キャンベル伯爵
短編の時とはキャンベル伯爵令嬢の名前を変えています。
キャンベル伯爵の顔色が悪い。
嵐による領民の受け入れ、キャンベル伯の家族や使用人を別荘へ受け入れる準備ができた。
支援などは順調に進んでおり、陛下への拝謁の際は疲れはあるものの特に変わった様子は見られなかったはずだ。
何か他に問題でも発生したのだろうか。
「メイフィールド閣下、領民の受け入れありがとうございました。病人や年寄りが先に移動できたことで、安心して復興に努めることができます。」
俺の屋敷へ挨拶にきた伯爵が、深々と頭を下げる。
「不便を強いることにはなるが、物資などは足りているか?」
「はい、事前にご準備いただけていたおかげで、薬や食料、寝床なども十分足りております。家族も、ええ、はい。」
少し言葉が濁る。
「ご家族用の別荘に何か問題でも?」
キャンベル伯の顔色がさらに悪くなる。どうやらご家族に何か問題があるらしい。
「いえ、決して、お借りしている別荘には問題はございません。ただ、その・・・娘が・・・」
「ご息女に何か?」
確かキャンベル伯には一人娘がいたはずだ。妻を亡くした後、再婚もせずに育てたらしい。キャンベル伯がほとんど領地から出てこないのも、娘を一人にしたくないがゆえ、と聞いている。
婿を取るにも娘が寝込みがちであるため、親戚から養子をとるための手続きを申請中だとか。
その娘が、病気でもしたのだろうか。
「娘が、その、閣下にお会いしたくない、と。」
正直、驚いた。今回のような場合は王族の別荘を貸与することから、身分あるものの挨拶は避けられない。
王弟という立場からも、商業的な意味合いからも、俺に会いたいと言ってくる人間は男女問わず多くある。
母似の整った容姿であることもあり、用がなくとも会いたいと言ってくる令嬢は多いが、『会いたくない』というのは。
「病弱だと聞き及んでおりますので、無理をしなくても構いません。ただ、同じ領内にいることも多く、全くお会いしないというわけにもいかないでしょう。一度だけで構いませんので、顔合わせの機会は必要かと。」
「そうです、いかにもおっしゃる通りです。病弱とはいえ、今は床に臥せっているわけでもございません。わがままを申しまして申し訳ございません。」
さらに恐縮し、頭を下げる伯爵の顔色は、まだ青いままだった。
キャンベル伯が退出した後、デイビッドに確認を取る。
「ご息女の様子などは耳に入っているか?」
「ここに。他領の人間が王領に入るからには、領民全ての裏はとっているさ。」
調査票が積み上げられた。その中からキャンベル伯の一人娘、イザベラ嬢の分を抜き出して渡される。
「特に問題があるようには見えないな。」
確かに、病弱ではあるようだ。季節の変わり目には必ず体調を崩し、生死の狭間を彷徨うようなことも何度かあったようだ。
先日の嵐の時にも大きな発作を起こしたらしく、キャンベル伯は領地だけではなく娘も失うのではないかと半狂乱だったようだ。
以前は体調の良い時には領地の視察なども父と共に行なっていたらしく、領民からは慕われている、との報告もある。
宝石やドレスに散財するようなこともなく、病弱で領地から出ることや、社交による交流もできていないくらいしか特記するほどのこともない。
「問題があるとすれば一つ、だ。」
「というと?」
「病弱なこともあり、家庭教師の教育が進んでいない。要は、」
「あー、なるほど。教養が。」
「そう、礼儀やら一般的な教養が身についていない。領地にいる分には、領民からも朗らかで気さくだと人気があるんだがな。」
それなら、会いたくないというのもわからんではない。一応身分のある俺に無礼でも働けば、父親にも泥を塗ることになるだろう。
「不敬を防ぐため、という配慮ならむしろ好感が持てるな。まあ、形式的に顔合わせを一度しておけばあとは自由に過ごすと良いと伝えておいてくれ。」
半月後、イザベラ嬢と出会った俺は、この時の決断を後悔することになった。