60 アロイスルート2
「今年の降臨祭は俺と一緒に参加してくれるか?」
ほっと胸をなでおろす。大丈夫だとは思っていたけれど、誘ってもらえるまではやっぱり不安だった。
「もちろんよ、ドレスもこの間の舞踏会で作ったのがあるし大丈夫だわ」
「あれは確かに良く似合っていたけど、またカメリアのブティックで新調しよう。今度は俺が費用を持つから」
「ええっ、またあそこで? だめよ、あんな高級店。舞踏会に滞在していた時間は短かったわ。同じドレスだって気づくのはブリジットくらいだから平気よ」
「俺が嫌なんだ、あれはクリストファーがプレゼントした物だろう」
駄々っ子みたいに唇を尖らせるアロイスに、意表を突かれた。私はアロイスがこんな風にやきもちを焼くなんて思ってもみなかったから。
「ふふっ、正直に言うとね、ちょっと嬉しいわ。そのやきもち」
「俺も正直に言って、倹約家のジーナはすごく好ましいと思う。だけど今回は俺に譲って欲しい。その……付き合って初めてパートナーとして参加する場だから、さ」
「あっ! そ、そうね。今回はアロイスにお願いするわね」
「よし、また一緒に仕立てに行こう」
十二月はこちらの世界も忙しい。冬支度あり、年越しの用意ありと大忙しだ。洗濯機や掃除機もろもろ……時々前世の便利な世の中が恋しくなる時もある。そんな訳で、降臨祭の日はあっという間にやって来た。
「ねぇねぇ、降臨祭はもうとっくに始まってる時間じゃない? どうして遅れて行くの?」
アロイスが待ち合わせに指定してきた時間は、開始時間から十五分も後だった。
「今日はゲストという形での参加なんだ。ちょっとすました顔をしてないといけないから、笑うなよ」
何のことだからさっぱり分からない。アロイスはカメリアのブティックで私と一緒に新調した正装をしているが、肩にはサッシュが掛けられている。胸にも幾つかメダルを付けていて、まるで王族か軍人みたい。
アカデミーの大講堂入り口には、いつもと違って案内役が立っていた。アロイスと案内役が目を合わせると、案内役は深々とお辞儀した後に言った。
「本日のゲストである、アロイス・ソルタナ・フォン・サーペンテイン殿下、パートナーのジーナ・クリコット令嬢のご入場です」
「へ?」
「さ、お手をどうぞ」
まさか私の後ろに第一王子殿下がいらっしゃるの? と振り返ったが誰もいない。アロイスは優雅な笑みを浮かべて手を差し出している。
進み出た私たちを拍手が迎えた。そのうち何人かのクラスメイトが、第一王子の正体に気づいた。
「どうしてクリコット令嬢の名前が一緒に呼ばれたか不思議だったのよ! あれ、スターク君じゃないの!」
「スターク君が第一王子殿下だったの?! た、確かに髪を上げた顔はジェリコ殿下と少し似てるかも……」
「それにしても、ジェリコ殿下の次はアロイス殿下……クリコット令嬢ってどうなってるの?!」
大講堂に入った途端に人が押し寄せ、アカデミーの生徒、教師全員と話したんじゃないかって位に、私たちは挨拶の洗礼を受けた。
今まで表舞台に出ていなかった第一王子だ。しかもジェリコが王太子に指名される可能性は低いと囁かれる今、「ぜひ、今度我が屋敷のお茶会にお出で下さい」とか「私のサロンで開かれる音楽会へぜひ!」などというお誘いが決まりごとのようにアロイスに繰り返された。
ダンスの時間になってやっと私たちは二人で会話することが出来た。
「その顔だと、今日まで俺が第一王子だって気づかなかったみたいだな。始終目がまん丸だったぞ」
「当り前よ! 私、腰が抜けるかと思ったわ。誰も教えてくれなかったわよ。というか、アロイスが私に教えてくれても良かったじゃない!」
「気づかれたら言おうと思ってた。なんとなく自分が王子だなんて言いにくかったんだ。ジェリコの事もあったし、王族なんてもう懲りたと言われるんじゃないかってさ。周囲も悪気があって黙ってたわけじゃないと思う。俺が言ってないのにばらすのはまずいと思ったんだよ」
「王族って言っても、アロイスはジェリコとは違うわ。あっ、もしかして『殿下』って呼ばないといけないかしら?」
「いや、今のままがいい。二人の時はいつも通りに名前を呼ばれたい」
とろけるような甘い声でアロイスは囁く。ちょっとした憤慨は消え、今の私の顔はきっと夕焼けの様に違いないわ。
「少し抜け出さないか? 外の空気が吸いたくなった」
「そうね、いいわ」
思ったより外は暖かだった。風もなく、この時期にしては気温が高い。
「こっちだ、あそこのベンチで休もう」
「あ、ここは……」
ここはキツネになったアロイスと初めて対峙した場所だ。
「まだ一年しか経っていないのね。あの時ここでアロイスとぶつかっていなかったらどうなってたのかしら」
「俺は多分一生チキンを食べられなかっただろうな、好物なのに」
「そうだったの! まだまだ知らないことがいっぱいだわ。これからひとつずつ教えてね。私、アロイスのことをなんにも知らなかったんだ、ってまた今日気づかされたわ」
「俺もジーナの事をもっと知りたいし、ずっと一緒にいたい……だから君に結婚を申し込むよ。どうかこれを受け取って欲しい」
まさに『ホリスタ』のゲームのような展開だ。まごうことなき王子であるアロイスが、私に跪いて指輪を差し出す。その指輪についている赤い石の大きい事と言ったら!
