混乱
父の葬儀で遅れていたものの、キャンベル伯と令嬢から形式的な顔合わせを行うこととなった。
滞在する別荘のある王領を管理している公爵に対し、礼を失しない程度には顔を合わせなければいけない。通常であれば、晩餐に招待することになる。
しかし、まだ喪に服すべき期間であることと、キャンベル伯、というかイザベラ嬢のたっての希望もあり、応接室での挨拶のみとなった。
「コンウェル領主代行、リチャード・メイフィールドです。」
きちんとした礼をとるキャンベル伯に対し、イザベラ嬢はカーテシーこそしっかりしていたものの、そわそわ、きょろきょろと落ち着かない。こちらの話も聞いているのかどうか。
デイビッドの報告にもあった、教養が身に付いていないというのは本当らしい。
心の中で大きなため息をつき、さっさと退室させてしまおうと笑顔で茶番の終了を宣言しようとした。
「長旅でお疲れでしょうし、ご挨拶もいただきました。ゆっくりお休みに、」
「あの!」
言葉を遮られた。キャンベル伯が青ざめる。
「領民へのご支援ありがとうございます!」
領民に慕われるだけある。礼をしたかっただけか。
「私は陛下の決断に従ったまでのこと。御礼ならば国王陛下への忠誠を、」
「ですが!」
なんだ?この小娘は。2度も言葉を遮るなど、俺が王族であった頃ならタダでは済まなかっただろうに。
「王太子殿下とティーナ様の仲を割くような真似は致しません!心から応援しております!」
ティーナ?クリスティーナのことか?クリスティーナとエドワードが?応援?こいつは何を言っているんだ?
「領地のことについては大変ありがたく思いますが、私から王太子殿下に近づくことなどありませんわ!ぜひ、殿下は愛するティーナ様を大切に・・・」
「イザベラ、何を言っているのだ!やめなさい!」
「ふざけるな!」
応接室の分厚いテーブルが震えるほどの大声で、思うがままを口にした。
「・・・キャンベル伯、領地への支援は国としての義務です。きちんと行わせてもらう。だが、王族とブランドン侯爵家、私への不敬については別途調査の上沙汰を下そう。」
「閣下、田舎者ゆえ娘の教育が足りませんでした。娘はすぐにでも領地へ戻します!どうか、どうかご容赦を・・・」
「不愉快だ。少なくとも、私の婚約者と王太子殿下が恋仲であるような発言はすぐにでも取り消してもらおう。」
「リチャードって婚約してたの・・・?」
不愉快な発言の上に、呼び捨てだと?頭に血が上るのがわかる。
「馬鹿者!ああ、甘やかしすぎてしまったのか。王弟であらせられるメイフィールド公爵閣下のお名前を呼ぶだなど・・・」
「王弟?閣下?リチャードは王太子ではない?どういうこと?」
無礼者は顔を真っ青にして呟いている。混乱しているようだが、知ったことか。
「その様子だと、私の婚約者、クリスティーナ・ブランドン侯爵令嬢のことも面識があるようには思われんな。我が婚約者殿を愛称で呼び合うような仲の令嬢については私にも耳に入っているはずだ。貴様の名などクリスティーナの口から聞いたことも・・・」
「クリスティーナですって?マルティーナでしょう!?」
あまりの無礼と意味のわからない発言に、逆に頭が冷える。
「キャンベル伯。ご令嬢は錯乱されている様子。こちらの風は心の安寧に不向きなようだ。穏やかな風の吹く場所で静養をされた方が良いでしょう。」
要は、出ていけ。別荘への滞在も許さぬ。
私の一存で決めてしまったが、キャンベル伯がこれで恨みに思うようであれば、容赦はしない。
気を失った令嬢と共に、キャンベル伯が深々と頭を下げて退室した。
数時間後、キャンベル伯が一人で謝罪にやってきた。
「娘は修道院にて静養させることにしました。私の首が必要であれば差し出しますことも厭いませぬ。遺恨を残さぬよう、次代や領民には十分、王家による恩義を言い聞かせます。大変申し訳ございませんでした。」
床に頭がつくのではないかと思うほどに深々と、ただ謝罪をする伯爵には恨みよりも、疲れを感じた。
「首は必要ない。今のところ。まずは調査をせねばなりません。彼女の発言に心当たりは?」
あんな戯言を吹き込むとすれば、家庭教師か、友人か、通いの商人かと予想していた俺に、キャンベル伯は頭をひねる。
「それが・・・わからんのです。仲の良い友人もそれほど多くなく、家庭教師や商人、使用人も信用のおけるものです。外部から何か噂を聞けるようなこともありません。」
「気の病か?」
「その可能性が高い、としか。嵐の直前、娘は大きな発作を起こして倒れ、このまま娘を失うことも覚悟しました。嵐が去ると共に娘も目を覚まし、私が領地の確認を終えて屋敷に戻る頃には、いつもと同じ様子ではありました。ですが、」
当時、目を覚ました直後のイザベラ嬢はかなり錯乱し、大きな声で叫んだり、誰も読めぬような文字のような、記号のようなもので一心に何かを書き散らしたりとの奇行があったようだ。
父親であるキャンベル伯の前では特に以前と変わった様子も見られなかったため、一時的なものであろう、と判断したと。
「領民と共に一時的にコンウェル領へ入る、と聞いた娘はまた倒れました。その後です。『リチャード殿下にお会いしたくない』と言い出したのは。」
俺のことを『殿下』と呼ぶなんて、と伯爵が叱ったら、『礼儀がなっていないから迷惑をかける』と言ったため納得したらしい。
「その時に気づいておくべきでした。まさか、閣下のことを王太子殿下と勘違いしていたなどとは。」
普通の貴族であれば、現在の国王や王太子が誰なのかなど常識だ。礼儀や教養がなっていないとは言えども流石にそこまでではないと考えるのも道理だろう。
「家庭教師が意図的に教えなかった、または嘘を教えていた可能性は?」
「私もそこは考えました。ですが、娘が勉強に熱心ではないという報告は受けていたものの、そのような嘘を教える必要性も感じられませぬ。」
それもそうだ。イザベラ嬢がこちらにやってきたのも偶然に過ぎない。本来なら領地にこもっているだけの令嬢に、王家を辱めるような内容を教えたとしても広まるものでもない。
もう少し、探る必要がある。
「ご息女が修道院に入ることについては一旦保留とします。まだ、あなたも含めこちらとしては全てを信頼することができません。お貸しした別荘に、騎士を置きます。」
「監視下に置かれるということですね。こちらとしても、すぐに斬首とならなかっただけでも十分な温情です。もし娘が何かしらの謀に関わっているとのことでしたら、私の責任も重い。喜んでこの首を差し出しましょう。」
キャンベル伯は貴族らしく礼をとり、その後、監視下に置かれた。
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