05 七瀬 あや
戦闘班でただ1人、結界班の護衛として残された七瀬あやだけは少年に声をかける。実はあやは少年に見覚えがあったのだ。
「確か神崎熱王人君だよね。私は同じ中学の七瀬あや。お兄さんたちが心配だろうけどきっと大丈夫だよ。筒井課長も言っていたけど、神崎君が見た透きとおった鬼は六種、五種と私たちが識別してる中では低級の鬼なのよ。六種の鬼に人を傷つける力はないし、五種の鬼だとしても命の危険はないのよ。低級の鬼は物理的な危害を加える事はできないからね。それにいま宗次たちが張っている広域結界は結界内の生物の肉体的なダメージをなくすものなの。防鬼庁の浅井生態研究局長が考えた方法なんだけど、この方法が防鬼庁でとられるようになってから鬼に殺された人は日本では一人もいないんだよ」
「鬼に殺された者は一人もいない」そんなあやの言葉に熱王人と呼ばれた少年は少しホッとしたような表情になる。
「ありがとよ、七瀬」
熱王人は礼を言うが、あやはただの親切でこういう事を言ったわけではない。
筒井の「結界班と少年の護衛」という言葉に熱王人を励ますことも入っていると思っているからだ。
「あたしの名前も知ってるんだ」
「まあな。七瀬は目立つからな」
防鬼庁の職員にして学校でも有数の美少女であるあやは割と目立つ存在だ。
「それを言ったら神崎君も目立つよね。あ、そうそう。あそこで結界を張ってる宗次も同じ中学校なんだよ」
「知ってるよ。有名なゆーとーせーだろ」
同じ中学生にして防鬼庁の職員である宗次の事をしらないものは学校にいないだろう。警報が出れば出動することもあるのであやの事ももちろん知っていたが宗次の方が真面目で融通のきかない性格の分、熱王人には防鬼庁職員である事を鼻にかけているように見えていた。
「あはは。そうだね。優等生だよね。すごい硬い性格だもん。一昔前の真面目な性格って言うかなんていうか現代に生きる武士っぽいよね。そういうと怒るんだけど」
熱王人のすねたような言い方を受けたあやが宗次をからかうように見るが、宗次はまったく反応しない。
「ちっ、無視かよ。えらいもんだな」
熱王人がいやみを言うが、あやが慌てて否定する。
「あ、違うのよ。広域結界は心を静めた状態じゃないとうまく維持できないからなのよ。普段はあたしが『武士だ』って言うとちゃんと嫌そうな顔をするもの」
心を静めた状態じゃないとうまく結界が維持できないとわかっているくせに宗次をからかっているあやだが、それだけ宗次の結界を張る技術を信頼しているのだ。
自分のからかい程度では宗次の心を揺さぶることなどできないと知っているからこその行動だった。
「だからってわけじゃないけど結界班の護衛って退屈なのよね。安全のために発生予測地点から少し離れたところから結界を張るんだけど、鬼が発生予測地点からずれて結界班を襲ってくることなんてまずないし、結界班と話をしようにもこんな調子だからあんまり面白い会話ができないしさ。あ、話自体はできるんだよ。別に呪文を唱えて結界を張っているわけじゃないから」
あやが熱王人に話しかけているのは結界班の護衛というある意味暇な任務の時間つぶしでもあるようだ。
筒井があえてあやを熱王人の護衛に残したのはその実力もさることながらあやの話好きな性格と熱王人との年齢を考慮してのことだろう。
他の職員は任務中にここまで無駄な話をすることはない。
筒井は熱王人に冷たい態度をとりながらも熱王人のことをちゃんと考えているのだ。
次回は 06 法具 です。