運命のお茶会
とんでもないことが起こった。
義姉のお茶会には、エドワードの婚約者候補として財務大臣であるブランドン侯爵の娘が呼ばれていた。
はじめはエドワードも彼女を気に入ったようで、まるで初恋が生まれる瞬間を見てしまったような雰囲気に、護衛と微笑ましく見ていたはずだった。
何がきっかけだったのかわからない。エドワードは急に癇癪を起こし、彼女・・・クリスティーナ嬢をお茶の準備をしていたワゴンに向けて突き飛ばしたのだ。
呆然とするエドをその場から連れ出すことしかできなかった。
背中の火傷は大きく広がり、痕が残るらしい。
「このままでは王家に弓引くこともやむなし、というくらい侯爵の怒りは凄まじいぞ。」
「それは・・・」
兄の言葉に絶句する。その場にいた人間として内々に事情を聞くという体で兄の私室に呼ばれた時のことだった。
「まあ、可愛い娘が怖がって口を聞いてくれない、顔も見せてもらえないというのが一番の原因だと言っているがな。」
ああ、冗談かとホッとしたのも束の間、兄の顔が真剣になる。
「将来ある上流貴族のご令嬢を傷物にしたのだから、誰かが責任を取らなければいけない。あとは誰が、という話になる。癇癪を起こしたとはいえ、元々は気に入っているようだったのだしエドが責任を取るのが当然だ、と妻はいう。しかしだ。」
いったん言葉がとまる。
「その場合、エドは王太子にはなれない。」
「なぜです!お義姉様さえ落ち着けば、エドだって元々頭の良い子だ!良い王になれる資質がある!」
「彼女は王妃になれない。」
声を荒げてしまった俺に、兄は当然のことのように話を続ける。
「王妃になる、ということはただの結婚とは違う。
政務を行うことはともかく、王妃の役割は社交だ。
剣の代わりにドレスで武装し、国民の母として大勢の人の前に立つ。
今、クリスティーナ嬢は男性への恐怖から父である侯爵ですら声をかけることができない。
熱い飲み物を飲むことすらできない。いつかトラウマを克服し、社交の場に立つことができるようになるかもしれないが、ことは急を要する。父はもう長くない。まもなく私が王位に立ち、王太子をすぐに決めなければいけない。その時、未来の王妃となる者が外に出られなければどうなる?」
「王妃としての資質を問われます・・・」
「その通り。トラウマを克服するのに時間がかかれば、傷物にした責任で娶った王妃など不要、とその座を狙う輩が出てきてもおかしくない。そうなったら、今はまだ父親としての個人的な怒りであると言ってくれている侯爵が、家門として反乱を起こすのは間違いないだろう。」
言葉もない。兄の考えが杞憂だと言いたいが、おそらく、それは遠くない未来だ。
「エドを廃嫡し、クリスティーナ嬢と結婚させる。その時王太子はお前だ、リチャード。問題となるのは婚約者だが、近隣国へ打診をすることになるだろう。そこは私が王位についた後でも良い。覚悟を決めよ。」
気づいている。兄は、もう一つの選択肢をあえて言葉にしていないことを。
それが俺にとって厳しい道でもあり、本当なら、兄がエドワードの父として望む道であることも。
「俺が・・・私がクリスティーナ嬢と婚姻を結びます。」
「いかん!」
大声を上げる兄を久しぶりに見た。兄として、俺が泥をかぶることを良しとしない、弟への優しさが、愛が、俺の心を決めた。
「責任を取るのが私となることで、他はともかく侯爵は不満かと思います。しかし、男性へのトラウマを払拭するためにはまだ子どもであるエドワード殿下には難しいでしょう。私であれば、未熟とはいえ多少は大人です。彼女の心を癒すため、侯爵の怒りをおさめ、内乱の芽を摘むために人生を懸けましょう。それが私の覚悟です。兄上・・・王太子殿下。」
兄は即答しなかった。息子と弟の幸せを悩んでいただけている、それだけで喜んでいる自分は確かに、兄信者だ。