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ジェフクタール

とあるガチアンチの男爵令嬢


 私は異世界に転生した。

 カサリータ・ムッヒーナ男爵令嬢。

 それが今の私だ。


「おはようございます。カサリータお嬢さま」


 生活は前世に比べれば圧倒的に不便だ。

 だが、幼い頃から私に仕えてくれる侍女のヌリナがいる。


「とうとう入学式ですね」

「そうね」


 朝の支度もヌリナ任せだ。

 今日は国立魔法学園の入学式。


「緊張するわ」


 本心だった。

 幼い頃に私は前世を思い出して、周りを見れば貴族に魔法。

 当然のように思った。

 ここは、この世界は、乙女ゲームの世界なんじゃないかって――。


「ほどよい緊張感は大切ですよ」

「ええ。そうね……」


 私はヌリナに、こくんと小さく頷く。

 大丈夫。

 この世界に聞き覚えや見覚えがあっても、私はヒロインではないのだから――。


◇◇◇


 魔法学園に入学してから一ヶ月も経つと、ヒロインのアロエリーナ男爵令嬢が攻略対象の王子たちと仲良くなっていた。


「きゃっ!」


 何もないところで可愛く転ぶアロエリーナ男爵令嬢。

 ツインテールにピンクの髪。

 間違いなく彼女がヒロインだ。


「大丈夫かい?」

「殿下」


 ぽっ。

 頬を淡く染めて、王子に上目づかい。

 後ろ手でガッツポーズ。

 間違いなく、前世日本人のヒロイン。


「ふぅ……」


 私はため息をついた。

 アロエリーナ男爵令嬢。

 彼女はここが、前世で大人気だった乙女ゲーム“イケメン魔法学園〜愛され令嬢のミラクルラブ生活〜”の世界だと勘違いをしているのだ。


「なんて哀れな……」


 私は目頭にハンカチを押しあてた。


「殿下」


 私がアロエリーナ男爵令嬢と攻略対象の王子を観察していると、現れたのはリノール公爵令嬢。


「いくら学生とはいえ、節度というものがありましてよ。ましてや殿下には私という婚約者がいるのです」


 くどくどくどくど。

 見事に悪役令嬢の役目を果たしている、リノール公爵令嬢だ。

 こちらはとても転生者だとは思えない。


「すまない。アロエリーナ嬢」

「いいえ。私などに優しくしてくださって、ありがとうございました」


 攻略対象たちには庇護欲を煽るどこか悲しそうな笑顔で、しかし陰では舌を出すアロエリーナ男爵令嬢。

 彼女は逆ハールートを狙っている。

 二ヶ月。三ヶ月。

 時が経つほど、きいぃぃっと苛立つ王子の婚約者であるリノール公爵令嬢と他の攻略対象たちの婚約者たち。


「いけない。我慢我慢」


 私はただの男爵令嬢として過ごす。

 そう決めていたのだ。

 本当に。あの日までは――。


◇◇◇


 ある日の昼休み。


「あっ! 痛っ!」


 私の前を歩いていたアロエリーナ男爵令嬢が素で転んだ。

 声でわかる。

 猫を被って『きゃ!』とも言わなかったし。

 こいつの地声はダミ声でボエーだ。


「アロエリーナ!」

「あっ、あ、殿下」

「大丈夫ですかアロエリーナ?」

「大丈夫アロエリーナ?」

「血が出てるじゃないか!」


 王子殿下。

 宰相の息子の眼鏡。

 天才魔術師。

 騎士団長の息子。

 あっという間に攻略対象たちに囲まれたアロエリーナ男爵令嬢。


「また、リノール公爵令嬢じゃ……」 

「あっ、違っ、え、えーとぉ」


 違う、と思わず言ってしまって困るアロエリーナ男爵令嬢。

 チッ、悪役令嬢のせいにしておけばよかったと一瞬後悔をしている顔をした。

 普通に素で転んだから咄嗟に“いつものように”出来なかったのだろう。

 バチッ。

 その時、アロエリーナ男爵令嬢と私の目が合ったのだ。


「いたぁい……」


 チラッ。

 アロエリーナ男爵令嬢はイジメられている可哀相な自分の演出をした。

 私をチラッとして。


「……」


 そしてその視線の意味を、チョロく理解した攻略対象たちが一斉に私を睨んだ。

 こいつがアロエリーナを……。

 攻略対象たちは無言だが、そんな幻聴が聞こえてくる目つきだ。

 これ以上、巻き込まれてはたまらんと私はきびすを返した。

 ピンク頭に喧嘩を売られた、と思いながら。


「ただのモブでいてやろうと思った寛大な私を“また”いじめっ子役にしやがったなあのクソ女」 


 あの日、あの時、あのピンク頭がまたもや私の敵になった。

 ちょうどいいところに私がいたから、自分の為に利用した。

 ピンク頭はその程度の軽い気持ちで私を巻き込んだに違いない。

 そう。“また”このアマはやりやがったのだ。


♢♢♢


 翌日。

 ピンク頭は大げさに包帯を巻いて登校した。


「もう大丈夫だよ?」

「私が見ていられないんだ」


 きゃああああああ!

