30 自慢
初任務を前にして熱王人は二課の職員たち相手に演説をしていた。
「お前らはガキの頃から退魔法師として育てられたエリート集団なんだろ?だから頭が堅いんだよ。修業の過程で『鬼が倒せない』って思い込まさせてるから倒せないんだよ。その思い込みをなくさないとダメなんだよ」
今回の任務があくまで『鬼払い』であって『鬼殺し』ではないときいて、こんな事を主張し始めたらしい。
「そもそもなんで防鬼庁の人間はガキばっかりなんだよ。大人じゃ強い退魔法師になれないのか?」
熱王人の脳内では防鬼庁がに大人が少ないのは、一部の大人たちが子供を自分たちの都合のいいように洗脳するためだと結論になっていた。
(俺がこの組織の闇を暴いてやるぜ。この防鬼庁のやつらは世間知らだから大人にいいようにされているだけなんだろう)
熱王人の様な少年にとっては大人は常に敵なのでこの防鬼庁でもそうだと決めつけている。
実際に熱王人が出会った防鬼庁の職員はほとんど十代や二十代前半で三十代以上の者はほとんどいない。
この規模の組織としては不自然過ぎるほど年配の職員がいない。長官の緒方ですら三十代後半だ。
「本来なら大人の退魔法師の方が実力は上だよ。経験や知識、法力、身体能力を考えると退魔法師としてのピークは三十代から五十代くらいだ。個人差はあるけどな」
戦闘班長の野村が説明する。
マンガじゃあるまいし、普通に考えて子供よりも大人のほうが経験、身体能力ともに上なのが当たり前なのだが、その言葉を受けて熱王人は俄然勢いづく。
「じゃあ、なんでその強い大人の退魔法師がいねえんだよ。そんなんで真面目に鬼対策をやってるっていうのか。鬼を倒すんだよ!鬼の数を減らさないと意味がねえんだ!俺の親父は腕のいい大工だったんだ。だけど『大災禍』で利き腕をやられて働けなくなっちまった。酒を飲んじゃあ酔っ払って俺や兄貴を殴るような、今時いないタイプの親父だったけどよ、それでも怪我する前は一流の大工だった…俺は鬼を倒して仇をとりてえんだ!お前らみたいにお役所仕事でやってる奴らとは違うんだよ!」
その父親が元退魔法師でありながら、『大災禍』後に元退魔法師であることを隠して防鬼庁に入ることもせず、のうのうと高い補償だけ受け取っているとは知らない熱王人にとっては父親は退魔法師達が鬼たちから守り切れなかった被害者という事になっているらしい。
「ずいぶん騒がしいじゃねえか」
熱王人の背後から声がかかる。
三十代後半の『大人』の防鬼庁職員だ。その顔を見た二課の者たちは緒方を見たとき以上に緊張した顔になるが、何も知らない熱王人はぞんざいな態度をとる。
「なんだよ。お前」
「生態研究局長の朝倉だ。防鬼庁にいるんならわしの名前と顔くらいは覚えておいて損はないぞ」
熱王人は防鬼庁に所属してからまだ日が浅いので朝倉の事をよく知らないが、朝倉は生態研究局長の職にありながら緒方についで防鬼庁ナンバー2の権力を持っている。
「そのなんちゃら研究局長がなんのようだよ」
「生態研究局だ、『鬼殺し』。お前の疑問に答えてやるよ。その答えは実に簡単な理由だ。大人の退魔法師が少ないからだ。大人の退魔法師は五年前の『大災禍』でほとんどくたばってんだよ。大人だった退魔法師はほとんど死んだんだからいるはずねえだろ」
「死んだ・・・」
「そうだ。そして残された子供達が訓練されて働いているのが今の防鬼庁の職員だ。だから大人の職員がいない。バカでもわかるだろうが」
「そっ、それなら大人を訓練すればいいだろう。警察でも自衛隊でもいいからよ」
自分の無知をごまかすためにその方が効率的だと熱王人は主張するが、
「退魔法師というのは生まれつきの素養が非常に強えんでな。退魔法師の家系じゃねえ者を訓練してもほとんど意味がねえんだよ」
熱王人は知らないが熱王人の父親は退魔法師としての修業を若いころに受けていた退魔法師の家系だ。
「お前の父親も『大災禍』で鬼に怪我をさせられたようだが、ここにいる者で親、兄弟が鬼に殺されていない者はいねえ。そいつらは退魔法師という理由だけでその使命を果たすをために、力のねえ奴らを、他人を守るために命をかけて戦って死んでいったんだ。お前も不幸自慢をしたいのなら自分よりもマシな、もっと普通の人たちの前でするんだな。お望みの同情をしてもらえるだろうよ」
