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19.嵐の前の物憂い

 ヤーナックに戻ったミリアは、数日なんだか元気がなくヘルマに心配をされていたが、それを「少し疲れたのよ」と曖昧に濁していた。


 ヘルマは、最初はあれこれと心配をしていたが「どうやら元気がないのは体のせいではないようだ」と気付いたようで、かといってミリアの心に土足で踏み込むような真似はしない。ただ、静かに見守ろうと思ってくれたのか、それ以上の追及はなかった。


 それをありがたいと思う反面、ふと心に過るのは「そうやって気遣ってくれることに、自分は甘えているのではないか」ということだった。


 確かにそうだ。いつだって、ヘルマに自分は甘えている。こうやって追及をされないこともそうだし、追及をしたい彼女を流すような素振りを見せて、黙らせることだってそうだ。


 ヘルマは、それについて「どうして教えてくれないんですか!」とか「そうやってはぐらかそうとしないでください!」とか、そんな風にミリアに言うことはない。それが、彼女を選んだ理由の1つでもあったのだが、今思えばそれは彼女への甘えなのだ。


(そうだ。わたしは、ちゃんとヘルマにもこうして甘えている。ただ、それをそうだとヘルマはきっと思っていないのだろう……)


 それは、ヴィルマーが「俺にはその自覚はなかった」と言うのと同じだろう。多分、ヘルマもそうなのだ。


「ヘルマ」


 言わなければいけない。言葉にしなければ。ヘルマにならば言える。そう思って、ミリアは家でヘルマに声をかけた。食事を作る準備を始めようとしていたヘルマは、厨房から「はーい? なんでしょうか?」と明るい声をあげてミリアのもとにやってくる。


「あの」


「?」


「いつも、ヘルマに甘えているわ。ありがとう」


「へえっ!?」


 やはり、ヘルマも驚きの声をあげて「ええ?」と困惑の表情を見せる。


「お嬢様がですか? いえ、いえ、そんなことはない、と思いますよ!?」


「そんなことは、あるのよ。先日、留守を守ってもらったことだってそうだし、警備隊のこともほとんどヘルマにお願いをしている状態でしょう。それに、そういったことだけでなく、いつもわたしのことに、無理やり踏み込まずにいてくれている。本当にありがとう」


「お嬢様……」


 ヘルマは、頬をわずかに紅潮させ、驚いたようにまくしたてた。


「一体どうなさったんですか!? お嬢様、えっと、その、どなたかの結婚式にいかれて、何かおかしくなってしまったんでしょうか? う、嬉しい、ですけど、そんな、突然そんなことを……うう……うう、うわぁぁん……」


 話しながら、ヘルマは涙を流し始めた。それを見て、慌てるミリア。


「ヘルマ!?」


「お嬢様、まさか、ご結婚が決まったりなさったんですか!? わたし、まるでお嬢様を手放す乳母のような気持ちになっています……!」


 そのヘルマの言葉に、ミリアはたまらず笑い声をあげた。が、それをヘルマは「冗談ではないですよ!」と、叫ぶ。


「お嬢様が持ってきたブーケを見た時、わたしがどれだけ驚いたか……!」


 そうだった、とミリアは思い出す。リリアナの結婚式で受け取ったブーケを、わざわざヤーナックまで持って帰って来た。少し花の元気はなくなっていたが、それを花瓶に活けてくれたのはヘルマだ。


「レトレイド伯爵様からのお手紙を、わたしは拝読しておりません。ですから、そこに、まさかお嬢様の婚約者だとか、ご結婚の話でもあったのかと思って、そうしたら嬉しいけれど複雑な気持ちで、ううっ……」


 すっかりヘルマとの話題は「甘えている」ということから遠ざかってしまった。ミリアは「大丈夫よ。そんな話はどこにもないわ」と言って、ヘルマの肩をぽんぽんと軽く叩く。ヘルマは小声で「なくはないでしょう~……」と呟いたが、続くミリアの言葉にかき消された。


「ね、とにかく、ヘルマには感謝をしているということです。これからも、あなたに甘えることが多いと思うけれど、許してもらえるとありがたいわ」


「も、もちろんです!」


 ヘルマはそう言って、涙を拭いた。これでミリアからの話は終わりだと理解をしたようで、少し鼻を赤くしながら「美味しいご飯を作りますからね!」といって厨房へと戻っていく。


(そうか……やっぱり、そうなのね。わたしは甘えるのが下手な上に、甘えている相手に甘えているとわからせることが下手なようだ……)


 しかし、元婚約者については、まったく甘えていなかった気がする……いや、違う。甘えていた。甘えていたが、その甘えを彼は不満に思っていたのだ。


(わかってくれると思っていた。騎士団にいたから、遠征は当たり前だと。それを、仕方がないと飲んでくれるだろうと信じて……)


 だが、元婚約者にとっては、騎士団で遠征に行くことすら、実はミリアの本意ではないのではと思っていたのだから、それは通じないに決まっている。結果的に、何も甘えていないと思われるのも仕方ない。


「ヴィルマーさんにも……」


 甘えているとは、思ってもらえなかった。それどころか、彼が甘えさせてくれることは、その辺で買い物をしていた人が袋から落としたものを拾う、ただそれだけのものだと言われてしまった。


 どうしてだろうか。何か裏切られたような気持になったのは。わかっている。自分は、彼の「特別」になりたかったのだ。きっと。更に、ヴィルマーの言葉を思い出すミリア。


――何度でもだ。他の誰にやられても、またかよ、と思うだろうが、君には何度落とされてもいいんだ。俺は――


 ああ、そんなことを言われたら、何度も何度も繰り返し落としてしまいたくなるではないか。本当に拾ってくれるのだろうか。本当に甘えても許されるのだろうかと、試したい欲求が湧いてくる。


(馬鹿ね。そんなことをして、嫌われたら……)


 どうするのだろうか。ミリアはそっと自分の胸に手を当てた。


「どうして、こんなに弱気になってしまったのかしら……」


 答えは本当はわかっている。ミリアは花瓶に活けられた花を見ながら、ヘルマが野菜を切る音に耳を傾けて思考を止めようと試みた。だが、なかなかそれはうまくいかず、ぐるぐるとあてでもないことを考えては消え、また考えては消え……を繰り返すのだった。


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