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ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です  作者: 山口三


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49 クレア3


「やあクレア、とても綺麗だ! さすがカメリアのブティックのドレスだけの事はある」


「ありがとうございます、ジェリコ殿下」


 ジェリコは客間に入って来ると、人払いをして近づいて来た。雲ひとつない快晴の天気の様に上機嫌だ。


 ここは王宮の中にある客間の一室。私は今日の婚約記念舞踏会の為に昨日から王宮に招待されていた。


「クレアはもっと淡い色のドレスを選ぶと思っていたよ、でもこの深紅は君をより知的に見せてくれるね。これで大正解だ」


 これはこれから始まる復讐のための赤だ。ラスブルグはあの時私の家族が流した血よりも遥かに多くの血に染まっていくだろう。


「殿下も濃紺地に深紅を取り入れるセンスは素晴らしいと思いますわ」


「こっちへおいで」


 ジェリコは姿見の前まで招いて、鏡の中の私たちを満足そうに眺めた。


「うん、私たちは本当にお似合いだと思うね。これは母上からの贈り物だ、私が付けてあげよう」


 ジェリコは凝った細工の小箱からネックレスを取り出した。大小のアクアマリンが朝露の様にきらめいている。


「綺麗だわ……でも私には過分の贅沢な気がします」


「何言ってるんだ、そんな事はない。クレアは王太子妃になるかもしれないんだぞ。いくら聖女でも、これくらいは神も許して下さるさ」


 ジェリコはそう言って笑った。私との婚約で自分は王太子になれると確信しているのだろう。楽しくて仕方ないという顔だ。


「もうすぐ舞踏会が始まる、銀の間の控室へ行こう」


 銀の間はラスブルグ王宮の中でも一番の広さを誇る広間らしい。アカデミーの同クラスの生徒やほとんどの高位貴族、シュタイアータと取引のある名だたる商家を軒並み招待したと自慢げに話す、ジェリコとその母親の王妃を思い出す。


「銀の広間ならどうにか収まりきるだろうが、全員が私たちに挨拶するのは無理だろうな」


 ソファでふんぞり返るジェリコに案内役が声を掛けた。


「殿下、ご入場のお時間です」


 銀の間へ続く扉の前に立つと、中からゆったりとしたテンポの音楽と人々のざわめきが聞こえて来た。


「ジェリコ・コーディー・サーペンテイン殿下、シュタイアータの聖女クレア様ご入場です」


 銀の間に足を踏み入れると一斉に私たちに視線が注がれる。銀の間はブルーの花をふんだんに飾り付け、花にあしらわれたリボンやレースにはクリスタルのチャームが散りばめられまばゆい光を放っていた。まさに豪華絢爛の中心、階段下のホールにジェリコは私をエスコートする。


 国王陛下が私たちの婚約を祝福して舞踏会の開催を宣言した。音楽隊はワルツに曲を変更し、ジェリコが私の手を取り中央に進み出る。私たちが踊り始めると、招待客もパートナーと踊り出した。


 ダンスは好きではない。平民出身の私がワルツを踊る機会など皆無だったし、必要に迫られて習い始めても好きにはならなかった。


 ダンスが終わると早速王妃がやって来て、諸貴族への紹介や挨拶が始まった。


 王妃は私とジェリコの結婚がもたらすラスブルグへの経済効果について大袈裟に吹聴して回る。権力のある貴族へ、ジェリコがいかに王太子にふさわしいかを印象付けているのだ。ジェリコもシュタイアーとラスブルグの交易に、より一層力を入れるつもりだとか、それらしい事をしたり顔で話している。


 次から次へとお祝いの言葉を掛けにやって来る人々、フロアでダンスに興じる人々。その光景はまるでお芝居を近くから眺めているようで、私には現実感に乏しく感じられた。フロアでダンスしている人の中にジーナとクリストファーを見つけた。アロイスはランディス家の娘と来ている。計画は順調だ。


 終わらない挨拶の応酬に疲れを感じていた時、真ん中の出入り口辺りが騒がしくなった。五,六人の女性が警備に当たっている近衛騎士の制止を振り切って広間になだれ込んで来た。


 派手な化粧に安っぽい生地とデザインのドレス、扇をあてているが皆一様に声が大きく下品だ。今日は貴族だけでなく平民も招待されているが、彼女たちがどんな職業かは容易に想像がついたし、ここに招待されるような人達でないことは誰が見ても明らかだ。


