11 パーティーの話題とバイトの露見
翌日のアカデミーではジェリコの誕生日パーティーの話題で持ち切りだった。
一つ目はジェリコの暗殺未遂事件。もうひとつは、ジェリコをかばい負傷した国王の命を救ったクレアの事だ。
「陛下がいち早く刺客に気づいたんだ、咄嗟にジェリコ様の前に出て敵の矢を受けお倒れになって…」
「クレア様がその矢傷を癒されたんでしょう? 素晴らしいわね、さすが聖女様だわ!」
「陛下やジェリコ殿下に護衛騎士がついてるはずだろ? 奴らは何をやってたんだよ?」
「ジェリコ様がクレア様を国王陛下に紹介しようと、護衛騎士を押しのけたのよ。それにクレア様が癒したのは、毒よ。毒を浄化されたのよ! 私、パーティーに招待されていたから全部見ていたわ!」
「まぁ、そのクレア様の奇跡を実際に目の当たりにされたのね! なんて羨ましいのかしら!」
こんな調子で、教室の賑やかな事と言ったら! 当のクレアはまだ疲労が抜けていないとかで今日はお休みだった。ジェリコも来ていない。アロイスはもう席についていて、いつもの様に我関せずといった感じで窓の外を見ている。
私が自分の席につくと、パーティーに招待されたと自慢していたキャシー・コーマック伯爵令嬢が私のほうを横目で見て言った。
「誰かさんは当然いらっしゃらなかったわね。招待状を送らなかったのはジェリコ様の優しさかしら」
「ああ! あの方ね。でもなぜジェリコ様の優しさなの?」
「だってみじめになるだけでしょ? 元婚約者のパーティーになんて呼ばれても。ジェリコ様はクレア様をエスコートしてらしたし」
「それもそうね! 確かにみじめだわ」
コーマック令嬢達はさも楽しそうに声を上げて笑っている。でも私はみじめなんかじゃないわ。私はレニーと両想いになれたらいいの、ジェリコなんか眼中にないんだから。
そうだ、レニー。レニーは昨日のパーティーには来ていなかったみたいだけど、招待されてなかったのかしら。そしてアロイスね。アロイスには聞きたい事が山ほどあるわ。
昼休み、私は急いで食事を済ませアロイスを例の場所に呼び出した。
「アロイス、私聞きたい事が山ほどあるんだけど!」
アロイスは面倒そうに溜息をひとつ吐いてから言った。「答えられる事とそうでない事がある」
「じゃあ、ジェリコを狙ったのはアロイスなの?」
「いきなりデカイのから来たな。だが俺じゃない。俺がジェリコを殺そうとする理由がないだろ?」
「あるわよ。クレアを巡って、あなた達ライバルじゃない」
「だからって殺そうとまでは思ってない。クレアがジェリコを選んだとしても、俺はチキンさえ食べなければ変身しないんだ。不便な生活が終わらないってだけだ」
「じゃあ、どうやってお城に忍び込んだの? メイドの制服は? あれどう見ても王宮のメイドの物と同じだったわ!」
「それは言えない」
「んもう~…あの時、バルコニーから出て来たのはアロイスなんでしょ? 矢を射ったのは濡れ衣だとしても」
「あれは…そうだ。身元がばれないように黒ずくめでバルコニーから中の様子を窺ってた」
「一部始終を見たのよね? 暗殺者も見たんでしょ」
「俺がバルコニーに入った時にはもう奴は矢を射った後だった。離れてたし、向こうも黒ずくめで男か女かすら不明だ。ただ向こうは俺に気づいてないと思う。奴はバルコニーを飛び越えて二つ向こうの部屋の中へ入って行った」
「え、外に逃げたんじゃなくて中に入って行ったの? 普通、外へ逃げるわよね」
「追っ手は当然外へ逃げると予想して追うだろうから、逆手に取って王宮の中へ逃げ込んだのかもしれない・・・」
相変わらずぶっきらぼうなアロイスは、それきり黙って考え込んでしまった。だから私はあの後、何があったかを話して聞かせた。
