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ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です  作者: 山口三


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39 アロイスとクリストファー、ジーナを慰める


 ハーリン先生の聞き取りが終わり教室に戻ったが、レニーは来ていなかった。



 三日後、レニーは長期で休学すると知らせがあった。本当は停学処分だが、レニーはこれまで何の問題も起こさず、むしろ模範的な生徒だったために温情で伏せられたようだった。


 私はお昼休みの時間にブリジットを訪ねた。さすがのブリジットもかなり落ち込んで元気がなかったが、私とお昼に行きたいと言ってくれた。


「レニーはどんな様子?」


「それが、自分は悪くないと言って怒ってるんです。『奴が人の物にちょっかいを掛けるのが悪い』と。あんなお兄様は初めて見ました、まるで別人のようで……」


 レニーはブルックスに謝罪に行くことも拒否しているという。


「このままだと今学期いっぱい停学で、留年になるとお父様が言っていました。聖騎士になるのも難しいだろうって」


 聖騎士は転生前の世界ではエリートコースの警察官と言ったところだろうか。一度の暴力沙汰でエリートコースから外されるかどうかは知らないけれど、こちらの世界ではそれ位の清廉潔白さが求められる。


「私の、私のせいでレニーの夢への道が潰えるなんて……」


「ジーナさん、あなたに責任はありません。アカデミー側はきちんと調査してましたわ。あなたとブルックス令息は当番でペアになったけれど、ただそれだけ。あなたが色目を使ってブルックス令息がそれになびいたという様な事もなかったと」


「い、色目!」


 私の驚きにブリジットは力なく笑った。


「ジーナさんが絡んでいるのかもしれないけれど、今回の事はお兄様の誤解です。ブルックス令息には大切にしている婚約者がいるらしいし」


 そうだ、ブルックスには幼馴染の婚約者がいると聞いた事がある。ブリジットは大きなため息をついて言った。


「それなのに、お兄様は信じようとしないんです。誤解なんかじゃない、自分に非はないとそればかりで。とうとうお父様は反省するまで部屋から出るなと、謹慎を命じましたの」


 ブリジットはランチの終わりにもう一度、私のせいではないと念を押して行った。


 それでも私の気持ちのモヤモヤは晴れなかった。きっとクリストファーとの事があってレニーは私の交友関係に敏感になっていたんだわ。私がきちんとクリストファーを撥ね退けていたら。いえ、そもそも私がレニーにアプローチしていなければこんな事にはならなかったんじゃ……。



「おい、大丈夫か? それ」


 放課後、ふらふらと歩いていた私に声を掛けて来たのはアロイスだ。隣にはクリストファーもいる。最近はよく一緒にいるみたい、いつの間に二人は仲良くなったのかしら。


「え、何かあった?」


 アロイスもクリストファーも私の首から下を見ている。釣られて私も視線を落とす……なんと私はバートレットベーカリーのエプロンをしてアカデミーの廊下を歩いていたのだ!


「あれ、いつの間に……えっ、どうして??」


 オロオロしているとクリストファーが後ろに回ってエプロンのリボンをほどいてくれた。急いでエプロンを外し、カバンの中に突っ込む。


「レニーの事が心配なんだろう、話を聞くぞ」


 アロイスとクリストファーはカフェに私を誘ってくれた。今日はバイトもなかったし、二人と話すのも本当に久しぶりだった。


「ランディス君は病気か何かですか?」


 熱々のお茶とコーヒーが運ばれてきた。クリストファーはコーヒーを一口飲んでから、私が当然知っているものとして質問をしてきた。


 レニーは病気ではない。でももしかしたら一種の病気なんじゃないだろうか? そうでなければ温厚なレニーがあんな風に変わってしまうなんて考えられない。


「そうね! そうだわ、レニーはきっと病気なのよ!」


「お前、知らされてないのか? レニーの休学の理由を」


「えっ、アロイスは知ってるの? どうして?」


 アロイスは一瞬『しまった』という顔をした。すぐ真顔に戻ったけれど、私は見逃さなかったわ!


 クリストファーもアロイスの返事を待って、じっとアロイスの顔を見ている。


「たまたま……聞こえて来たんだ」


 どういう状況で聞いたのかは分からないけど、もう知っているなら相談してもいいだろうか。何より、きっとアロイスなら親身になって聞いてくれるはず。でもどうしよう、クリストファーにまで知られるのはちょっと。


「僕が理由を知るのがまずいようでしたら、席を外しましょう。三十分ほどしたらまた戻りますね」


 私の視線に気づいて、クリストファーは別に気を悪くする様子もなく店の外に出て行った。


「レニーはまさかお前にまで暴力をふるったりしてないだろうな?」


「まさか! そんなことは無いわ」


「ならいいが。でも焼きもちにしちゃ度が過ぎてないか?」


「レニーの誤解なの! ブルックスとは当番で一緒になっただけで、向こうも私に何かしたわけじゃないし」


「いや分かってるよ」


 アロイスはムキになっている私を制するように手を挙げた。


「落ち着けって。レニーは勝手に誤解して、ジーナの知らない所でブルックスに暴行を働いたんだろ? 俺はいつかその誤解がお前に向くんじゃないかって心配してるんだ」


 そんな事は考えてもみなかった。でもレニーは私を他の人から徹底的に遠ざけようとしている。二人だけのランチがそうだし、この間はデイビットが私に話しかけただけで一気に機嫌が悪くなった。私を名前呼びしたブルックスは暴行されて……。


 ここ最近のレニーの様子を私は正直にアロイスに打ち明けた。


「ジーナ、酷な事をいう様だが、レニーのその態度、それは愛情じゃなくて執着じゃないのか」


「……っ」


 私は気づかない振りをしていただけなのかもしれない。どこかで、アロイスの言う様にレニーのそれは私への愛情じゃないと、分かっていたのだと思う。人に指摘されても反論が浮かばない。それは何より自分自身がよく分かっていたからなんだわ。


 そうだ、レニーは私の事なんか少しも好きじゃなかったんだ。ブリジットを助けた私に好感を抱いただけ、きっとその程度だったんだ。


 なぜだろう、すごくショックな事実に気づいたのに衝撃が大きくない。今ここで泣き出してしまったっておかしくないのに、涙はおろか、事実が見えた事にすっきりさえしている自分がいる。


 私が黙りこくったのでアロイスが狼狽えた。


「い、いやちょっと言い過ぎたかもしれない。好きだからこそ執着するんだろうし」


「ふふっ、アロイスったら慌てちゃって。大丈夫、私も薄々……」


 そこへクリストファーが戻って来た。


「すみません、まだ時間じゃないんですがアロイス君に話しておきたい事案があって」


 アロイスは席を立ってクリストファーと隅の方で話をしにいった。

 

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