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ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です  作者: 山口三


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44 告白


「ジーナ、探したよ」


 背後から声を掛けて来たのはアロイスだった。


「どうしたの? アロイス」


「これ、今日は食堂が使えないらしいんだ。生徒にはサンドイッチが配られてる」


 アロイスは簡単な入れ物に入ったサンドイッチと飲み物を私に差し出した。


「ありがとう、わざわざこれを持って来てくれたの?」


「これと、さっきブリジットが言った事が聞こえたんだ。ケガしたのか? 何があったんだ」


 気づくと中庭には同じようにサンドイッチを持った生徒が沢山来ていた。みんな思い思いの場所でランチを取ることにしたらしい。


「せっかくだからあの旧校舎へ行って一緒に食べない? サンドイッチの中身も確認しなきゃだし」


 久しぶりにここに来た。旧校舎はほぼ放置されているので草は伸び放題だし、木陰にあるベンチも古びている。でも手付かずの自然が自由を謳歌していて、野趣あふれるこの場所が私は気に入っていた。


 ベンチの背もたれで羽を休めていた黄色いアゲハチョウが、人の気配に気づいて飛び立った。


「ちょっとごめんなさいね、私たちもベンチを借りるわ」


「行っちゃったな」


 アロイスは蝶を見送りながら腰を下ろした。


「よし、今日のにチキンは入ってない」


「お昼抜きにならなくて済んだわね!」


 私たちは笑いながらサンドイッチを口にした。でも水筒の蓋をねじろうとした時、レニーに掴まれた手首に痛みが走り水筒を取り落としてしまった。


「いっ……」


「どうした? 手首か、見せてみろ」


「あっ、いえ、だいじょう……」


 手を引っ込めようとしたが、アロイスの方が早かった。私の袖をそっとたくし上げた彼の目は大きく見開かれた。


「これはッ!」


 私の手首には青紫色の指の跡がはっきり浮き出ていた。


「まさかレニーか?」


 アロイスの顔に怒りが浮かんでいた。前髪の隙間から見える目が鋭く光っている。


「えっと、そうなんだけど…もう大丈夫だから」


「ちょっと待ってろ」


 アロイスは自分のハンカチを水で濡らして来て、私の手首に巻いてくれた。


「こんな事されて何が大丈夫なんだ?! だから俺は心配だったんだ、レニーがジーナに会いに来たのか? まさかまたベーカリーに押し掛けて来たんじゃ……」


 アロイスは早口でまくし立てる。


「違うの、違うの。アロイス、落ち着いて」


「分かった、だから誤魔化さないで本当の事を言ってくれ。何があったかちゃんと知りたいんだ」


 アロイスの態度は誠実だった。レニーとの事はいつか話さなければいけないと分かっている。でも私のアロイスへの想いを、思わず口走ってしまいそうで怖いのも事実だ。私の気持ちを知ったらアロイスはきっと困ってしまうだろう。それに、これ以上『ホリスタ』の世界に必要以上に関わらないようにしようと決めたばかりだもの。


「あのね、私、レニーと別れたの」


 私が話し出すのをアロイスは辛抱強く待っていた。ただ、『別れた』と言えばいいだけ。ほら、簡単じゃない!


「へぁ?」


 私の返答を予想だにしなかったらしい。アロイスは素っ頓狂な声を出した。


「ぷっ。やだ、アロイス。なんて声を出すの」


 思わず笑いだしてしまった。声を出して笑ったせいか、さっきまでの緊張が解けていく。


「聞き間違いじゃないよな、レニーと別れたって?」


「そうなの。あんなに大騒ぎして、やっと交際までこぎ着けたのに恥ずかしいわ……って、なんだかアロイス、笑ってない? さては人の不幸を喜んでるわね?」


 アロイスは口元のニヤけを隠すように拳をあてて下を向いた。が、すぐ顔を上げて付け足した。


「い、いや、違うよ。でもどうして……ああ、やっぱりレニーが暴力をふるったんだな?」


「手首のこれは別れを切り出した後なの。納得してもらえなくて」


 レニーへの気持ち、あの時あった事を、私は漏れなく話した。アロイスを好きだという事以外は全部。


「推し? 憧れみたいなもの、なのか?」


 レニーはゲームの中の私の推しだ。ゲーム抜きにその事を上手く説明するのは難しい。アロイスも微妙な顔をしている。


「すごく簡単に言うと、友達以上には思えないって感じなの」


「ああ!」

 

 これはすんなり腑に落ちたらしい。


「あっ、まさかクリストファーと舞踏会に行くのは、彼と付き合う事にしたからなのか?!」


 どうしてそこへ飛躍するのか分からない。


「まさか! そんなわけないでしょう。舞踏会へはホントにジェリコに命令されたから仕方なくよ。それにしばらく、お付き合いとかはいいわ」


「クリストファーはしつこいぞ。ジーナがレニーとつき合ってるって知ってからも諦めなかったんだから」


「しつこく思われても無理なのものは無理だわ」


 そうよ、だって私はアロイスが好きなんだもの。でもしつこく思い続ければ、何か変化が訪れるものなのかしら。


 それならアロイスのクレアへの恋も、ジェリコとの婚約で破れたように今は見える。でもジェリコは結婚したからと言って遊ぶのをやめたりするような殊勝な性格じゃない。そこへずっとクレアへ思いを寄せるアロイスが再び接近したら……。


「ジーナ、大丈夫か? また例のやつか」


「あっ、ごめんなさい。考え事に没頭しちゃった」


 アロイスはやれやれと言って、笑って許してくれる。


「で、今度はどんな想像を働かせたんだ?」


「かなりいい事よ! アロイス、まだ希望はあるわ! あなたさえ諦めなければ……あ、諦めてないんだったわね」


「一体何の話だ?」


「クレアの事よ、ジェリコはきっとクレアと結婚しても遊び歩くのをやめないと思うの。それはジェリコだって最初のうちは自重するかもしれないけれど、すぐ我慢できなくなって……」


「いやいや、どうして急にクレアが出てくるんだ」


「だ・か・ら、アロイスもクリストファーみたいにしつこくクレアを思い続けていれば、なんとかなるかもしれないわ、って話なのよ!」


「俺はそんなにしつこくないぞ! いや、しつこいかもしれないな」


 アロイスはちょっとムキになって反論してきたが、ふと何かを思い出したように改めた。


「でしょう? だからこのままずっとクレアを諦めちゃダメ」


 『諦めちゃダメ』そう言いながら、クレアを思い続けるアロイスを思い浮かべたら胸が苦しくなってきた。本当は嫌だわ、クレアじゃなくて私を見て欲しい。ほんの少しでもいいから、クレアを思う気持ちの十分の一でもいいから。


「嫌だ」


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