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ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です  作者: 山口三


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21 スキップと再びアーロン


「待って! やめて下さい。この子を殺さないで!」


 今にも矢を放とうと馬上から構えている男の前へ、私は身を投げ出した。


「ご令嬢、あなたには申し訳ないがそのキツネは私が最初に見つけた獲物だ。誰にも譲る気はない」


 私を見下ろすその人はいかにも貴族らしい品のいい話し方だが、弓矢を下ろそうとはしない。


「違うんです、この子は私の飼いキツネなんです。野生のキツネじゃないんです」


 矢を構えている男性の付き人が横やりを入れて来た。


「ほう、キツネを飼っているとはお珍しい。これがあなたのキツネだと証明できますか? 獲物を横取りする気ではないと証明していただきましょう」





----------------------------------




 数時間前


「アロイスったらやっぱり1個しか矢筒飾りが付いてない!」

「1個でも付いてるだけましだろ」


 アロイスとレニーは長い狩猟大会の第一日目に組み分けされていた。


 ゲームとは違って、この狩猟大会は聖女歓迎の意味を込めて国が開催していた。優勝者が招待されるお茶会にもクレアの同席が決定している。大会の開会式にはクレアも招待されていたが、誰かに房飾りを渡している様子はなかった。ジェリコは主催者側に当たるので参加資格がない。ジェリコはクレアに房飾りを請えなかったわけだ。でもアロイスは…。


「クレアに房飾りを作って欲しいって言わなかったの?」

「まだ…そこまでの間柄じゃないと思ったから」


「う~ん、言ってみても良かったと思うけど、急いては事を仕損じるって言うしね。それじゃあ…じゃ~ん、このジーナ様がちゃんとアロイスの分の飾りも作ってあげたわよ!」


 はい、これ。と渡したリボン飾りを見て、心なしかアロイスの表情に影がかかった気がする。


「やっぱり急いで作ったのがばれちゃった? ごめんね、最近刺繍の依頼が多くてあんまり時間が取れなかったの」


「はは、ジーナにしちゃ上手く出来てる方だ」

「あら、私のお裁縫の腕はなかなかのものよ。失礼しちゃう」


「レニーには房飾りを作ったんだろ? そっちが上手くいっていればいいんじゃないか」


 アロイスはそっけなく言うと、狩りの準備の為のテントに行ってしまった。狩りの前で緊張しているのかしら、おかしなアロイス。



「何してるんだ、こんな所で」


 いきなり声を掛けられて驚きながら振り返ると、私の背後に立っていたのはジェリコだった。ジェリコは私の手元の小物入れのポーチを見て言った。


「わたしは主催者で審査員の一人だから、狩りには参加しないぞ」


「私は殿下に矢筒飾りを渡しに来たのではありません。では失礼します」


 この人ったらまだ私が自分に未練があると思っているのかしら。その思い上がりはどこから来るんだろう?


「でも、お前も狩猟大会に参加するわけじゃないな。ふ~ん、もう新しい奴に乗り換えたのか。まったくお前らしいよ」


「何とでも言って下さい。私は先を急ぎますので」


 ジェリコと話すのは時間の無駄だわ。


 顎をさすりながらニヤついているジェリコを置いて、私はさっさとレニーを探しに歩き出した。もちろん手作りの房飾りを受け取ってもらう為に。まあ、受け取って貰えない=フラれる、と100%決まった訳じゃないから、ダメ元で頑張ろう! そう思いつつ、受け取って貰えない事も考慮して、普通のリボン飾りも用意しちゃったけどね。こんな所で自分の臆病さを思い知るとは思わなかったわ。



 狩猟大会に参加する貴族、その付き人。観覧に訪れたその家族やら、私みたいに矢筒飾りを渡しに来たご令嬢たち。大会関係者も含め、開始前の控え場所は大勢の人で溢れかえっている。でも背が高くて立派な体格のレニーは遠くからでもすぐ見分けがついた。


