20 クレアの向かった先
「どうして? クレア行っちゃうわよ」
「近くに行くまで声を掛けないでおこう」
俺自身もどうしてそうしようと思ったのかは分からない。だが、周囲を警戒しているような素振りを見せるクレアに何かを感じたのだ。
そのままついて行くとクレアが入って行ったのは、警備隊本部の敷地内にある留置所だった。
「ここって警備隊の本部よね。何の用事があるのかしら」
「あそこは留置所だな…」
俺とジーナはクレアが出てくるのを待つことにした。警備隊の敷地をぐるっと取り囲む高い石塀の外から、留置所が見える位置に陣取る。だがクレアが留置所内に入ってから5分ほどで、何か異変があった事が傍目にもはっきりと分かった。
留置所から本部の方へ番人が駆け出して行き、本部から何人かの警備隊員を連れてまた留置所へ走って行った。
「なんだか騒がしいわね。何かあったのかしら」
「あったっぽいな」
「どうしよう、クレアは出てこないし…」
そのうち医者が来て留置所へ入って行った。
「今日はこのまま帰ろう」
「そうねぇ残念だけど仕方ないわね。休みが明けてからクレアに何があったか聞けばいいかな」
「いや、今日の事は黙っておこう。クレアだって後を付けられたと知ったらいい気はしないよ」
「それもそうね。分かったわ、デートはまた別の日に誘いましょう」
ジーナは市場に戻り買い物をして帰ると言って別れた。俺は自分の住む王宮の外れにある離宮に戻った。
ヴィンセントもまもなくアカデミーから帰宅した。
「明日はお休みですね。何か予定はありますか?」
「いや、無いな。それより今日、警備隊本部で何があったか聞いてないか?」
「警備隊本部ですか。今帰宅したばかりなので外の出来事を知りません。ですがすぐ調べて参りましょう」
「いや、明日でいい。俺も明日になったら自分で調べてみるよ」
留置所に医者が入って行ったのが気がかりだが、明日になれば何か分かるだろう…。
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「えっ、じゃあ留置所に収容されていたあの盗賊達が死んだの? しかも全員?!」
休みが明けて登校してみると、クレアも普段と変わりない様子で席についていた。クラスメイト達はまたロザリオの盗難事件の話をしている。でもその内容は更新されたいた。
「そうなんですって、五人全員! 突然死んでしまったらしいわよ。原因不明で」
「盗賊は全員で四人だったわ」
「なら四人だわ。それにしてもあんな骨と皮だけのよぼよぼの老人が、よくロザリオを盗もうなんて考えたわねぇ」
ニュースを仕入れて来た生徒の周りに人が集まってきていたが、その中にアロイスの顔もあった。アロイスは表情ひとつ変えずにじっと聞き耳を立てていたが、目が合うと私にはアロイスが何を言いたいのか分かった。
今日の昼食、クレアはジェリコに任せて私とアロイスは例の秘密の作戦会議場所にやってきた。
「あの話は遺体を引き取りに来た墓守から聞いたそうよ。その墓守は彼女の屋敷の庭師のおじいさんなんですって」
「また聞きの話か…途中で話に尾ひれが付いたとしても、突拍子もなさすぎるな。あの4人全員が一度に死ぬなんて。それにあの四人はどう見ても四十を超えているようには見えなかったけどな」
「別人かと思ったんだけど、墓守は警備隊の人が『ロザリオを盗んだ罰が当たったんだ』って言ってたそうだから。…クレアは話に加わらなかったわね。口外しないように言われてるのかしらねえ」
なんだかクレアをデートに誘える流れじゃなくなってしまったわ。
「デートに誘う空気じゃない…かな?」
「少し待った方がいいかもな。自分はどうなんだ。レニーと付き合う事になったのか?」
「つ、つ、つ、付き合うだなんて! やだもう~アロイスったら!」
アッチッチッチ、はぁ~顔から火が出てるみたい。付き合うなんてそんな不純な事、憧れの推し様と付き合うだなんてぇ~。あら、両想いになるって事は付き合うって事になるのかしら? 転生前は恋愛すらしたことが無かったからよく分からないわ・・・。
興奮が収まった所でふと見るとアロイスが一メートルほど離れてこちらを見ている。何かしら、その理不尽な目にあったような表情は。
「あら、どうしてそんなに離れたの? 私パン屋の匂いがするのかしら」
「おっ、お前が『やだもう~』って言いながら俺を突き飛ばしたんじゃないか!」
「おほほほ、ごめんあそばせ」
「笑ってる場合じゃないぞ。レニーはかなり奥手だからお前が積極的に行かないと」
