03 始まり
三ヶ月前。
宗次は防鬼庁対策部退魔第二課の結界班長として深夜の森の中にいた。
治癒部予見課の報告による鬼の出現予測地点に向かっていたのだ。
一見無能のように言われている防鬼庁だが、鬼の出現時刻と場所についてはかなりの成果をあげている。
その出現予測はほぼ完璧で98パーセント以上の的中率を誇る。天気予報などよりはよほど正確だ。
治癒部予見課の鬼の出現予測にもとづき、対象地域の住民に警報をだし、避難誘導するのが治癒部広報課で、その後無人になった地域に現れた鬼を実行部隊である対策部退魔課が追い払う。
この一連の流れにより日本は防鬼庁発足以来鬼による死者をだしていない。
本来なら追い払うだけでなく、鬼を倒すのが防鬼庁の仕事になるが現状の防鬼庁の人数と鬼の出現頻度から考えて、鬼を倒すほどの労力を使うことができないのが現実だろう。
もし、鬼を倒すほどの労力を使ってしまえば次に鬼が出現したときに対応できないほど職員が消耗してしまう可能性があるというのが防鬼庁上層部の考えだった。
現在、対策部退魔課には十の課があり、その十課が交代制で任務に当たっているがそれでも対策部の職員数に余裕があるとは言えない。
今回宗次たち第二課の任務は5日ぶりだ。
ひどいときには毎日のように任務に出ていた時もあることを思うと、かなり楽になったが最近はまた鬼の出現率は上がってきている。
防鬼庁設立当時は対策部には三課しかなかったのだから鬼を追い払うので精一杯でもしかたがなかったが、今の対策部の規模なら鬼を追い払う以上のことができると多くの職員が考えるようになっていた。
「そろそろ上も『鬼殺し』を考えているって話だぞ」
第二課戦闘班長の野村一基が宗次にそっと話しかけてくる。
野村は宗次よりも3歳上の18歳の長身の青年だ。
体格もよく、鍛えられたその身体は鬼との戦いにおいて戦闘班長の名に恥じない動きをみせる。
「どうですかね。結界内での『鬼殺し』には強力な法力がいるっていいますし、結界内で『鬼殺し』ができるのは対魔庁でも緒方さんか朝倉さんくらい・・・」
「野村君、冬月君、無駄話はしないでよ」
筒井刹那第二課長から軽く叱責が飛ぶ。
筒井は女性ながら十九歳の若さで二課長を任せられているだけあって、その統率能力は高い。背が高くスタイルもモデル並みでそのうえ美形なので防鬼庁内には密かにファンクラブまであるらしいが、二課の面々からは「怒らすと全課長の中で一番怖い」と思われている。
常に物腰は柔らかく決して厳しい言葉遣いはしない筒井だが、そのやわらかさが逆に怖いと恐れられている。
筒井いわく、「怖いなんて失礼ね。なんの裏もないのに。なんの裏もね・・・」らしい。
そんな筒井に言われたら第二課でもはねっかえりで通っている野村もすぐに黙る。
宗次も口をつむぐが真面目な宗次は筒井でなくても素直に注意をきいていただろう。
だが、その宗次がすぐに口を開く。
「ん?今何かが・・・」
「冬月君。無駄話はしないでって言ったでしょう。急がないと」
「いえ、あそこの茂みに何かいるようです」
宗次が暗闇の中を指差すが筒井には何も見えない。
「本当に?冬月君が言うのなら間違いないんでしょうけど」
宗次の感覚は鬼と直接戦闘をしない結界班でありながら退魔第二課の誰よりも優れている。その点は筒井も疑っていない。
「行ってみます」
野村が慎重に茂みに近づいていく。
「人だ。少年が倒れています。気を失っているようです」
「こんな所に人がいるなんておかしいわね。この辺りは民家もないはずなのに。警報はちゃんとだしてあるんでしょう?」
「そのはずです。避難誘導はここまできていないかもしれませんが」
治癒部予見課の出現予測にもとづき治癒部広報課が対象地域に警報を出し、広報課の職員が一般人の誘導を行うが、あきらかに人里離れているところでは警報を流すだけで個別の誘導までは行われない。
倒れていたのは金髪で左耳に髑髏のピアスをしたあきらかに不良といった格好の十四、五歳くらいの少年だ。
野村が手際よく活を入れてやると少年は目を覚ました。
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