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9.ヴィルマーの正体

「ほう、伯爵令嬢。それはそれは……ドレスをまとっていれば、さぞお美しいことでしょうね。それは、いつもの恰好を見ていたってわかりますよ。その上、第二騎士団長ですか。そりゃあ、かなりのものだ」


 どうやらクラウスが予想していた以上の立場だったようで、彼は本気で驚いている様子だ。目をぱちぱちと瞬かせている。ヴィルマーも、苦笑いを軽く見せて話を続けた。


「そうだ。あの若さで、しかも女性で。勿論、コネなんてものではない。王城の騎士団長がそんなもので務まるわけがないからな」


「そうでしょうね。騎士団長ともなれば、統率にも長けているのもうなずける。ヘルマにおおよそを任せているものの、やはり、誰が見たって、トップは彼女ですからね……」


「だが、パンを焼く」


 ヴィルマーはそう言って、クラウスを見上げてにやりと笑う。その笑みを見て、困ったようにクラウスは深いため息をついた。


「ああ~、それは、よろしくない」


「はは、よろしくないか」


「元騎士団長は置いといて、伯爵令嬢が焼くパンなんて、そりゃあどんなものか食べたくなるでしょうが」


「あっはははは! そうだろう。おい、お前も走れ! 付き合え!」


 そう言ってヴィルマーは豪快に笑いながら、クラウスの背をばんばんと叩いた。結果、彼ら2人は3日後の走り込みに参加をすることになるのだった。




 そうこうしているうちに、すぐに走り込みの日になった。走り込みの時間は30分。ミリアが左足の痛みを感じずに走れるのがその程度。スヴェンから治療を受けた今はもっと走れるかもしれないが、彼女はそれ以上の無理は決してしなかった。


 ミリアは人々を先導して黙々と走る。ヘルマはしんがりを務め、人々にああだこうだと声をかけてやる気を引き出す役割だ。彼女は最初からずっと動きっぱなしだが、それでも疲労を見せない。彼女は体力には自信があるため、ミリアは完全に彼女を信頼して任せている。


「ミリア。左足は大丈夫なのか」


 走りながらヴィルマーが声をかけてくる。ヴィルマーもクラウスもこの程度の走り込みはそう大したことがないようで、余裕があるようだった。


「この程度は。とはいえ、速度を少し落としているので、ちょっと大変ではありますね」


「あはは、そうだろう。俺もだ! だが、こればかりはな。みなに合わせよう」


 本当ならば、先頭にみなが合わせるのだが、警備隊の人々は基本的なトレーニングもしていない。なので、先頭に走るミリアがうまく彼らに合わせて「少しだけ」前を走るようにしているのだ。


「とはいえ、こういった走り込みは久々なので、まあこれも面白いな……」


 町の外を出てぐるりと少しだけ回って戻って来る。回る方向や、町を出る方向もいつも違うが、ミリアはおおよその時間を感覚で測っており、それはなかなか正確だ。ヴィルマーは「いつも見る景色と、なんだか違うように見える」と楽しそうにミリアに並走していた。


 そして、楽しそうなヴィルマーを見て、ミリアもなんだか少しだけ楽しい気分になっていた。




「はい、どうぞ」


 走り込みが終わり、警備隊参加者は地面に倒れて横たわったり、座り込んでいる。ヴィルマーとクラウスはミリアからパンを受け取った。紙に包まれているパンは3個。現在警備隊に参加をしている者は、24人。となると、70個以上も焼いていることになる。


「おお、本当にパンだ」


「少しずつ改良されているので、今回のものはお口に合えば嬉しいです」


「なるほど、警備隊と同じく、パンも育っている、ってことか」


 とはいえ、走って体がくたくたな状態でパンを食べることは難しい。それらは家に持ち帰る用だ。しばらくすると、1人、また1人と動き出し、礼を言ってパンを手にして帰っていく。家族がある者は家族と、1人の者は1人で、それを食べるのだろう。ミリアとヴィルマーは並んで人々を見送りながら話をした。


「残念ながら、わたしの見立てでは、この町はあまり労働賃金が高くない。その中で働いて、更に警備隊に参加という形では、続かない気がするのです」


「ああ……そうかもしれないな」


「その辺は町長と掛け合っているのですが……」


「なかなかな。だが、来年にもなれば、サーレック辺境伯のところから人員が送られてくるようになるだろう。だから、それまでの辛抱だ」


「そうなんですか」


「ああ。王城側をあれこれ泣き落としたようで、補助金も出るらしい。というか、そもそも辺境伯の領地が広いから、それを分断して、どっかの家門を立ててくれるぐらいの英断が必要なんだが、そこまではさすがに……ああ、こんな話を、すまない」


「いいえ」


 ミリアは首を軽く横に振った。


「おっしゃる通り。確かにその通りだと思います。サーレック辺境伯の領地は広すぎる。もともと、いくつかの集落が配慮されずに大きな森の一つとして捉えられたからこその領地なのでしょうね。人口をしっかり調べて、余すことなく集落を数えれば、それが一辺境伯の手に余ることは王城だってわかるはずです。もう一つ……そうですね。もう一つ、経営の拠点になるべき場所があると、だいぶ話が違うと思いますが」


「ああ。そうなんだ。なかなか難しい。だからこそ、今、この町に警備隊が出来ることはありがたい。辺境伯が人をこっちに寄越したからといって、今、警備隊になろうとしているやつらの人数は上回らない。結局は、助けが必要なんだ」


