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ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です  作者: 山口三


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31 アロイスとクリストファー


 背後の声の主はクリストファーだった。なんともばつの悪い表情をしているが、さほど驚いていないようだ。


 俺が口を開きかけると、制するように手の平を向けた。


「あ、あ、誤魔化してもだめですよ。僕はあなた方のやりとりを全部聞きましたからね。アロイス・ソルタナ・フォン・サーペンテイン殿下」


「…ッ」


 俺は言いかけた言葉を飲み込み、唇を嚙むしかなかった。ヴィンセントが進み出て静かに俺たちを見比べた。


「場所を変えましょう。釈明が必要です」



 秘密の会話をするのに俺たちの住まいの離宮ほど最適な場所はない。だがクリストファーが隣国の賓客だとしても、このメンバーで堂々と王城の中を歩くわけにはいかなかった。だからいつも通り王城の裏手に茂る林を抜けて離宮にクリストファーを招じ入れた。


「なるほど、王城の賑わいとは別世界の様に静かで落ち着いた所ですね」


 離宮の石畳を歩きながら、クリストファーは意外な事を言う。


「いや、羨ましいな。僕もこんな静かな場所で暮らしたいですよ」


 世間の目から隔絶された俺に対する同情からそんな事を言うのか、はたまた、表面上の軽いノリとは違う内面を持っているから出た本音なのかは、判断がつかなかった。


「お茶を淹れて参ります」


 広いがあまり飾り気のない居間に落ち着くと、ヴィンセントはキッチンへ消えた。


「あまり驚いていないようだが」


 俺は早速本題に入る。


「いえ、驚きましたよ。ただあなたには何か・・・そうですね、隠し事のようなものがあるのではないかと思ってました。それによく見ると、腹違いとはいえジェリコ殿下と似ている所もあります。髪で顔を隠されているのは賢明ですね」


「そうか、大公家の兄上の名声はよく耳にしていたが、弟君もなかなか鋭いようだ。それで単刀直入に言うが、私の事は内密にしてもらいたい」


 ヴィンセントがお茶を運んできた。お茶の用意が終わるとヴィンセントは俺の後ろに控えたが、俺は隣に腰掛けるように促す。


「アロイス殿下にも色々と事情があるのはご推察できます」


「そう言って頂けるとありがたい」


 俺の隣でヴィンセントがほっと胸をなでおろす気配がした。


「ですが、条件があります」


「なっ!」ヴィンセントは思わず声を漏らしたが、俺が黙っているのを見て口をつぐんだ。


「飲める条件なら考えよう」


「微妙な問題ではありますが、ラスブルグの為にもなる事だと断言します」



 

 話し合いは長時間に渡った。途中で夕食を挟み、容認できる範囲内で情報を交換した。


「今の所、共有できるのはこれくらいですね。シュタイアータでの調査結果が届き次第、また話し合いましょう」


「分かった。他には何かこちらで出来ることはないか?」


「そうですね・・・この件とは関係ありませんが、お聞きしたい事が」


 話し合いの最中は別人のように堅苦しい態度だったクリストファーが一転、普段の軽薄そうな顔に戻り、身を乗り出して来た。


「ジーナの交際相手は本当にあのレニー・ランディスなのですか?」


「なっ、にを聞くかと思えば・・・そうだが、なぜそんな事を?」


 先ほどまでの内容とはかけ離れた質問に拍子抜けした。が、これまでのクリストファーの行動を思い出して嫌な予感がしていた。


「そうですか。僕はてっきり殿下がジーナのお相手だと思っていました。いや、そうですか。あの朴訥な感じの彼がジーナの好みですか」


 そう、君とは正反対のタイプだぜ、と俺はひとりごちた。


「え、何か?」


「ジーナの恋がやっと実ったんだ、そっとしておいてくれないか」


「もしそれが殿下の頼みでも、ちょっと聞き入れられないですね。僕はジーナに本気です、あんな面白い貴族令嬢は見た事がない。この件が片付いたらシュタイアータに連れ帰りたいとさえ思っています」


「大公家の子息なら国にフィアンセの一人もいるのではないのか?」


「ええ、いましたね。でも僕は次期当主の兄の代わりに、こうやってあちこち飛び回っています。ほったらかしにされたフィアンセは僕との婚約を解消しましたよ」


「それは気の毒だったな」


「いえ全然ですよ、家同士が決めた相手でしたから。でもジーナは僕が心を動かされた女性です、簡単には諦めません」


 そう話すクリストファーの態度は相変わらず軽いノリだが、その目には真剣な色を宿していた。俺はそれ以上何も言えなかったが、大丈夫だろう。クリストファーがいくら押そうが引こうが、ジーナはあんなにもレニーを好きなんだから・・・。




 話し合い後、クリストファーを城外まで送って行ったヴィンセントが戻って来た。


「彼の話を信用しますか?」


「シュタイアータの現状を考えると有り得ない話でもないな。だが理由が分からない。大金でも積まれたのか・・・」


「金品で動くような方には見えませんが、人は見かけによらないとも言いますし。ただ、病の事を深く掘り下げないでくれたのは良かったですね」


「ああ。今は小康状態だという言葉で納得してくれて助かったよ。身分を隠してアカデミーにいる理由まで聞かれなくてほっとした」


 狩猟大会の時のキツネが自分だったとは言いたくないからな。


「それにしてもクリコット令嬢とは…フェダック様もなかなか人を見る目があるようですね」


「確かにジーナは巷にゴロゴロしている貴族の令嬢とは違う」


「私もロザリオ盗難の時の彼女の行動力には驚きました」


 そうだ、クリストファーはジーナと出会ってまだ二か月に満たないじゃないか。奴はジーナの何を知っていると言うんだ、なにが本気だ。


 彼女の突飛な発想や、それを実現する行動力。貴族だからと言って恥じる事無く働いて家族を支える強い精神。それに妄想のユーモアさに、レニーに向けるひたむきな瞳・・・。


「くそっ」


 ジーナの事を考えたせいで、また先ほどの事を思い出してしまった。


「でん…アロイス様、大丈夫ですか?」


「ああ、ちょっと嫌な事を思い出しただけだ。今日はもう休むよ」


 明日はここで調べものをしよう。一日だけアカデミーを休もう、そして明後日にはいつもの俺に戻るんだ。


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