「だからね、クレアがまたアカデミーに戻ってきたらうんと優しくするのよ! まだまだ望みはあるわ!」
「それはありがたいアドバイスだ」
「気のない返事ねぇ。アロイスってばほんとにクレアと付き合いたいの?」
「そう思ってるけど・・・あんまり女性と話した事がないんだよ!」
そう言い捨てて顔をそむけたアロイスだが、耳が赤い。あら、スターク伯爵家って男兄弟だったのかしら。でも貴族の家なんだから使用人やメイドや女性なんて幾らでもいるでしょうに。意外とシャイなのかしら、この人。
「ええとね、まずはパーティーでは大変だったね、体調はどう? と気遣ってあげて。その後、国王陛下を救った事を褒めてあげるのよ。普段はちょっとした変化も見逃さず、今日のヘアスタイルは素敵だとか言ったり、相手の考え方に賛同して認めてあげるの。褒めるだけじゃただのお世辞だもの」
「け、結構難しいな。お前もレニーにそうやって迫ってるのか?」
「せ、迫ってるってほどじゃないと思うけど…そういう風に心がけてるの!」
「はいはい、せいぜい頑張ってくれよ」
アロイスを見送ってから私も授業に戻った。ゲームとは違う展開になった誕生日イベント。あの部屋から聞こえて来た声はクレアの物だったのかしら。『邪魔をしない』ってなんの邪魔なんだろう?
答えの出そうにない疑問が頭の中をぐるぐる駆け巡って、すっきりしない気分のままでその日は過ぎて行った。でもこの後は、また別のイベントが待ち受けている。そっちの方に集中しなくちゃ!
それから数日後だった。私とレニーが図書室で勉強していた時に、私の陰口をたたいていた一人がキャシー・コーマック伯爵令嬢だと判明したのは。
「あらぁ~クリコット令嬢じゃありませんか! こんな所で働いていらっしゃるなんて驚きましたわ!」
キャシーを筆頭に私のクラスの生徒や見た事のない生徒が数人、ベーカリーの店頭に立つ私を見て、形ばかりに驚いてみせている。その表情は明らかに私を蔑んでいた。
「やっぱり噂は本当だったのねぇ」
キャシーは更に勿体ぶった口調で付け加えた。それに合わせて、私のクラスのあれは――バルハーレ子爵令嬢だったかしら――その令嬢が話の続きを促した。
「噂ってなんですの?」
「お母様が言ってらしたのよ。クリコット家は破産寸前なんですって。クリコット家を辞めてうちに再就職したメイドが言ってたのよ。突然辞めさせられた上に、保証金も貰えなかったらしいわ」
雇い主の都合で解雇された使用人は、2か月分ほどの給金に値する保証金を貰うのがこの国の慣例だ。まぁ退職金みたいなもの。お父様ったらそんな物までケチったのね。
「婚約も破棄されて、家計は火の車。同情申し上げますわ、ジーナさん」
「ほんとに! お可哀想~」
「貴族の身分でこんな所で働かなければいけないなんて、私だったら耐えられませんわぁ」
それぞれ言いたいことを言ってくれる。店内にいる他のお客様達は、大勢で店を占拠してのキャシー達の傲慢な振る舞いに顔をしかめていた。
「キャシー、買い物しないんだったら帰ってくれる? 他のお客様にご迷惑なの」
表情ひとつ変えないでキャシーと向き合う。そんな私の反応が面白くなかったのか、キャシーは他の令嬢を引き連れて出て行った。結局買い物はしていかなかったわね、ただ私をあざ笑いにここまで来るなんてご苦労さまだわ。
キャシー達が出ていくとすぐファラマン夫人がやって来て心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫? 奥で少し休んできたらいいわ、ここは私に任せて」




