25 お邪魔虫のクリストファー
ランチを終え、久しぶりに私とアロイスは旧校舎の秘密会議の場所にやって来た。
「転入生、狩猟大会での、あの貴族だよな?」
「ええ、クリストファーって名前だし、あの飄々とした態度! 間違いないわ」
「でも特別問題はないだろ? あのキツネが俺だって分かるわけがない」
「そうね、無いようなあるような…」
私はあの時、アロイスと別れた後でクリストファーと再度会った事を話した。
「ああ、くっそ。そんな事になってたのか」
馬車の中でルドルフとずっとおしゃべりしていた割には、クリストファーはアーロンの事をルドルフに尋ねなかった。姉である私飼っているキツネの話を持ち出しそうなものなのに。あそこでルドルフが、私はキツネを飼ってないと話していたら、私の嘘はとっくにばれていたはずだった。そういう彼の行動が意味不明で予想がつかず、少し恐ろしくある。
「とにかく、アーロンと私の事を怪しんでいるのは確かだと思うの」
「そうだな、何を考えているか分からない。用心するに越したことはないな」
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昨日はジェリコに散々邪魔されて、レニーと会話が出来なかった。だから今日こそは!
「レニー、おはよう」
「やあジーナ、おはよう。昨日は一緒にランチに行けなくてごめん」
「大丈夫よ、相手がジェリコ殿下じゃ断れないもの」
今日は一緒にランチへ行こうとレニーに言われた私は有頂天になった。彼の方から誘ってくれるのは初めてじゃないかしら。
そして昼休み、今日はいつも通りの四人でランチに繰り出そうとすると、クリストファーが自分も一緒に行きたいと言い出した。どうして私たちと? ほら、周りを見てよ、あなたとお近づきになりたい令嬢は列をなしているのに。
「あら、フェダック様。今日のランチはわたくし共と参りませんか?」
三人ほどの令嬢を従えてクリストファーを誘ったのは、キャシー・コーマックだった。キャシーはまだ幼少の頃に第二王子の婚約者の座を私に奪われている。でも婚約者候補の令嬢は他にも何人か居て、その令嬢たちのほとんどは別の相手を見つけていた。
でもキャシーは相手の身分にこだわっていて、未だに決まった相手がいない。クリストファーはキャシーにとって、またとない理想の相手なんだわ。
キャシーは私を嫌っているようだけど、私は別にキャシーを何とも思っていないし、どうぞどうぞお好きなように、と言いたい所なんだけど・・・。
「すまないね、僕はクリコット令嬢とランチに行くんだ。君たちとはまた今度ね」
クリストファーは両手で私の肩をしっかと掴みながら「さぁ行こう、早く行こう、すぐ行こう」と、ぐいぐい押して来る。
「えっ、ちょっと。私、一緒に行くなんて言って…」
「ああ、聖女様。お久しぶりです、お元気そうで何より。ラスブルグでの積もる話もあるでしょうから、さあ行きましょう」
「フェダック様は相変わらずのご様子ですわね」
呆気に取られているクレアを巻き込んで、クリストファーは教室を出た。少し遅れて、私たち三人を追いかけて来たアロイスが、まだ私の肩に置いたままのクリストファーの手を掴んだ。
「もういいのでは?」
「ん? ああ、そうだね」
クリストファーはとぼけた様に、離した両手を挙げて降参のポーズをとった。長く伸びたアロイスの前髪の隙間から、少しだけブルーの瞳が覗く。澄み切った晴天の秋空みたいなブルー。でもムッとしているように見えたのは、クリストファーを警戒しているせいかしら。
「フェダック様、ラスブルグでは大人しくなさっていて下さいね。私達はここの客人なんですから」
食堂の席に着いた途端、クレアは穏やかな口調ながら、きっぱりとクリストファーに釘を刺した。
「人聞きが悪いなぁ、聖女様。ここにいる二人が変な誤解をするじゃないですか」