 ミリアはヴィルマーをじっと見た。その視線に気付いて「なんだ」とヴィルマーが言えば、彼女の聡明な瞳が彼を見抜くようにまっすぐ彼に向く。


「サーレック辺境伯には子だくさんで、5人のお子さんがいらっしゃるという話」


「……」


「そのうちの次男は、放浪癖があって家を出たっきりとお伺いしましたが、本当はそうではないんだとわたしは思うんですよ」


 肩を竦めて「そうかい」とヴィルマーは呟き、困ったようにため息をつく。


「レトレイド伯爵んとこの長女が騎士団長を辞任したことは、噂には聞いている」


「そうですか」


「それで、手を打ってくれないか。君も、どうやら身分をひけらかすようなことをしたくないのだろう?」


「手を打つとは? 何のことやら」


 そう言ってミリアはくくっと笑う。ヴィルマーはすっかり毒気を抜かれて「ええ?」と情けない声をあげた。


「俺は困るんだよなぁ~……どこでバレた? バレないようにしていたはずなんだけど」


「そんなに仕立ての良い服を着ていらっしゃるからですよ。薄汚れていてもわかりますし、みなさんが乗っている馬も良い馬ではないですか」


「ううーん、そうかなぁ? もう3年ぐらい着ているからかなり汚れているんだけど」


 そう言ってヴィルマーは自分の服をじろじろと見た。それをミリアはくすりと笑う。


「服の仕立てというものは、汚れなどでは補えないほどの力を持ちますからね。ぱっと見たところはその辺の傭兵部隊のように見えますが、クラウスさんもそれなりの家柄の方なのでしょう」


「あれは、うちの傍系、俺の従兄だよ。まったく、よく、君のような聡明な人がこの町に来てくれたもんだ。申し訳ないとは思うが、君の怪我に感謝だな……」


「そうですね。わたしにとってあの怪我は、退団をするほどのものだったので、まったく歓迎は出来ないものだったのですが……ここに滞在をして、案外と悪くないものだと思いました。良いものです。そこになかったものを作り出そうとする力と言うものは」


「……すまん」


「いいえ。それに、あなたにもお会い出来たので。おかげで、このサーレック辺境伯の領地の問題を知ることが出来ましたし、それに対する王城の対応も知ることが出来た。これまで、他の町というものは旅の拠点や通過点としか見ていませんでしたが……」


 ミリアは、起き上がって軽く挨拶をして帰宅していく男たちに、軽く手をあげた。ヘルマは彼らにパンを配ったり、明日の鍛錬のことを説明したりと忙しそうだし、それをクラウスが横で呑気に眺めている。その様子を見て、軽く口の端をあげた。


「なかなか、良いものですね。そこに自分が滞在をして、何かを作って残そうとしているということは。これは、町長にも感謝です」


「そうか。何か『あなた』のためになったならば、それは良かった。この、何もない町に滞在を強いることになったことに不安だったが、そう言ってもらえるとありがたい」


 そうヴィルマーが言うと、ミリアは「はい」と微笑んだ。その笑みを彼はしばらくの間じっと見つめる。だが、そんな2人のことをなんとも思わないように、子供たちがそこに現れて


「ヴィルマーだ!」


「ヴィルマー、遊ぼうぜ!」


 と、口々に彼に駆け寄って来る。ミリアは「ふふ」と小さく笑ってそこから離れてヘルマの方へ行く。彼女の背後でヴィルマーは「俺は走って来たばかりで疲れてんだよ!」と叫んだ。そう疲れてもいないくせに、とミリアは心の中で呟いた。


「ちょっと! パンは一人1袋だよ! あんたさっきも持って行ったでしょ!」


「バレちまったか」


「ヘルマはちゃーんと見てるからなぁ~!」


 そう言って、まだ残っていた人々はげらげらと大声で笑った。ヘルマはたんたんと足で土を踏んで「もお~! そんなに欲しいなら、金を出しな!」と言って、また人々はそれで笑う。


「えっ、金を出せばもっと買わせてくれるんですか」


 突然横にいたクラウスがそう言いだしたものだから、ヘルマは驚いてたじろぐ。


「えっ、あっ」


「おいくらですか」


「ひゃ、100ゴート!」


 宿屋の料金以上だ、そりゃねぇだろ!と人々がどっと笑うと、クラウスはポケットをごそごそとまさぐって銀貨を出した。


「500ゴートがあるんで、これで5セット……」


「あんた馬鹿なの!?」


 男たちは「ヘルマ、そいつにかまうな。そいつは頭がちっとおかしいんだ」と囃し立てる。そこにミリアが割り込んで


「材料を持ってきてくれれば、焼きますけど?」


と、現実的な提案をした。すると、クラウスは「わかりました。では材料を教えていただけますか。あっ、あと、これはミリアさんがおつくりになるんですよね?」と尋ねる。


「ええ、ヘルマも手伝ってくれますけど」


「わかりました。じゃあ、ヴィルマーに転売できるな……」


 遠くでヴィルマーが「クラウス! お前、何言ってんだ!」と声をあげた。男たちはげらげら笑って「ミリアを狙ってんだったら、おとといきやがれ!」と叫ぶ。


「まあ。だったら、クラウスさんを通さずわたしがヴィルマーさんに高く売りつけますよ?」


 ミリアがそうとぼけたように言うので、それにはクラウスもヘルマも笑い、ヴェルマーは遠くで子供たちにぶらさがられながら「いくらなんでもそんなにいらんだろうが!」と叫ぶだけだった。


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