 王子がピンク頭をお姫さま抱っこすれば女子生徒たちの悲鳴が上がる。


「もぅ。私はそんなにか弱くないのにぃ〜」


 ピンク頭はすべての攻略対象にお姫さま抱っこをされる一日を過ごしている。

 そして午後の図書館。

 そこに攻略対象のひとり。

 宰相の息子の眼鏡がいた。

 腹黒眼鏡キャラのイケメンだ。


「……」


 無言でパラパラと本のページを捲る眼鏡。

 運命の時が迫る――。

 しばらくすると、目が疲れた腹黒眼鏡が眼鏡を外した。


「んグッ」


 私はこの為に用意していたタオルに顔を埋めた。笑ってはいけない。

 この世界は“イケメン魔法学園〜愛され令嬢のミラクルラブ生活〜”ではない。

 この世界は、正しくは“笑ってはいけない駄メン魔法学園〜嫌われクソ令嬢のミラクル不幸生活24時〜”なのだ。


「ヤバい……」


 眼鏡を外したらイケメン、美少女などはよくある設定だが、笑ってはいけない腹黒眼鏡は眼鏡を外すとの○太くんだ。

 目が数字の『3』になるのだ。

 ここがどういう世界かというと“イケメン魔法学園〜愛され令嬢のミラクルラブ生活〜”のガチアンチたちが作ったヘイト創作作品。

 “イケメン魔法学園〜愛され令嬢のミラクルラブ生活〜”がガチで嫌いで、なのに大人気だったものだから日々この乙女ゲームのCMや企業とのコラボにうんざりを通り越してガチアンチになった者たちが作り上げたヘイト創作ゲームの世界なのです。

 登場キャラをこれでもかと馬鹿にして、とにかく不幸にすることを目的に作られた二次創作ゲームの世界なのだ。

 しかも完全身内用。

 ガチアンチ仲間だけで楽しんで、一切販売はしてない。


「みんな元気か? 私はとんでもない世界に転生したぞ……」


 私はその制作者、ガチアンチのひとりです。

 カサリータ・ムッヒーナ男爵令嬢。

 つまり私はこの非公式ガチアンチゲーム世界の主人公。

 この名前だったからこそ、私はこの世界が公式の方じゃないと気づけたのだ。

 そして主人公たる私専用の装備。

 ガチアンチ眼鏡をクイクイ。


「な――ッ!?」


 心の中で大爆笑!

 私はこいつがガチで嫌いだった!

 苦しめとガチアンチ眼鏡をクイクイ。

 私にこのチートアイテムの封印を解かせたのはお前の愛しいピンク頭だ。


「ん、んん……っ!」


 内股になっていく腹黒眼鏡。

 もじもじ。


「痒いだろ?」


 他人には絶対言いたくないところが、他人が見てるかもしれない学園では絶対に掻けない場所が、何故か痒いだろ?

 ぶっざまああああ!

 腐女子の餌食になってろ!

 なーにが理知的な切れ長の瞳だよ馬鹿男が!

 そうやって一生お痒いお尻をどうにかしようと内股になってもじもじしとけ?

 私はこいつのガチアンチです。


「ふふんふーん」


 それからの毎日。

 私は攻略対象たちのここぞという場面でガチアンチ眼鏡をクイクイし続けた。


「無事かアロエリーナ! はぁん……」

「アロエリー……ンンゥッ」

「ねえアロエリーナ。僕は、ひぁっ!」

「仕方ないですね。では、ああああああ」


 襲い来る痒み。

 人類は痒みには勝てないのだ。

 しかもデリケートな場所を選んで私はガチアンチ眼鏡をクイクイしているのだ。

 人前で掻けば間違いなく恥になり、きっと血だらけになるであろう繊細な場所を――。


「あっ! みんなぁ〜……フグッ、ぉおお」


 もちろん私に喧嘩を売ったピンク頭。

 私たちがこのゲームのガチアンチになった原因の女にも天誅を下している。

 そう。

 私はこいつの前世を知っている。

 このゲームの主人公と喋り方と性格が似すぎていたウゼえ女。

 私は高校までこのムカつくウゼえ女と同じだったんだ。

 みんな元気か?

 私は今日も笑わずに天誅を下しているぞ。

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