒れた。相当強く入ったのか、そのギスタークは口から泡を吹く。



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