1.出会い
「お嬢様。この丘を越えたらヤーナックの町に到着しますよ!」
「ああ、やっとなのね。ここまで、なかなか時間がかかったわね」
苦笑いを見せるミリア。彼女は伯爵家を出てから3人の医師と会ったが、誰に見せても芳しくなく、一生この左足と向き合わなければいけないのかと諦めていた。そんな折、辺境の町ヤーナックに腕が良い治癒術師がいるという噂を聞いたのだ。
だが、その噂はかなり眉唾だったし、信ぴょう性には欠けていた。そもそも、治癒術師という存在が貴重だ。各地から集められた治癒術師が王城にいるが、それでもたった3人のみだ。そもそも魔法を使える者が少なく、攻撃魔法の使い手は騎士団の補佐として1人ずついるが、治癒術師となると更に人数が限られてしまう。その上、腕前もまちまちだ。
それでも、まずは行ってみようと思ったのは理由がある。ヤーナックの町はサーレック辺境伯が治める町の中でも領地のはずれにあり、正直なところ「どんなところかまったく話が入らない」謎の町だったからだ。
3年間騎士団長を務め、何か所か遠征に行ったが、どの辺境でもそれなりに情報が入る。だが、サーレック辺境伯が治める領地が広すぎる――これは前から問題になっておりサーレック辺境伯自身が王城に訴えていたのだが――ため、ほとんど情報がない。それを知っていたため、興味が湧いた。
「この辺は森が多いようだわ。これだけ自然が多いと、野生動物も魔獣も多く出るんでしょうね……」
馬車を3日間走らせてサーレック辺境伯の領地に入り、それから馬に乗り換えて2日。いくら彼女の足を気遣って休憩が多くとも、そもそも領内に入って2日も馬にのらないとたどり着けない場所がある時点で、かなり広すぎると言える。なるほど、これは確かに問題だ……そう思いつつ馬を走らせて数分。
「あっ! 少し見えましたね!」
「思ったよりは大きい町のようね?」
「そうですね……っ!?」
と、ヘルマは咄嗟に馬の手綱を引いた。それに反応をして、馬は慌てて止まる。すると、その馬の蹄の先に、パシッ、パシッ、と2本の矢が地面に刺さったのが見えた。
「何やつか!」
声を荒げてヘルマが周囲を見渡せば、木々の間から数人の男たちが現れる。薄汚れた身なりだったが、全員手に武器を持っていた。
「なんだぁ、勘がいい女だなぁ。おい、お前らどこの町から来たんだ? いいナリしてるじゃねぇか」
ヘルマとミリアは軽く目配せをした。どうやら彼らは盗賊紛いの様子だと、互いに理解をする。ヘルマはミリアを庇うように馬を操って前に出た。
「何の用だ」
先頭の男がにやにやと笑いながら答える。
「ヤーナックの町に行きたいのか? だったら、通行料が必要だな」
「ここはまだヤーナックの町ではないだろう? 関所があるわけでもなし。お前たちの領地というわけでもなかろうが!」
ヘルマがそう言えば、男たちはおかしそうに笑いだした。下卑た声に、ミリアは内心辟易をしながら声をかける。
「それで? 通行料とやらはいくら欲しのですか?」
そのミリアの発言に、男たちは「おおっ」と声をあげる。
「話がはえぇな。ま、あれだよ。3000ゴートぐらい置いて行ってくれりゃあな」
「馬鹿な! 3000ゴートだと? 高級な宿屋ですら一泊100ゴート程度だろうが!」
ヘルマのその声に「ヤーナックに着けなくなってもいいのかぁ~?」と言う男の声と、それをあざ笑う男の声が被さる。それへ、ミリアは
「そうか。では、3000ゴートのために、こちらも戦いましょうか」
と笑顔で言った。まさかそういう展開になるとは思ってもいなかったようで、男たちはぎょっとする。ミリアは言葉を続けた。
「悪いが、名乗りはあげません。そちらの名も聞かずとも良い。見たところ、武器の手入れも疎か。とはいえ、馬の前に射た矢はなかなかの精度。それなりの腕ならば、少しは楽しませてくれるでしょう」
「なっ……」