「アカデミーではどうぞクレアとお呼び下さい、フェダック様。ジーナ、この方はシュタイアータでも有名な遊び人なんです。お気をつけ下さいね」
「うわ、ひどい。僕は女性には誰にでも優しく接してるだけなんですよ、クレア。それからクレアも君たちも僕の事はクリストファーで。フェダック様なんて他人行儀だよね」
私は全然他人で構わないと思っているし、アロイスも同じ考えのようだけど、そんな事にはお構いなくクリストファーは続けた。
「だから令嬢の事もジーナって呼ぶね。スターク君はアロイスだっけ、アロイスといえばこの国の第一王子も同じ名前ですねえ」
へえ~そうだったんだ。うん、言われてみるとジェリコの人物紹介に腹違いのアロイスと言う兄がいる、ってあった気がする。『ホリスタ』の続編が発売されたら、その兄が出てきたりして~って想像を膨らませて楽しかった記憶があるわ。
「そうですね」
アロイスはぶっきらぼうに答えた。まるで興味が無いといった様子だ。
「でも第一王子は…」
「第一王子は病でもうずっと公の場には現れていませんでしたね。噂では王子の顔すら、知る者はほとんどいないとか」
クレアの言葉を引き取ってクリストファーが語る。確かにジェリコからも兄の話題が出た事はなかった。
「ああ、こちらに居ましたか。ランディス君、聖騎士の試験の事で話があります」
やっと食事が始まった所なのに、ハーリン先生が食堂に来てレニーを連れ去ってしまった。一瞬気落ちしたものの、これって私とクリストファーがいなくなればアロイスとクレアを二人きりに出来るんじゃ!
私は目の前のランチを急いで口に放り込んだ。
「さて、食事も終わったし、今日は私が校内を案内するわ。このアカデミーは広いからまだ行ってない場所もあるでしょう? クリストファー」
言い終わらない内から立ち上がった私を見たクリストファーは驚いていたが、すぐ自分も食べかけのプレートを掴んで席を立った。
「ジーナからそんな提案をしてくれるなんて嬉しいですね」
「じゃ行きましょ。あ、二人とも、食事はゆっくりおしゃべりしながら食べると健康にいいそうよ!」
私は去り際に二人に念を押しておいた。せっかくの二人きりだもの、アロイスにはこの機会を最大限に利用してもらわないと。
「自分は早食いしておきながら、何言ってるんだか」
アロイスは呆れ顔で呟いていたけど、私の意図はきっと伝わったわね。
「はい、ここが我がアカデミーが誇る国内で二番目に大きな図書室です。蔵書数も多く、生徒だけでなく、申請すれば国民のだれでも利用できるシステムでございます! という訳で残りの時間はここを見学していってね」
私はそう言うと踵を返し、クリストファーに背を向けた。
「えっ、もう案内は終わりですか?」
「そうよ~あなたを案内したい女子生徒は沢山いるんですもの、私の案内はここだけ。彼女たちから恨まれたくないわ」
「ジーナに案内してもらいたい僕はどうしたら?」
誰が案内しても同じだと思うのは私だけ?
正直なところ、私はこの人とあまり関わり合いになりたくない。アロイスキツネを見られている上に、転入してきたクラスにはそのアロイスがいる。それにもしクリストファーが隠しキャラだとしたら、主人公である聖女クレアを好きになるかもしれない。これ以上アロイスのライバルが増えたら私も手に負えないわ。
「どうして私に案内してもらいたいの?」
「それはもちろんジーナに興味があるから」
図書室を出て行く私の後を、クリストファーは付いてくる。『君に興味がある』なんてチャラ男の常套句じゃないの。そんなのに騙されるもんですか。
「ねぇねぇじゃあ、図書室を案内してくれたお礼に今日の放課後、お茶をご馳走させて下さい」
「放課後は用事があるので無理です!」
「明日は?」
「明日も用事があります! もうついて来ないで!」




