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18.幕間~ヴィルマーとクラウス~

「んあー……」


「どうしたんですか。ヴィルマー。戻ってきてからというもの、なんだかぼんやりしていますね」


 翌日、ヴィルマーは他の町に滞在をしているクラウスたちのもとに戻った。ヤーナックから離れたその町の宿屋で、ベッドの上でごろごろとしている。そんな様子のヴィルマーを見るのが珍しくて、クラウスは驚いているのだ。


「俺は馬鹿だ……」


「そうですね?」


「そうなのか?」


「ですが、どうしてそう思ったのか、ぐらいは聞いて差し上げてもいいですけど」


「言わない……」


 そう言って、ヴィルマーは枕に顔をうずめた。そんな彼を見るのが初めてで、クラウスは驚きの声をあげる。


「ええ? 本当にどうしたんですか? 知り合いの結婚式に行ってきてなんでそんなに打ちひしがれているんですか。ううん、そうだなぁ……自分も結婚をしたくなった?」


「それはない……わけじゃ……ない……」


「え!?」


「いや、ない……まだそこまでじゃ……」


「……ミリアさんのことですか」


 それへの返事はない。返事がなければ肯定だ。クラウスはヴィルマーが見ていないのは知りながらも、わざと肩を竦めて見せる。


「俺は馬鹿だ。何も出来なかった。だって聞けないだろうが……泣いてるのは、過去の婚約者のせいなのか、なんて……それに……甘えられていたと言われても……いや、冷静になればわかる。甘えていた。甘えていたんだ。それに気づかなかったのは、彼女の礼節のある態度のおかげだ……」


「泣いている? 婚約者? 甘えて? 彼女?」


 もちろん、クラウスは結婚式でヴィルマーがミリアにあったことは知らされていない。だからこそ、一体ヴィルマーは何がどうしたのかと思っているわけだが……。


「ははあ。これは、やっぱりミリアさんのことですね。どうしたんですか。あなた、ミリアさんと会ったんですか。ほら、教えてくださいよ!」


 そう言って無理やりヴィルマーの体を掴んで、起こそうとするクラウス。男友達の気安さのように、ミリアたちの前では見せないぐらいの近しさで、笑いながら大きな体を掴む。ヴィルマーもまた「嫌だ! 嫌だ!」と少年のように暴れた。


「だって、あなた馬鹿でしょう。特にミリアさんのことになると」


「本当にそう思うか?」


「本当にそう思います」


「うう……」


 ヴィルマーはクラウスに無理やり起こされて、ベッドの上で胡坐をかいた。髪はぐしゃぐしゃだったし、衣類はしわくちゃになってしまっている。が、それをわざわざ直すような仲ではない。


「信じられんぐらい、綺麗だった」


「何がですか。ああ、新婦のことですか?」


「違う。ミリアだ」


「……ミリアさんが、結婚式にいらしたんですか!?」


 ようやくの白状に、クラウスの声がひっくり返る。


「あまりに綺麗すぎて、花畑に連れて行っても、彼女ばかり見てしまった。それで……またあそこに行く口実が欲しくて、夕暮れ時を待たずに帰ってきてしまった……」


 彼が言う「花畑」にはクラウスも心当たりがあったようで、小さく笑う。


「おっ、まさかデートに? いいですね。それで、もう一度次に行く約束を? なかなかやるじゃないですか」


 クラウスは驚いたようにそう言ってから、にやにや笑ってヴィルマーを突く。勿論、彼はヴィルマーが「レトレイド伯爵領に戻る前に」というミリアにとっての地雷を踏みぬいたことを知らないし、ヴィルマーも「何がなんだかわからなくなって、平静を保つことが難しかった」と告げ、あの時の自分が平静ではなかったことを認めていた。


「駄目だ。俺は、本当に馬鹿だ。馬鹿だから、あれだ」


「なんですか」


「次にヤーナックに戻ったら……」


 その先、ヴィルマーは言葉にしないで、胡坐をかいたまま背中側からベッドにぼすんと再び倒れる。もう、クラウスはわざわざ彼を起こさない。


「戻ったら?」


「あとは内緒だ……」


「はいはい。もうそろそろ町の巡回に行きますから、あと少しぐだぐだしたらいつものヴィルマーに戻ってください」


「あいよ……」


 すると、部屋の外でクラウスを呼ぶ声がした。クラウスはもうヴィルマーには構わず、そのまま部屋を出る。


 残されたヴィルマーは一人で、何度も何度もミリアのことを思い出しては「いかん、いかん」と言って、なんとか自分を平常運転に戻そうとしていた。


 こんな自分のことをきっとミリアは知らない。知られたくない。そんなことを思いながら、彼は「うう」と呻いて苦しむ。


「くそ……好きだ……」


 かすかに口から洩れたその言葉に、彼は驚かない。そうだ。自分は彼女のことが好きなのだ。そんなことはわかっている。いつからだ。いや、いつからなんて、そんなことに意味はない。いつからだろうが、大事なことは「今」彼女を想っているということだけだ。


(彼女が俺のことを悪くは思わないでいてくれたら……それだけでいいと思っていたが)


 もう、それだけでは足りないのだ。自分は、彼女が欲しい。


(欲しいってなんだよ。彼女はモノじゃない。いい加減にしっかりしろ……!)


 ヴィルマーは、がばっと起き上がる。それから、大声で「くそ!」ともう一度叫び、自分の両手で両頬をパン!と叩いてベッドから降りたのだった。


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