父母との別れ
キャンベル伯との対面後すぐ、父の離宮へと訪問した。
父の容体が急変したとの連絡があったためだ。
すでに父の意識は混濁とし、明日をもしれぬ状態であった。
「もう、私のこともわからないのですよ。」
嘆く母を慰めることもできない。
「リチャードのことが心配だ、と常々おっしゃっていました。おそらくあなたとの対面もこれが最後になることでしょう。陛下は引き続きこの離宮に滞在して良いとおっしゃってくださいましたが、修道院にて祈りの日々を送るつもりです。」
俺を王位につけようと謀った母の親兄弟はすでにこの世になく、父と死別後に頼る実家はない。
「俺が母上を引き取るのは、難しいので。申し訳ございません。」
母に頭を下げる。母と共に暮らすとなれば、兄の決定に不満があるように見られてしまう。
兄が王位についた後は、できるだけ俺も父や母との接触を避けた。今日、兄の名代として最後の別れを二人にすることができたのも、兄が気を遣ってくれたおかげだ。これだけでも十分な温情といえよう。
「良いのです。あなたはすでに公爵としての地位を得た身。親世代の遺恨を残すわけにはいきません。あのお方と最期まで共にいられた、あなたも生きて、立派に陛下の元で暮らしていられる。それだけで母は幸せです。」
何も言えなかった。すでに覚悟した母の姿が頼もしい。
「マルティーナ、お茶のおかわりを。」
母が侍女に指示し、下がらせる。
「クリスティーナ嬢とあなたの噂は耳にしています。」
「母上のお耳にまで届いておりましたか。」
「ええ、幼児性愛者という噂の時はどうしようかと思いましたが。」
菓子にむせそうになりながら、頬に熱が上がる。
「押し付けることになったとはいえ、あなたが大切に思っているのであれば良いことよ。」
戻ってきた侍女が、温くなった茶を入れ直してくれる。
「年の離れた婚約者ですから、難しい面もあるかもしれません。でも、あの時にはそれが最善であったと思っております。私の祖父と伯父にあたる方々が起こしたことの償いのためにも。」
「そうね、償い。私たち母子にはそのために生きるしかないわ。」
細い指でカップをもち、母がため息をつく。
「それでも、母としてはあなたに幸せになってほしい。たとえそれが大それた願いだったとしても。」
目を閉じ、母の言葉を待つ。
「あのお方が儚くなられたらすぐ、この離宮を離れるわ。侍女を一人だけつけることができるとのことですから、この子を連れて行くつもりなの。」
黒髪の侍女が、母の後ろでうなずいた。
「自分は孤児だから、帰る場所もないからついてきてくれると言ってね。あなたと変わらないくらいの年だけれど、教養もあるのよ。家庭教師の口を紹介することもできる、と言ったのだけれど。」
「言葉を挟むのを失礼します。私は、奥様にずっとついて行きたいのです。奥様のそばにいられることこそが私の幸せです。」
侍女は母をしっかりと見つめ、忠誠を誓う。
「ありがとう、母をよろしく頼む。」
次の日。弔いの鐘が響く中、母は修道院へと旅立った。
***
(side エドワード)
「エドワード殿下、弔辞の準備はできていますか?」
使用人たちがバタバタと葬儀の準備をする中、珍しくチャールズが僕のことを『殿下』と呼ぶ。
こういう時は、あまり言いにくいことを言う時だ。チャールズが僕に言いにくいようなことといえば、妹のクリスティーナ嬢のことと大体決まっている。
「できたよ。父上にも確認してもらった。何か困ったことがあるの?」
「・・・葬儀には、妹も参加します。」
言葉を濁しながらチャールズが話す。やっぱりか。
「無理に参加しなくてもいい、と父や母も言ったのですが、どうしてもティーナが行く、と言い張っていて。」
チャールズがいうには、大人の男性であれば儀礼的に挨拶などをすることはできるようになったらしい。
「叔父上のことは平気になったんだっけ?」
「ええ。閣下は『大人の男性』ですし。」
「僕もだいぶ背は伸びたんだけどなぁ。」
「名前を聞くのも怖いようですよ。葬儀には顔を合わせるかもしれない、と言っているのですが、聞かなくて。」
「原因となった僕がいうのもなんだが、無理はしないほうがいい。」
僕は、王太子だ。こういった場では当然ながら参加することになる。リチャード兄さまの妻となれば顔を合わせるのが避けられないこともあるだろうが、子供のうちは避けても咎められることなどないだろう。
「閣下のためにも、強くなりたい、と。」
「叔父上のため・・・」
「難しいとは思いますが、できるだけこちらには近づかないでいただけると助かります。」
「善処しよう。」
父の戴冠式に、彼女は参加していなかった。子供だからと表立って批判するようなものはいなかったが、本来参加すべき王弟の婚約者が参加していないというので何かしら耳にするようなことがあったのだろう。
「リチャード兄さまが、羨ましいな。」
チャールズが退室した後、つい、ぼそりとつぶやいた。それを聞いているものがいるとも知らずに。