俺が望んだ婚約者
眠れないまま、ブランドン侯爵家への訪問日を迎えた。
「リチャード様、ご機嫌よう。」
「クリスティーナ、今日もお邪魔するよ。」
「リチャード様、少しお疲れのようですがいかがいたしましたか?」
どうやらここ数日の不眠が顔に出てしまっていたようだ。
「ああ、ちょっとしたトラブルがあってね・・・あまりよく眠れていないのだ。君に心配をかけてしまうほどでも・・・。いや、少し相談に乗ってもらっても良いだろうか。」
キャンベル伯の令嬢の話を少しぼかしつつ伝える。
「イザベラ嬢とはやはり面識は?」
「ありませんわ。」
答えたクリスティーナは、しっかりと冷やされた果実水を口に運ぶ。
「王太子殿下の方が年齢的にも相応しいという声は、他の口さがない連中からもあったが・・・」
「ありえませんわ!」
珍しくクリスティーナが声を荒げる。
嫌だというのが、トラウマのせいなのか、それとも。
「それよりも、わたくしがリチャード様の婚約者で良いのでしょうか。」
クリスティーナが不安そうに呟く。
「陛下の戴冠式でも、お隣に立つことができませんでした。先日も、皆の目がまだ怖くて。」
「父の葬儀では、参加してくれただけでもとても励みになったよ。頑張りたい、という手紙がとても、うん、嬉しかった。」
それでも不安は拭えないらしい。少しずつ結婚後のことなどでやるべきことを学び始めたと聞く。
交流関係も少しずつ広げていかなければいけない。あと5年もするとクリスティーナは俺の正式な妻となる。そうすると社交の場もさらに広がり、さまざまな悪意を向けられることも増えるだろう。
「不安な気持ちはわかるが、私はクリスティーナを守りたい。」
「父も、母も、兄も、同じことを言いました。葬儀に参加したら私が傷つく、と。でも、」
クリスティーナは顔をあげた。
「私のせいで言われなき言葉をかけられるリチャード様を、守りたいのです。」
その瞳は、決意で青く燃えているように見えた。
ああ、なんてことだ。守られるべきその小さな体で、震えながら、俺を悪意から守ろうとしている。
彼女は出会った頃からずっと天使のようだった。しかし、聖なる槍を持ち悪を討ち果たす戦天使だったのだ。
「一つだけ、イザベラ嬢に感謝したいことがあったのだよ。」
ゆっくりと、言葉を選ぶ。
「王太子とクリスティーナの仲、という言葉に俺はとても不愉快だったんだ。しかも彼女はティーナだなんて、俺も呼んだことのない愛称で呼ぶんだ。怒りで眠れなくなるくらいね。」
エドワードにクリスティーナを奪われるのではないか、と。俺の知らないクリスティーナを、知っているのではないかと。
「え・・・?」
この感情は、醜い独占欲だ。嫉妬だ。こんな感情を生み出す根源は、そう。
「クリスティーナ、君を愛称で呼ぶ権利をくれるかい?できれば俺だけが呼べる名前で。」
少し悩んだ後、クリスティーナが答える。
「家族はティーナ、と呼びます。リチャード様には、そう、クリス、と。」
「ああ、クリス、ありがとう。これからはそう呼ばせてもらうよ。私の婚約者殿。」
頬を少し赤らめたクリスに心が躍る。
「私、いや、俺のことももっと知ってほしい。父が亡くなり母とも会えなくなってしまって、寂しいと思うような情けない男だ。君が俺のために無理をしているのを、嬉しいと思ってしまうくらい利己的な男だ。」
目を見開いて、クリスがこちらを見る。
「もっと君のことを知りたい。君のことをたくさん喜ばせたい。もし君が悲しむことがあれば、全力で悲しみを取り除こう。これからたくさんの喜びを共にしたい。悲しみや辛さは共に分け合い、乗り越えていこう。ずっと、一緒に。」
エドワードにも渡さない。クリスは私とこれから共に守り合い、共に戦うのだ。
ゆっくりとうなずいたクリスの手を、初めて握った。
何とか完結しました!
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