「あたし達はちゃんと招待されたんだって言ったでしょ、招待状も見せたじゃない、しつこいわね。殿下にご挨拶するんだから放してよ!」


 女性達はパートナーを連れていなかったが、用心棒のような男を一人従えている。近衛騎士はこの男に仕事を阻まれていた。


 周囲が呆気にとられる中、私とジェリコの前へ真っすぐ突き進んで来た彼女たちは軽くお辞儀して口々に言った。


「殿下、おめでとうございます。これでハーレムへの道が見えてきましたわね」


「な、なんの事だ。私はお前たちを招待した覚えはないぞ」


 ジェリコは狼狽えた。王妃の顔は驚きから侮蔑の表情に変わっている。


「殿下ったらぁ~私たちを呼ぶのは当たり前じゃないですかぁ。殿下が国王になったらぁ、ハーレムを作って私たちを入れてくれるって約束でしょぉ」


「そうよ、この前三人でお相手をした時に私も誘われたわ! 政治は臣下に任せて殿下は私たちと遊んでくれるんだってぇ」


「お堅い聖女様じゃつまんないから、私を側室にしてくれるっていうのも忘れてませんよね? フフ」


「うそ! 側室になるのはあたしよ!」


 別の三,四人の団体が横やりを入れて来た。最後の一人は貴族女性とぶつかって口論になっている。


「あんた達『夜の薔薇』の子ね、殿下ったらあっちこっちで見境ないんだから!」


「何言ってんのよ、殿下が最初に利用したのはうちなのよ。ハーレムのアイデアだってうちのアニーが言い出したんだから!」


 とうとう王妃が我慢できずにジェリコの腕を掴んだ。


「ジェリコ殿下! 一体これは何なのです?!」


「知らない、わ、私は知らないぞ!」


 ジェリコは悪夢を振り払う様に首を振り、後ずさりながらドアに向かって小走りに逃げてしまった。


「誰か、あの者たちを追い出しなさい!」


 王妃に命令された近衛騎士が女たちに手を掛けようとしたが、国王が制止した。


「招待状を持ってここに来たのなら追い返す道理はない」


「こんな事は……陰謀です。あの者達が嘘をついているんですわ!」


 王妃は悔しそうに顔を歪めて王を睨みつけた後、ジェリコの後を追った。


「さすが国王陛下ですわ! ね、アニー、あっちへ行って何か食べましょうよ」


 彼女たちはオードブルをつまみに行ったり、給仕が持つカクテルを飲み干したり、貴族男性に声を掛けてダンスに誘ったりと好き勝手に行動し始めた。


 パートナーを連れていかれた女性は怒り狂ったり、泣き出したりして混乱が生じ始めている。


「ジェリコ殿下の噂って本当だったんですわね……」


「噂ってまさか、ああいう女性たちのいる店に出入りしているって事なんですの?」


「出入りというより入り浸っているらしいですな。うちの使用人が殿下に似た人を見ただけだと思ってましたが、これはどうも……」


 貴族連中どころか、豪商も不快感を露わにしている。


「なんと逃げ足の速い事ですな」


「あれでは国政を任せられないのでは?」


 私に憐れみの眼差しを向ける者や、呆れて帰り始める人も出て来た。王宮一広い銀の間ではまだ全体にこの醜聞は知られていないようだが、広まるのも時間の問題だろう。ジェリコの誕生日パーティーの時と同じ流れになっている。


 何てことなの! これでは私の計画が狂ってしまう。もし人間の姿を取り戻しているアロイスが王太子になってしまったら、計画がとん挫してしまうわ。私が掛けた呪いが消えていないのは確かだけれど、人間の姿でいられる時間があるのは事実だからまずい。


 国王はどう? 王座に目を向けるが、その表情からは何も読めない。隣の王妃の席は空いたまま、一人前を向いて淡々とグラスを傾けている。王の後ろに控えている護衛騎士二人の方が、気まずい顔をしていて余程分かりやすい。横で給仕している侍従もかなりビクついている。


 いえ、神はまだ私を見捨ててはいないわ!


 ジェリコが逃げて行った出入り口とは反対の方で、何やら揉め事が起きていた。そちらに注目が集まっているのを機に、私はそっと物陰に身を潜めて様子を伺った。



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