17 4人目
背後で男の声がした。
「動くな、おとなしくしろ!」
何てこと、もう一人仲間がいたなんて!
首に刃物を突き付けられ、背後から羽交い絞めにされた私は茂みから引きずり出された。後ろは見えないけれどこの男が大柄なのは気配で分かる。しかも汗臭い。
「それ以上近寄るな! この娘を傷つけたくなかったら三人を放せ」
「そんな事をしても逃げられんぞ!」
警備隊の主任が怒鳴ったが、後ろの男は続けて要求した。
「三人の縄を解け、早くしろ!」
主任は他の警備隊員に合図してしぶしぶ三人の縄を解いた。奴らはニヤニヤとほくそ笑んでいる。なんて嫌な笑みなのかしら!
「お嬢さんと交換だ」
「そうはいかないね、俺たちが安全な所まで逃げたら放すさ」
捕まっている内の一人が縄を解かれた腕をさすりながら言った。
「こっちはロザリオを諦めるんだ、逃がしてくれたっていいだろう?」
「くそっ、行け!」
解放された三人が半分ほどこちらに進んだ時だった、後ろの茂みでガサッと音がした。
背後の茂みから飛び出してきたそれは、私を羽交い絞めにしていた男の頭に襲い掛かった。
「痛ぇっ」
キツネの鋭い牙で頭に嚙みつかれ、それを振りほどこうとした手を前足で引っかかれ、男はとうとう私の喉元に突き付けた刃物を落とした。
ほんの刹那、時が止まったようだった。解放された男たちはキツネの登場に呆気にとられ、振り返った私の目も、男の頭に食らいついているアロイスに釘付けになった。
ほんの一瞬、私が我に返るのが早かった。男から逃れた私は今来た町の方向へ走り出す。盗賊たちの一人はアロイスに襲われている男の方へ向かい、二人は私を追いかけて来た。
あああ今日はなんて日なの! 一生懸命に走ろうとしているのに疲労のせいで足がうまく前に進まない。挙句の果てにはもつれて転んでしまった。
ハーリン先生と警備隊も二人の盗賊を追いかけたが、何せ盗賊と私の距離の方が近かった。ああ、だめだ。せっかくアロイスが隙を作ってくれたのにまた捕まってしまう…。
地面に伏せたまま目をつぶった。腕を掴まれ私は立たされたが、相手は見知らぬ騎士だった。
「もう大丈夫ですよ、危なかったですね」
振り返ると神殿の騎士に交じってレニーが盗賊を捕えていた。警備隊から連絡が行って応援に来てくれたのだ!
わぁぁぁレニーが実践で敵と戦う姿を初めて見たわ! いつもの柔和な顔と違って、厳しい表情で盗賊をねじ伏せている凛々しいレニー。なんてカッコいいのかしら!
私を人質にしていた男ともう一人の盗賊も警備隊に抑えられていた。今度こそ四人ともお縄だ。
盗賊を警備隊に引き渡したレニーは振り返り私を見るの、きっとこんな感じ・・・・・・
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私に駆け寄ってきつく抱きしめながらレニーは言うの。
「ジーナ、死ぬほど心配したよ。ああ、君が無事で本当に良かった!」
「私は大丈夫。私、きっとレニーが助けに来てくれるって信じていたわ」
レニーは私の瞳を見つめた後、もう一度きつく抱きしめこう言うの。
「ブリジット! 大丈夫か!?」
あらら……
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「お兄様ぁ!」
レニーが抱きしめたのは妹のブリジットだった。ま、そうよね。兄にすがって大泣きするブリジットをレニーは優しく介抱している。妹の無事を喜ぶレニーの姿を見られて私もほっとしたわ。
ところでアロイス! ナイフを持っている相手に突っ込んで行くなんて無謀だわ。ケガをしていないといいけど。一体どこへ行ったのかしら。
「大丈夫ですか? すみません、四人目に気づかなかったのは私の失態です」