「そうねぇ、レニーって女子と手を繋いだ事すらないんじゃないかしらって思うわ、私も。でもね、この間ブリジットが訪ねて来て、私に助けられたお礼を言ってくれたの。『あなたをお姉さまとして認めて差し上げますわ!』ですって。まずは外堀から埋めるのも有りよね!」
ブリジットってツンデレの典型みたいな人。第一印象は悪かったけどお礼を言いたいのに、素直になり切れてない彼女はホントに可愛くて。
「妹の反対という障害がひとつ無くなったのは、大きな前進か」
「そうよ! お、お、お、お付き合いへの前進よ!」
言葉にするとなんだか照れ臭くてどうしても顔が赤くなってしまう。だけど考えてみるとアロイスもツンデレ亜種って感じよね。言葉遣いはぶっきらぼうだけど、さっきだって私のケガを心配してくれていたもの。ケガって言ってもあちこち擦りむいた位だから大した事はないのだけど、高価そうな塗薬までくれて。
アロイスはもう少し、盗賊の突然死について調べてみるって言ってたわね。なんだかどこかで似たような話を聞いた気がするんだけど、思い出せない。
さて、私はどうしようかなぁ。時期的には狩猟大会クエストが始まるはずなんだけど。これは完全に運ゲーイベントであんまり好きじゃなかったわ。
このクエストは現在進行しているルートの攻略対象が、狩りで優勝することが成功の条件なんだけど、大物を仕留めるか数で勝るかで優勝が決まる。獲物にはランダムで遭遇するので運に左右されるのだ。私はレニーを優勝させるのに二か月もかかったことがある。
数で勝負は、そのまま。オオカミだろうがイノシシだろうが沢山獲った人が勝ち。大物狙いというのは、大きい個体という意味の他に珍しい個体も含まれる。アルビノの白いオオカミが有名だけど、ここは基本的にファンタジーなゲームの世界なせいか、角の生えたクマとか、巨大な人食いウサギなんていうのもいるらしい。
そして狩猟大会の優勝者は、国王夫妻が出席するお茶会に招待される。お二人が座るテーブルに同席できる栄誉が与えられるわけ。ジェリコルートじゃなくても国王陛下に会えて、結婚式の時には祝辞を頂ける。ゲームを進めるのに絶対必要なクエストではないけれど、完全攻略を目指すならクリアしておきたいところ。
それともうひとつの目玉は狩猟の時に使う矢筒に付ける房飾り。ゲームでは五種類の中から選んで攻略キャラに渡す。これもランダムで大当たり、当たり、残念の三つの結果が得られて、それぞれ貰えるスチールのグレードが変化する。今や私はプレイヤーじゃなくゲームの中の人だから、スチールは貰えない。だから関係ないと言いたいところだけど・・・。
この世界の設定としては、カップルの人は相手女性から貰った房飾りを付けるし、フリーの男性が女性に房飾りを求める行為は求愛と同等ととられるらしい。逆もしかりで、意中の人が贈った房飾りを付けてくれれば、女性の好意を受け入れたと思っていいのだ。
ただゲームとは違って、房飾りは手作りしないといけない。これがまた材料費がばかにならないのよ、上等なシルクや、宝石をあしらったりするものだから。でももしレニーが私の作った房飾りを付けてくれたら、きっとこんなやり取りがあるのよ・・・・・・
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「レニー、これ、付けてくれたら嬉しいんだけど」
「これは…君の瞳と同じ色の房飾りだね!」
「ええ、レニーの瞳の琥珀色も混ぜてあるの」
「嬉しいよ、ジーナ。早速付けさせて貰う」
「つ、付けてくれるの?」
「もちろんだよ。本当は房飾りを作って欲しいって言いたかったんだ。だけど照れ臭くて…」
「嬉しい! 私たち両想いなのね!」
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「お客様、お客様?」
「あっ、はい」
「お色はこちらの緑でお間違いないですか?」
「はい、それでお願いします」
いやだわ、買い物してる時まで妄想に耽るなんて。そういえば、矢筒の飾りは房飾りの他に簡単なリボンの飾りもあったわね。こっちは家族や友人から贈られる物で、房飾りより気軽な物だった。でも矢筒の飾りの数でその人の人気度合も測れちゃう怖い側面もあるんだったわ。
アロイスは大丈夫かしら。貴族の子息のほとんどが参加する狩猟大会だから、アロイスも家族の誰かが作ってくれるとは思うけど。
「すみません、やっぱりそちらのリボンも見せて下さい」




