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天使の羽

クリスティーナ嬢と面会が叶ったのは、あのお茶会からひと月以上経った後だった。


「いっそ女装でもしていったらどうだ?」

「冗談だろう・・・いや、それもありか?」

突拍子もないが、男性が怖いなら女性に、というのは悪くないのか・・・と考え始めた俺にデイビッドが慌てて止める。

「いやいやいや、流石にやめてくれ。自分で言っておいてなんだが、俺は主人のために化粧を覚える趣味はない。」


父親であるブランドン侯爵を拒まなくなったとはいえ、大きな声、エドワードと同じくらいの子どもには拒否反応を起こしてしまうとのことだった。

俺はちょうど中間くらいではあるが、背は伸び始めたばかりでまだ子ども寄りではある。

あのお茶会以来の顔合わせとなるが、俺のことを覚えていたら余計に怖がらせてしまうかもしれない。


「女装は無理として、あまりゴテゴテした服装じゃないほうがよいだろうな。」

「なるほど、正装するべきかと思ったがやめておこう。」

「普通なら『王子様!』的な方が喜ばれるが、今回はな・・・」

デイビッドと悩んだ結果、結局普段と変わらぬ装いでいくことにした。

小さめの花束と、最近流行り始めた子ども向けの本を手土産にもつ。

緊張しつつ、ブランドンの屋敷へ向かった。


「ブランドン夫人、本日はありがとうございます。」

屋敷に着くと、侯爵夫人が出迎えてくれた。使用人たちの目線が痛い。

「リチャード殿下、娘は部屋におります。まだ、その・・・」

「ああ、良い。まだ外が怖いのだろう。会えるかどうかもクリスティーナ嬢にお任せしたいと思う。」

ほっとした様子の侯爵夫人に、使用人たちのピリピリとした雰囲気も少し和らいだ。


クリスティーナ嬢は乳母と子供部屋で人形遊びをしているらしい。

侯爵夫人が声をかけ、こちらを見る。ああ、確かに天使だ。

金の巻き毛がふわりと揺れ、丸く青い目が・・・恐怖に揺れる。

ひぃと軽い悲鳴をあげ、さっとクリスティーナ嬢は乳母のスカートの後ろに隠れた。


(笑顔・・・笑顔・・・)

これ以上怯えさせないよう、優しい笑顔をなんとか持ちこたえる。

ゆっくりと、大きな声にならないよう気を付ける。

彼女と目線を合わせるために膝をついた俺に、侯爵夫人が息をのんだ。

下がろうとした乳母に、そのままで良いと目で訴える。


「こんにちは、天使様。」

彼女は乳母のスカートから少しだけ顔を出してこちらを見る。

少しの沈黙の後、

「ティーナはてんしじゃないのよ。はねがとれてしまったの。」


背中の火傷のことをそんなふうに話していたのか。彼女を傷つけないようにする周囲の人々の心遣いが手に取るようだ。

「そうか、きっと君のお父様やお母様、お兄様とずっと一緒にいられるように、天へ帰れないようにしてくれたのだね。」

「・・・」

「可愛い天使が飛んでいってしまうのが嫌だったんだね。でも痛かったろう?羽を取ってしまった人の代わりに謝るよ。ごめんね。」

「いたいのいや・・・」

「もう痛いことはしないよ。私はリチャード。私も、君と一緒に遊んだりしたいんだけどこれからは時々会いに来てもいいかな?」

クリスティーナ嬢は答えず、また乳母の後ろに隠れてしまった。

少しでも話をしてくれただけで今日は十分だ。


「・・・また来るよ。」

夫人と一緒に部屋を出た。渡せなかった手土産を夫人に預け、

「ティーナ・・・娘が無作法で申し訳ございませんでした。」

頭を下げようとする夫人を止める。

「いや、話を聞いてくれたので十分です。また後日、お伺いさせていただきます。」

見送りをする侯爵家の面々から、はじめの冷たい目がなくなった気がしたのは少し楽観的すぎるだろうか。


***


(side ブランドン侯爵)


「ティーナ、私の宝物。今日は何をしていたのかな。」


前までは「あのね、あのね・・・」と弾むように話してくれていた娘が私に怯えるようになってしまった。

乳母か妻の後ろに隠れてでしかまだ話をしてくれないが、姿を見るだけで泣き叫んでいた時に比べると、随分な進歩だ。

今も妻の後ろから、小さな声で答える。


「あのね・・・おっきなおにんぎょうさんがきたの。」

ん?と首を捻ると、妻が補足する。

「リチャード殿下のことですわ、あなた。」

ああ、そうか。殿下も見目は良い。人形のようだと思ったのかと納得する。

「・・・怖くなかったかい?」

ゆっくりと目を閉じ、ふるりと震える姿を見るとやはりまだ怖かったのだろう。抱きしめたい衝動に駆られたが、まだ触れるのは早い。


「ティーナがおそらにかえってしまわないようにはねをとっちゃったんだ、って。おとうさまがいってたのとおんなじね。」

前と同じように天使のような微笑みを浮かべた娘が、そこにいた。

「おにいさまとおなじにおいがしたのよ。ティーナ、おにいさまにあいたい。」


妻に指摘されるまで、私は涙を流していることに気づくことができなかった。

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