アロイスを探す私にハーリン先生が謝った。見ると腕にはキツネを抱えている。
「アーロンちゃん、いつの間に先生の所へ?! あっ、先生。私は大丈夫です。それよりブリジットは、彼女にケガはありませんでしたか?」
「ええ、かなり怯えていましたが兄の顔を見たら安心したようです。さ、帰りましょう。この通りロザリオも取り返しましたし」
先生はそう言って懐からチラッとロザリオをのぞかせた。アロイスがケガしていないか確認する私に、「彼もケガはないですよ」と教えてくれる。
今度はハーリン先生が手綱を取る馬に私とアロイスは便乗した。先に教会に寄りロザリオを返却してから、先生は私を自宅まで送り届けてくれた。
あのメダリオンを返し、先生の姿が見えなくなると私はアロイスに話しかけた。
「今日はありがとうアロイス。キツネになって捜索に協力してくれた事も、盗賊に襲い掛かって私を助けてくれた事も」
「お前があそこで転ばなきゃもっと良かったな」
「それは言わないでよ、恥ずかしいなぁ」
「ケガしたところ、ちゃんと手当しろよ。じゃあな」
アロイスは私の腕から飛び降りて走り去って行った。アロイスに言われて気づいてみると、私はあちこち傷だらけだった。逃げる時に転んだせいで手のひらも擦りむいている。この手で明日の朝食を作るのは大変そうだわ・・・。
本来ならまだバザー週間中だが、火事やロザリオの盗難があったせいでバザーは中止になった。その為に今日は後片付けをしている。売れ残りを箱に戻し、テントを畳む。アロイスはまだ人間の姿に戻っていないのか、姿が見えない。他の生徒たちは昨日の捕り物の話題で盛り上がっている。
「えっ、じゃあクリコット令嬢が盗賊の隠れ家を発見したの?!」
その女子生徒の一声でみんなの視線が一気に私に集まった。餌を求めて集まってくる公園の鳩よろしく、わらわらと私の周りに生徒たちが群がって来た。
「本当なの? あなたがロザリオを取り返したの?」
「盗賊を見たのか? じゃあやっぱりレニーの妹は犯人じゃなかったんだ」
「ロザリオを取り返したのはハーリン先生よ。でも隠れ家は先生と一緒に見つけたわ」
生徒たちはバザーの後始末そっちのけで私から話をせびった。そしてみんなとの会話の中で発見したのは、ジェリコの評価が下がった事だ。
消火の手伝いを何もしなかった事から、ブリジットに窃盗の疑いをかけた事に至るまで、普段のジェリコからは考えられないような行動だというのがみんなの感想だった。ジェリコは窃盗犯を捕まえて評判回復を図ろうとしたみたいだけど、かえって裏目に出たみたいね。
みんな、本当はこっちの方がジェリコの真実なのよ。大半の人は気づいていないが、それを見抜いている人も出始めてきたようだ。
「ジーナ、昨日は本当にありがとう。挨拶もしないで帰ってしまって悪かったね」
少し遅れて来たレニーが真っ先に私に挨拶してくれた!
「レニー! ブリジットさんはどう? 少しは落ち着いたかしら」
そう、ブリジットがなぜ盗賊に拉致されたのかは、彼女を助け出したハーリン先生から聞いていた。火事騒動のさなか、ロザリオが木製な為に焼失を危惧したしたブリジットが、礼拝堂で盗賊達と鉢合わせてしまったからだった。
「ブリジットは元気になったよ。まだ少しぼーっとしてるけどケガもないし。君がブリジットの無実を信じて真犯人を探してくれた事、本当に感謝してる。君は素晴らしい人だ」
レニーは私の手をしっかり握ってお礼を述べた。周りの生徒たちはそれを見て私に拍手を送ってくれた。
いやあ何だか照れるわね。でもレニーに感謝されて悪い気はしない。これもアロイスのおかげだから、私もクレアとアロイスの仲を取り持つ手助けに力を入れなくちゃね!
それから二、三日後の事だった。放課後、帰り際に私はレニーに呼び止められた。