「ありがとう、アロイス。私、お受けします」
真剣な表情のアロイスは、途端に破顔して私の手を取った。その、お母様の形見だという大粒のルビーの指輪を私の薬指にはめたアロイスは「愛してる」という囁きと情熱的なキスを私にくれた。
見つめ合う私たちの後ろで草を踏みしめる足音がした。
「ああ、居ましたね。お邪魔するようで申し訳ありませんが、皆さんが探しておられます。講堂へお戻りください」
ハーリン先生だ。アロイスは「邪魔するよう、じゃなくて邪魔してるよ」とぶつくさ言いながら講堂へ向かった。
「まぁいい、目的は果たしたから。戦闘再開だな、行こうジーナ」
先生は申し訳なさそうな顔で私に笑いかけた。その笑みを見て、今までの先生の言動を思い返す。騒動が去り、冷静な今だから気づく事が沢山あった。
「あっ、まさか、もしかして……」
講堂に戻る道すがら、アロイスはハーリン先生について簡単に説明してくれた。
「騙すつもりはありませんでしたが、殿下をお守りする事が最優先でしたので」
「ええ~じゃあ、ロザリオを盗んだならず者達を追跡した時も、先生は知ってたんですか?」
「ええ、そうです。しかし殿下には申し訳ないですが『アーロンちゃん』には笑いまし……ゴホン」
「ヴィンセント、覚えておけよ」
「もう言いません、言いませんって」
二人のやりとりを見ていると、只の護衛兼従者というよりもっと親密な関係だと分かる。あのひとけの無い離宮での生活も、先生がいたからやってこられたんだと、容易に想像がついた。
「何笑ってるんだ、ジーナ?」
「ううん、お二人の関係が素敵だなって思ったの!」
新年が明けてからも色々な事が起きた。
まずはクレアの事件が公になったこと。
すべての事柄についてではないが、ラスブルグのせいで家族を失ったクレアがラスブルグ王家に復讐の為に近づいたこと。それを第一王子であるアロイスがクレアの目的に気づき、阻止したことが公表された。ただし、神聖力を悪用していた点については伏せられ、クレアも追跡を逃れようとした時に事故死したことになっている。
これについてはシュタイアータに戻ったクリストファーが、皇国とラスブルグの間を取り持ち、詳細を取り決めた内容だった。
ラスブルグはクレアが単独でした行動だと発表し、シュタイアータを非難することはなかった。シュタイアータもアテート公爵が密かにクレアに力を貸していた事実を表に出さない代わりに、ラスブルグが起こした戦争について蒸し返すこともしなかった。
そして新年の祝賀の後すぐにアロイスが王太子に指名された。その一週間後の今日、クリコット家の閑散とした客間のソファにアロイスは座っている。
私はというと、書斎で書類を前に頭を抱えるお父様と、それを見てイラついているお母様の前に立っていた。
「この金額だと先月の収益とほぼ変わらないではありませんか。領地の管理人を替えた方がいいわ、あなた」
「そうは言ってもなあ……。それでジーナは何の用なんだ、こっちはお前の婚約破棄のせいで窮地に陥っているというのに!」
「その婚約の事です。ある方が婚約を申し込みに直接来られているんです」
「あら! じゃあ例の大公家のご子息かしら?」
「いえ、アカデミーで同じクラスだった方ですわ」
期待に目を輝かせていたお母様は一転して落胆、舌打ちした。
「本当に使えない子ね。お前のクラスにはジェリコ殿下以外、平凡な貴族の子息しかいなかったでしょう? どうして大公家のご子息をしっかり捕まえないのよ」
「そのクラスメイトは断ればいいんじゃないか。大公家のほうはまだ望みがあるんだろう? ルドルフを可愛がってくれているんだし」
アロイスだってルドルフを気に入ってくれるわ、そう思いながらきっぱりと言った。
「まずは会って下さい」




