13.警備隊の揉め事
ヴィルマーたちがまたヤーナックから離れる日に、その事件は起こった。警備隊に志願をしていた男性が、その妻に「家のこともしなくなるにも、ほどがある!」と怒られて、鍛錬中に連れ戻されてしまったことがきっかけだった。
確かに彼がやったことは、よろしくない。警備隊は兼業で「本業に影響がないように」することが前提だ。だが、中には熱が入りすぎて、家では眠っているばかりになっている者もいるのだと言う。
また、教える立場が女性ということで、ごく少数ではあったがそれを懸念する声――特に参加者の妻だ――があがっていたのも事実だ。一応、それを緩和するために、各人の家庭には顔を出して挨拶もして、その月の報告をして、とミリアとヘルマは力を尽くしていたが、それでも防げないことは発生する。
結果的に、ヤーナックの町にいた「警備隊反対派」がそれをきっかけについに声を上げ始めた。そんなことをしたって無駄だとか、本業をおろそかにしてまでやることではない、だとか。町長のお墨付きでやっているとはいえ、そもそもそれは町民がやるべきことではないだとか。
中には、最初に勧誘に声をかけた時に、ミリアとそりが合わなかったものもいるし、彼らからすれば「満を持して」声をあげた、ということなのだろう。が、彼らが言っているように、ミリアたちの活動は町長からの依頼をうけてのことで、ミリアたちを非難するということは町長非難ともとられる行為だ。
正直なところ、この町では町長になりたいもの、なれる器のものがそういない。それを町民がみなわかっている。とはいえ、だからといって黙っているわけには……という空気も感じるため、ミリアは「人々の鬱憤も多少は受け止めるしかなさそうだ」と思う。
人々が揉めていると、今日まさに出立しようとしていたヴィルマーがやってきて、声をかけた。
「おい、何をしているんだ」
「ヴィルマーさん。いえ、大丈夫ですよ。今日、この町から離れるのでしょう?」
「あ、ああ……」
警備隊とそうではない人々が揉めている。それが大騒ぎにならないわけがない。しまったな、と思いながらミリアはヴィルマーに簡単にことを説明をする。
「今、ヘルマと、実質警備隊の頭になっているザムエルさんが彼らと話をしていますから。大丈夫ですよ」
「しかし……」
だが、その時揉めている集団の中から「どうせ、あんたたちはこの町の人間じゃないだろう!」という声が聞こえた。勿論、それがミリアとヘルマのことだとは、誰もがわかる。ヴィルマーはぴくりと眉を動かした。
「あいつら……」
「いいんですよ、ヴィルマーさん。本当のことですから」
「しかし……」
「これぐらいを自分たちで抑えられなければ、この町で活動を続けていくことは出来ませんから」
ミリアは冷静にそう言ってヴィルマーを見上げる。それは確かにそうだ、と彼は思ったのか「うう」と言って、なんとかその場にとどまった。
しかし、人々の諍いは激しくなっていく。仕方がない、とミリアがそちらに向かった時だった。
「お前ら、大体よぉ。女2人にヘラヘラ媚びて、恥ずかしくないのかよ!」
「はあ!? 媚びてねぇよ!」
「媚びてるだろうがよ! なあ? 女2人に尻尾振ってついていって、見てらんねぇや!」
それを聞いたミリアは「まあ、仕方がないな」と思ったが、ヘルマはカッとなってしまう。そのおかげで互いの言い分は話し合いにもならない、貶しあい、ただの口喧嘩になっていく。
「ヘルマ、やめなさい」
「で、ですが……!」
ヘルマがミリアに止められて、むう、と不満そうな表情を見せる。ミリアは彼女に代わって話を聞こうと前に出た。すると、その時、相手の男は調子に乗って大声を張り上げる。
「大体なぁ、なんで危険な目になんで我々だけが合わなくちゃいけないんだ、他の町はサーレック辺境伯の兵士が守ってくれてるぞ。どうしてこの町だけよぉ!」
「そうだそうだ! お前らだってそう思うだろうが!」
ミリアは、心の中で「しまった」と思ったが、もう遅かった。その言葉を聞いたヴィルマーは彼女を押しのけて、人々が言い争いをしている場に入っていき
「それは、彼女たちに言うべきことじゃない!」
と叫んだ。
突然現れたヴィルマーの姿に人々は「なんだなんだ」と驚き、だが、「いくらあんたでも、この町に住んでいるわけじゃない。話に横から入らないでくれ!」となんとか威勢よく追い払おうとする。しかし、彼は引かなかった。
