国王陛下の思い
父の容体が落ち着き、寝台から起き上がれるようになったのは、あのお茶会から2ヶ月近く経った頃だった。
父の私室に兄と俺・エドワードが呼ばれた。
「不在の際に起こったことを聞いた。」
険しい声で父が言う。エドワードの顔は蒼白だ。震えを抑えることができていない。
「ヘンリー、お前の選択は正しい。今ブランドン侯爵を敵に回すことはできない。まだ以前の内乱の傷が残る地もある。王家への不信を植え付けるようなことはできぬ。」
「ありがたきお言葉にございます、父上。リチャードにはこれから苦労をかけることにはなりますが・・・」
兄が俺のことを気遣いつつ、父へ答える。
「エドワード。その場にいたものからは話を聞いたが、お前の口から聞きたい。何があった?」
「お祖父様。僕は・・・僕は・・・」
まだ整理がつかないのだろう。俺が口を出そうとしたのを兄が止める。
「僕が悪いんです。一緒に、お母様のユリを見に行きたかった。でも、でも、やだって言われて・・・」
エドの目が涙でうるむ。
「ケガをさせようなんて思ってなかった。リチャード兄さまの後ろに隠れたから、僕と、一緒じゃないといけないのに、でも、」
泣きそうになるのを必死で堪えたエドは、ぐっと口を引き結び、姿勢を正した。
「僕が、突き飛ばしたりしなかったら、あの子はケガをしたりしなかった。僕が、悪いんです。謝りたい。ごめ、ごめんなさいって・・・」
とうとう涙が溢れてしまった。それでもとめどなく流れる涙を拭くこともせず、エドは姿勢をしっかり保ち、父をじっと見つめた。
「そうか。良いか、エドワード。お前はこれから王太子となる。ヘンリーの次の王となるのだ。王は自分の行動が周りを巻き込むことを知らねばならぬ。お前の行動の結果、起こったことはわかるか?」
「ケガをさせた・・・」
「そうだ。その怪我は彼女に一生残る。謝りたいと言ったが、謝って済むような話ではない。リチャードがお前の代わりに責任を取ることになった。」
「兄さまが・・・」
「リチャードはもう彼女のために生きなければいけなくなった。お前の行動で、2人の人生が変わってしまったのだ。」
「父上、そこまでは・・・」
止めようとした俺の言葉を父が遮る。
「良いか、お前の行動が周りの人生を狂わせるのではないか、と常に意識せよ。王は正しくなくてはいけない。正しい行動が取れない場合は王となる資格はない。」
父がエドワードをそばに寄せ、そっと頭を撫でる。
「難しいだろう、怖いだろう。信用できるものをそばに置くがいい。お前が過ちを犯したとき、止めてくれる者を。私は長くそばにいてやれぬ。リチャードも、お前のそばにいられなくなった。」
シワの深い手で栗色の髪を撫でる、父の目は王ではなく祖父の目となった。
「これから王になるための勉強が始まる。厳しいものになるだろう。だが、忘れてはならぬ。リチャードはお前のそばから離れるが、それはお前のためだ。お前を支えるためだ。お前は、父と母、叔父に支えられて王になるのだ。これからお前は過ちを償い、正しい王になるのだ。」
うん、うんとうなずきながら父の膝でエドはわんわんと泣き出した。
エドワードは良い王になるだろう。肩の荷が降りたような、少し寂しいような気持ちがした。
少し落ち着いたエドワードが先に退室し、兄と俺だけが残った。
「私もなんとか回復はしたものの、医師によれば今まで通りの政務は難しい。歩くことすらままならぬ。少しずつヘンリーへ王権を移譲していきたいと思う。」
「父上・・・」
「リチャード、お前が責任を取る、という決断は悪いものではない。しかし、ヘンリー・エドワードへと時代が移りゆく中ではお前の立場は複雑になるだろう。怪我の責任とはいえ、力を持つ貴族の娘を娶ることとなれば、王位を狙うものという謗りを受けるやもしれん。」
確かにそうだ。クリスティーナ嬢はブランドン侯爵の娘だ。侯爵は財務大臣を担っている上、領地も広大。傷が残るようなことさえなければ、国内ではエドワードの婚約者に、未来の王妃に最も相応しい相手だと言える。
「すでに内々では婚約は決定しているが、ヘンリーの第二子が生まれ次第、お前の臣籍降下を発表する。公式な婚約発表もその時だ。」
「お前の今後だけが心配であった。未成年のうちに王城から出さねばならぬことは心苦しいが、基盤を整える手伝いができると思えば、それもまた良かったのかもしれない。」
寝台の横に呼び寄せられた。小さな頃のように、父が俺の頭を撫でてくれる。
くすぐったいような気持ちと、小さくなった父の手の温かさに、張り詰めた心が和らいでいった。