「そして、わたしはもう騎士団を退団した身ですので、ルールは無用」
そう言うと馬上から身を翻して降りるミリア。こちらは馬に乗っていたのだから、いささか荒くとも突破できないわけではない。だが、彼女は盗賊たちを倒して情報を聞きたいのだ……そうヘルマは理解をして、彼女も馬から降りて剣を抜いた。
「くそっ、やっちまえ!」
男たちは口々に叫んで2人に襲いかかる。が、ミリアの剣の腕前は、王城での剣術大会で2位を得た時もあるほどのものだったし、そのミリアの護衛についているヘルマも当然ながら相当なものだ。そのうえ、ミリアは相手との人数に差がある場面に今まで何度も出くわしてきたため、これぐらいの相手ならばそう困ることもない。
肝心なのは、一人に対して2太刀以上続けて相手にしないことだ。それが無理そうならば、一打で相手をスルーして、他の者の相手をした後ですぐにスルーをした者に戻る。そして、可能ならば3人は相手にしない。それをうまく守りながら、男たちをねじ伏せていく。
が、ミリアが2人、ヘルマが1人転ばせたその時、新しい勢力がそこに現れた。
「おい! お前たち、今日という今日は逃がさないぞ!」
突然、男性数人が馬に乗って現れた。その姿を見た盗賊たちは「げっ」と声をあげ、互いに目配せをして明らかに逃げようとする。それへ、ヘルマが大声で喚く。
「こらーーっ! そっちから仕掛けてきたくせに、逃げるのか!?」
「あいつらには捕まりたくねぇんだよ!」
そう言うと、あっという間に男たちは大慌てで走って逃げていく。ヘルマはそれを追いかけようとしたが、ミリアが「追わなくていい」と止める。様子を見れば「今日は逃がさない」と言っていた男たちもそれは口先だけだったのか、彼らを追わない雰囲気だった。すると、先頭の馬に乗っていた男性が、馬から降りて2人に近づく。
「俺たちが余計なことをしたようで申し訳ない。君たちが襲われていると思って割り込んだが、よく見れば結構余裕で勝っていたようだったなぁ。まったく、失礼をしてしまった」
そう言って、彼らを率いている様子の男は朗らかに笑った。
「いいえ、こちらとしても、慣れぬ土地で大きな問題を起こしたくなかったので、声をかけていただけて助かりました」
「そう言ってもらえると助かるな。ここにいるということは、ヤーナックに行くか、ヤーナックから出て来たのかな?」
「今からヤーナックに向かうところです」
「それなら、良ければ俺たちと一緒に行くのはどうだろうか。馬の歩みはそちらに合わせる」
ミリアは、そう相手をじっと見るわけでもなく、だが気付かれぬように見定めた。良い馬に乗っている。がっしりとした体格で、若いだろうにどことなくリーダーの貫禄がある。年のころは20代半ば。伸ばした灰色の髪は後ろで一つに束ねており、精悍な顔立ちだ。マントは薄汚れているが、衣類そのものの質は悪くない。そして、腰に帯剣をしているが……。
「失礼とは存じますが、お名前をお伺いしても?」
「ああ、俺は傭兵のヴィルマーと言う。サーレック辺境伯から依頼を受けて、領地内にあるはずれの町を巡回しているんだ」
「はずれの町を」
「サーレック辺境伯の領地は広すぎて、それぞれの町に手厚く部下を派遣出来ていない。一応それぞれの町のトップとやりとりはしているけどな。その中でもいくつかの町は警備隊もなく、トラブルも多い。ヤーナックもその中の一つだ」
なるほど、警備隊すらないのか。それは荒れた町なのかもしれない、とミリアは心の中で小さくため息をついた。
「さっきの男たちのような?」
「あいつらも問題だな。野盗が増えていてなぁ~……まあ、その話はおいおい。どうだろう? ヤーナックまでご一緒しても良いかな?」
「はい。わたしはミリア。こちらはヘルマといいます」
「よろしく」
ヴィルマーは2人に手を差し出す。それへ握手を返し、一同はヤーナックに向かうのだった。