「それは本当に申し訳ないことをしていると思っている。だが、辺境伯の方でも手は打っているんだ。しかし、今各地に魔獣や野盗が増えている。それらから町を守るためにも、警備隊が必要だ。少なくとも野盗にはその情報が流れて、この町を警戒するようにはなるだろう。そして、しばらく待てば辺境伯の方から間違いなく人員が寄こされる。だから、それまでの間、しばらく、どうか頼む。この町にはこいつらが必要なんだ……」
そう言うと、みなに頭を下げるヴィルマー。人々はぎょっとして、慌ててヴィルマーに口々に言う。
「なんであんたが頭を下げるんだ!」
「あんただって辺境伯に雇われてる立場だろ、そんなことする必要ねぇだろが」
だが、ヴィルマーはそれには答えない。そこに、クラウスが呑気に現れて、まったく事態を知らないかのように普通に「ヴィルマー! そろそろ時間!」と声をかける。
すっかり毒気を抜かれた人々は「まあ、ヴィルマーがそう言うなら……」「大体そのしばらくってのがないから怒ってるってぇの……」と文句をいいつつ、解散をする。むしろ、彼らもまた、文句をつけ始めたものの、退くタイミングがなくなってしまって、仕方なく喚き散らしていた、というところがあったのだろう。
一体、あの喧嘩はなんだったんだ、と言いたげに、尻すぼみの結果になってしまったが、それでいいとミリアは思う。この話は白黒をつけるべき話ではない。反対派の人々をやり込めれば良いなんて、そんな簡単な話ではないのだ。
そういう意味では、ヴィルマーが頭を下げてくれて、それで解散をしたのは悪くなかった。警備隊が勝ったわけでも、反対派が勝ったわけでもない。かといって、それは「そういう風に終わった」からわかることで、ミリアは彼らをねじ伏せようと前に出てしまった。そのことを、心の中で恥じた。
「ヴィルマー、すまなかったな」
「あんたに頭を下げさせるつもりはなかったんだよ」
警備隊の面々はみな、ヴィルマーの肩を叩いたりして、彼を労った。勿論、数名は去っていく男たちに「くそー! お前ら、見てろよ!」「二度とお前らにうちの商品は売らねぇぞ!」と喧嘩腰ではあったが。
「ヴィルマーさん」
「悪いな。個人的な話になっちまって」
「いえ……残念ながら、わたし達ではまだまだ時間がかかってしまっていたと思います。ありがとうございます」
「いや、礼を言われるもんじゃない……格好悪いところを見せた」
ヘルマは警備隊の人々と、まだぶつぶつと文句を言ってきた者たちへのあれこれをぎゃんぎゃん叫んでいた。だが、彼女はそれでいい。言うだけ言えばすっきりして、後腐れはなくなる。そういうタイプだから特にミリアは問題視をしていない。
(格好悪いだなんて)
諍いが発展をして、サーレック辺境伯の話になった。だから彼はどうしても我慢が出来なかったのだ。それぐらいはミリアにもわかる話だし、そんな彼を格好が悪いなどと思ってはいない。彼女が「いいえ」と首を横に振れば、ヴィルマーは肩を竦めて、苦笑いを見せた。
「ま、結局自分の話になっちまった……が、もうちょっと頼ってくれていいぞ。その、頼りがいはあまりないかもしれんが」
「いえ……いえ。その……」
どう伝えればよいのだろうか、とミリアは躊躇した。あなたに間に入ってもらって良かったと言えばいいのか。だが、それはあんな形で頭を下げた彼のことを思えば、そう簡単に認めたくない気もする。かといって、自分たちの力が足りなかったことは確かだ。けれども……。
(なんだか。なんだか、嬉しい。そんなことを言っている場合ではないのに、わたしは一体……どうして……)
うまく説明が出来ない。胸の奥がざわざわとして、その何かに「うるさい」と思う。そんな自分自身は珍しい。ヴィルマーは「どうした?」と声をかけたが、その直後に
「やばい。そろそろ行かないと。じゃ、そういうわけで」
と言って、あっという間にその場を去ってしまう。ミリアは彼を引き留めようとしたが、寸でのところで自制をした。そうだ、先ほどクラウスが来たではないか。彼らをこれ以上待たせるわけにはいかない。いかないが……。
人々は「なんだ、ヴィルマー。また出かけるのか」「気をつけて行ってこい!」と、走っていくヴィルマーの背に言葉を投げかける。
「……」
だが、ミリアは彼の背に何も声をかけられず、ただ、じっと彼の背を見つめ続けるだけだった。彼女は、適切な言葉をうまく見つけらなかったのだ。彼に対しても、自分に対しても。