宝を借り受ける
クリスティーナ・ブランドン嬢と俺の婚約は、簡単にはいかなかった。
当然だ。まだ彼女は4歳、俺との年齢差は10歳もある。
まだ傷も癒えていないとのことで、本人との顔合わせも済んでいない。
やっと今日、父親であるブランドン侯爵と話をすることができるようになった。
「お忙しい中お時間いただき、ありがとうございます。」
王族が遜るなど、教師が見たら叱られそうだが今日は別だ。
「頭を下げてはなりません、リチャード殿下。そもそもあなたが責任を取るようなお話でもない。」
代わりにブランドン侯に叱られてしまった。まあ、彼も大概不遜な態度ではあるが。
「王太子殿下からは打診をいただきました。エドワード王子の代わりにリチャード殿下が責任を取られるとか。」
「その場にいて、エドワードを止められなかったのは私が至らなかったためです。大切なご令嬢をお守りすることができなかった。私の頭など、どんなに下げてもお怒りを鎮めることなどできませんでしょう。」
「当然ですな。娘は王妃となる道を閉ざされた。息子など、声が聞こえるだけで娘が怯えるというので領地へ戻さねばならなくなった。妻は娘から離れず、娘がうなされるたびに自分が悪かったと嘆いてばかりいますよ。」
第二王子である俺に対する態度としては褒められたものではない。
「しかも、なぜエドワード殿下ではなくリチャード殿下なのですか。エドワード殿下が責任をとって我が娘を娶り、あなたが次の王太子になるというのが筋でしょう。王太子殿下はよっぽど自分の息子を王にしたいらしい!」
拳から血が出そうなほど強く握りしめ、怒りを露わにするブランドン侯の言葉にビクリとした。
だが、怒りの根本は家族への愛情であることに少し安心する。
娘を政治の道具としているのであれば、無理矢理にでもクリスティーナ嬢を王妃にしようとするだろう。
「リチャード殿下、あなたはもう14歳だ。娘が正しくあなたの妻となるまでには10年以上かかる。それまでに他の女性からの誘惑にあなたが負けてしまったら?娘は傷を盾に王族との婚姻を望んだ愚か者と謗りを受けるだろう。もしそんなことになったら・・・」
「決して、そんなことはしないと約束する。」
興奮する侯爵の言葉を遮った。
「もちろん、クリスティーナ嬢が私との婚姻を望まないようなことがあれば、どんな時でも私の有責で婚約を破棄として良い。書面に残しても良い、いや、残そう。」
控えている文官に指示を出し、書類の準備をさせる。
「エドワードは確かに愚かなことをした。しかし、それを止められなかった私も同じく愚かであった。その愚かさを許せとは言わない。ただ、挽回の機会を与えてはいただけないであろうか。一代公爵の妻としての地位しか与えることはできないが、クリスティーナ嬢が心穏やかに暮らせる生活だけは私がなんとしてでも保証しよう。」
ぐう、と侯爵の喉が鳴る音がした。
永遠とも思える沈黙の後、ゆっくりと侯爵はつぶやいた。
「娘は我が家の宝です。」
中庭で蝶と戯れる彼女の姿を思い出した。エドワードが天使だと言っていたのを思い出す。
きっと、ブランドン家での彼女は笑顔の中心だったのだろう。それを壊したのは王家だ。
「一時、あなたに我が家の宝を貸しておきましょう。曇った宝から光を取り戻してください。それができなければ返していただく。」
「大事に磨き、奪われぬようひたすらに、守ることを誓おう。」
この日、俺は婚約者を得た。