親兄弟を亡くした者たちの前で父親が大怪我をしたと大声でアピールしていた熱王人はさすがに恥ずかしくなる。
「冬月、お前の親もそうなのか」
熱王人は一番気に入らないヤツに声をかける。もし、こいつですら同じ境遇なら少しは分かり合えるかもと思ったからだ。
「両親が亡くなっている。だが、それが僕の退魔法師になった理由じゃない。仇を討ちたいわけじゃない。ただ、自分のしなくてはいけないことをしているだけだ。退魔法師はそういうものだ」
「本当はお前も鬼を殺したいんじゃないのか。親父達の仇をとりたいんだろ!そういう気持ちを隠すなよ!」
熱王人としては宗次の気持ちをくみとって歩み寄ったつもりだったが、宗次の反応は熱王人の望んだものではなかった。
「鬼の数を減らしたいとは思っている。だが、まだ今はその時期じゃない。まずは確実に犠牲を出さない体制を維持するべきだ。犠牲を出す危険性を冒してまで『鬼殺し』をする必要はないと思う」
「はあ?そりゃお前が『鬼殺し』が出来ねえからだろうが!法具も持ってねえお前はチマチマ結界を張るだけの仕事しかできねえから 」
差し出した手を振り払うかのような宗次の態度に熱王人は再び怒り出す。
(この俺が折れてやったのに、本音を言わねえ。やっぱりこいつはムカつくぜ)
と熱王人は思うがそれは誤解だ。
宗次は確かに本音を言っているのだ。
ただ、それが本音であることが熱王人には理解できないのだ。
華やかな戦闘することだけが勇気ある行動としている熱王人には、安全第一で堅実に物事を運ぼうとする宗次の態度は自らの臆病を隠すための隠れ蓑としか見えないのだ。
しかし、宗次はどんなに批難されようとも堅実に物事を運ぶ事こそが本当に勇気がいることだと理解している。
「僕は本音を言っている。今の僕を見て本音を言っていると思えないのか」
宗次はまだ熱王人と対話できると思っている。
そして人の真実の態度は相手に伝わると考えている。
しかし、
「思えないね」
熱王人には伝わらなかった。
それどころか宗次を口先で自分の臆病さをごまかそうとする卑怯者だと完全に決め付けている。
その様子を見て朝倉が口を挟んでくる。
「宗次、お前は若いから知らないだろうが、バカには退魔法師の理念は理解できんのだ。わからせようとするだけ無駄だ」
ふざけたようにいう朝倉に熱王人はつかみかかるが、すぐにその手を離す。
朝倉の右手に鉄の冷たさを感じたからだ。
その右手は義手になっている。やはりこの男も自らの限界を超えた戦いをしていたのだ。
「朝倉局長、うちのエースをいじめるのはそれくらいにしてくださらない?」
くねくねとした動作をしながら、へりくだった声で熱王人に助け舟を出してきたのは対策部部長の丸山義彦だ。
「丸山さん!」
熱王人は丸山の出現に再び元気を取り戻す。
実際に鬼と戦っている対策部と、後方で鬼の研究だけしている生態研究局とでは対策部長の丸山のほうが立場が上だと思ったのだ。
しかし、丸山の朝倉に対する態度は熱王人が期待したようなものではなかった。
「丸山。わしに意見するとはお前も偉くなったものだなあ。さすがは対策部長様だなあ」
皮肉たっぷりに言う朝倉に対して、
「よしてくださいよ。朝倉局長。私が対策部部長になれたのは他に人材がいないからでしょ。もし、朝倉局長が生態研究局に固執せずに対策部長を引き受けてくださっていたら私ごときがなれたはずはありませんよ~。いやあ、本当に朝倉さんも人が悪いわあ。私程度が朝倉さんに意見するなんてと~んでもない事。ただ、ちょっとお願いしただけじゃないの」
媚びるようにウインクをしてくる丸山。いいおじさんのそんな姿は見ていて気持ちのいいものではないが、その態度からも丸山の方が立場が下なのは明らかだった。
「わしは緒方と違って優しいからなあ。別にそいつをどうこうする気はねえよ。ただな、野良犬を拾ってくるんならちゃんとしつけをするんだな」
朝倉はなんとかごまかそうとする丸山にしっかりくぎを刺して去っていくのだった。
次回は 31 拒否 です。