 レニーの隣にはブリジットが居て、矢筒にリボン飾りを取り付けている。


「あら、ジーナさん」


 ブリジットは私を認めるとレニーの腕に手を乗せて言った。


「私は戻るわ。しっかりね、お兄様」


 そして去り際に、私にはこう言った。「ジーナさんも頑張って」


 その意味深な『頑張って』は、きっと房飾りの事よね。応援してくれてる、って取っていいのかな。


「こんにちは、レニー。今日は大会日和のいいお天気ね」

「こんにちは、ジーナ。ほんとに今日はよく晴れたね」


 私がなぜここに来たのか、レニーは気付いているのかしら。そわそわしてなんとなく落ち着かない様子だわ。そんなレニーの態度を見ていると私まで緊張してきた。これはもう八割がたダメって気がする、レニーは私の房飾りを何て言って断ろうかと考えているんだわ。


 房飾りを出すのはやめようか? 受け取って貰えないのが分かっていて出すなんてばかげている。リボンならレニーもほっとするだろう。私は小物入れのポーチに手を入れてリボン飾りを掴んだ。


 リボンを掴んだ手に房飾りが触れた感触がした。裁縫の仕事が忙しい中で必死に作った房飾り。私の瞳の色のグリーンに混ぜて、レニーの瞳の琥珀色が少しだけ顔を覗かせる。いえ、せっかく頑張ったんだもの房飾りを差し出してみよう! これでダメでも、まだ学期末までは少し時間がある。レニーを振り向かせる猶予はまだあるわ。


「レニー、私が作った房飾りなんだけど、良かったら…」

「ああ! 房飾りだ!」


 レニーはぱぁっと破顔した。欲しかったおもちゃを貰ったみたいな子供っぽい笑顔だ。


「えっ、そ、そうなの。房飾りなんだけど・・・」


 私の予想していた反応とは違ったレニーの態度に、一瞬戸惑ってしまう。


「良かった、リボン飾りだったらどうしようかと思ってたんだ」

「それって…」


「うん、ジーナの作ってくれた房飾りを付けるよ。だから…その、そういう事で…」


 そういうとレニーは真っ赤になって頭をポリポリ掻いた。


「ありがとう、レニー。私とっても嬉しいわ!」


 とってもどころじゃない、逆立ちしてそのままバク転を五回転くらいしたい気分だわ!


「じゃあ、そろそろ行って来る。またアカデミーで」

「ええ、頑張ってね」


 レニーが狩場である国有の森に入って行くのを私はずっと見ていた。そしてレニーの姿が見えなくなると我に帰った。


 嘘じゃないわよね、夢じゃないわよね! レニーが私の房飾りを受け取ってくれた! 私たちって両想いって事よね! とうとう私の妄想が現実になる日がやって来たんだわ! 



「ママ~あのお姉ちゃん、もう大きいのにスキップしてる」


 小さな男の子が私を指差した。それで初めて、私は自分がスキップしてるのに気が付いた。私は男の子に手を振って、何事もなかったかのようにまた歩き出す。大きなお姉さんだって嬉しいとスキップしちゃうのよ、ボク。


 私はぶらぶらと辺りを散策した。この期間、開催地の周辺には食べ物やお土産物の屋台がたくさん並び、お祭りの様に賑やかになる。房飾りでお金を使ったから食べ物は買えないけど、特産のリンゴで作った搾りたてのジュースなら、一杯くらい奮発しちゃおう。


 私はリンゴジュースに舌鼓を打ちながら屋台を見て歩いた。興奮冷めやらぬまま随分歩き回ったのと、人混みに揉まれて疲れてしまい、私はどこか休める場所を探した。


 あそこのベンチは家族連れでいっぱいね。あっちのベンチは空いてるけれど、日当たりが良すぎるわ。午後になって更に強くなった日差しは焼け付くようにベンチに降り注いでいる。


 座って休める場所を探してうろうろしていた私は、いつの間にか狩場の森へ入り込んでしまっていた。


「はあ~疲れた。人が多すぎだわ。もうここでいい。ここに座って休む!」


 狩場に迷い込んでいる事に気づいていない私は、木陰に腰を下ろして涼んでいた。と、後方の草むらで物音がする。遠くで「いたぞ!」と声がした。


 まずいわ、ここはもう狩場だったのね。獲物と間違えて弓に射られたら大変、早く出なくちゃ。


 立ち上がって元来た道へ戻ろうと思ったが、無意識にうろうろしたせいで道が分からない。すると前方を動物が走り抜けるのが見えた。


「えっ!? あれは、あのキツネはアロイスじゃ?!」


 シルバーブルーの少し大きめのキツネ。どうしてアロイスがこんな所に?! いえ、どうしてキツネの姿でこんな所に?!


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