初恋の行方
「信じるか?」
「荒唐無稽にもすぎるが、嘘をつく理由はない。監視は必要だが、修道院での静養を本人も希望しているのであればそれで手打ちとして良さそうだ。」
彼女の話はこうだ。
夢の中の物語で、主人公はマルティーナ・ルクセン。孤児だ。孤児院に訪問していた貴族の目に留まり、侍女としてその貴族に雇われる。
国王陛下の歳の離れた弟として王太子となったリチャードが、夜会でその貴族の屋敷に招かれた際にたまたま出会ったマルティーナと恋に落ちる。
身分差もあり、秘められた恋としてそのまま思い出となるだけのはずであったが、マルティーナの出自が明らかになる。
実は彼女は疫病で滅んだ小国の王女だったのだ。身分差が解消され、二人は結ばれる。
その二人を邪魔するのが、イザベラ・キャンベル伯爵令嬢。嵐の復興にて領民の支援を受けた際に出会ったリチャード王太子に恋をし、邪魔になるマルティーナにありとあらゆる嫌がらせをする。
亡国とはいえ王家の血を引くマルティーナへの嫌がらせが元で断罪され、身分剥奪のうえ露頭に迷う悪役だという。
名前だけが一致しているのなら偶然とも言えたが、物語の中と同様に領地は嵐にあい、イザベラ嬢と俺が出会うことにもなった。これは未来の予言に間違いないと思い込み、先手を打って断罪を免れようとしたとのことだ。
「嵐の発生、領民の保護、他にも存在しうる内容もいくつかあるのは気になるな。」
エドワード殿下のことも出てきたらしい。
子どもの頃に令嬢に体に残るような怪我をさせ、王位継承権を失っていた。令嬢とは責任をとって婚約したものの酷く嫌われている。
自分を王位から外した父王を恨んでいて、過去に内乱を起こした貴族の残党と繋がり、イザベラ嬢によるマルティーナへの嫌がらせにも協力していた、と。
さらには王位簒奪を企み、反乱軍の旗印としてリチャードと反目する、とか。
現実の王太子の名前すら理解していなかった彼女が、俺の生まれる前の内乱については知っているというのもおかしい。
クリスティーナの火傷も緘口令を敷いているわけではないが、地方に引きこもっていた令嬢が詳しく知っているのも引っかかる。
気になるところだらけではあるが、外部から聞いているとも言えない。
「たまたま耳にしたゴシップの類が記憶の片隅に残っていて、妄想の一部と混在した、というのが落とし所か。」
亡国の王女はともかく、内乱の残党に関してはもう少し調査が必要として、陛下への報告のためにデイビッドを走らせる。
キャンベル伯はお咎めなし、イザベラ嬢は本人も希望している通り修道院に入ることになるだろう。
一人になり、深くため息をついた俺の心を占めるのは、別のことだった。
「バカお・・・失礼しました、エドワード殿下が物語の中で反乱を起こした理由は、拗らせた初恋でした。」
***
『エドワード!なぜこのような真似を!』
『リチャード兄さまにはわかるまい!愛するものに愛される、そんなことは当たり前だと思うような人には!』
『何をっ!?』
『僕が王太子ではなくなったから、クリスティーナは俺に見向きもしない!僕が王になれば、クリスティーナもまた俺に笑顔を向けてくれるのだ!』
***
イザベラ嬢は、本当に予言のような力があったのかもしれない。
夢の中の物語、というのがありえた未来の中でも最悪のものだったのではないだろうか。
クリスティーナと婚約したのがエドワードだったなら?
父が倒れてすぐに息を引き取っていたのなら?
チャールズとエドワードの関係が拗れていたら?
たらればを言っても仕方がないが、一つだけ確実なことがある。
エドワードはクリスティーナに好意を持っていた。
他ならぬ俺が、その瞬間を見ていたのだから。
もしかすると、今も。