疑惑
王領の管理の他、出版社の経営という仕事が増えた俺はますます忙しくなった。
色のついた挿絵は意外と需要があったようで、色付け専用の絵師という仕事も、売れていない画家たちの金策として人気となった。
一冊一冊色を塗るため価格が上がっていることも貴族や有力商人たちの自尊心をくすぐるようだ。
「最近は、プロポーズに相手の色で挿絵を塗った本を贈るというのが流行っているらしいぞ。」
デイビッドと雑談できる余裕ができたのも久しぶりな気がする。
「どうやらお前が婚約者に贈ったのが評判になっているそうだ。」
「そんなつもりじゃなかったんだがなぁ。まあ、宣伝になったのならいいことだ。」
「知っているか?幼い婚約者のために事業を立ち上げたっていうのでご夫人たちからの人気も鰻登りだってさ。ただし!」
「ただし?」
「若い独身女性からは幼児性愛者扱いだ。」
口に含んだ茶を噴きそうになった。
「ぐ、あ、あれか。この間の夜会での話か。」
***
公爵位を持つため俺は成人扱いとされている。そのため、舞踏会や晩餐会などに呼ばれることもあり、ある程度は顔を出さなければならない。
はじめのうちは後見人であるブランドン侯爵が同席してくれていたが、最近では一人で出席することも増えてきた。
あの時も出版社関係での夜会だった。下位貴族も参加していて、元王族で話題の経営者にあたる俺のおこぼれに与ろうというものが、ぎらぎらと目を光らせている。
まあ、正直なところあまり品のいい会とは言い難かった。紹介もされていない女性たちに囲まれる程度には。
「閣下の販売されている彩色本ですが、ずっと予約を待っておりますの。いつになったら手に入るのかと、やきもきしておりますのよ。」
「ありがとうございます。何せ絵師が手作業で行なっておりますので、エドワード殿下にもお待ちいただいている次第でして。」
「あら・・・そうなの。殿下もお待ちに・・・」
「お待ちいただく分、それぞれの希望も満たすよう良いものをお渡ししますので、ご期待ください。」
なんとか躱しつつ、あちこちからかけられた声に対応していく。
「わたくしはぜひ、閣下からプレゼントいただきたいわ。」
科を作りながらかけてきた言葉に少しカチンときながら、不届な発言をするものの素性を探る。確かどこぞの伯爵令嬢だったか。
「婚約者以外に贈り物をするなど、そんな不埒な人間に見えていたとは私の不得の致すところでしょうか。気を引き締めなければいけませんね。」
ご令嬢の顔色が変わる。
「で、ですがこういった会にもエスコートの相手が必要ですわ。」
「そうですね。まだこういった会には相応しくないでしょう。棘のある華から身を躱す術を学んでからではないと。」
「そ、そうですか。」
ここまで言っても引き下がらないか。ふんっという息を吐くような声が聞こえた気がする。
「まだ屋敷の中に隠さなければならないほど、お可愛らしくていらっしゃるのね。」
言葉の中の悪意に気づかないふりをして、褒められたとして受け取ってやろう。
「そうなんです!我が婚約者殿は大変可愛らしくてですね。私が彩色した本を頬を赤らめながら嬉しそうに撫でる姿は本の中に出てくる妖精のようでした。」
「は、はい?」
「挿絵に出てくる妖精がまるで私の婚約者殿のようだと思うと、思わず彼女の巻き毛と青い目を写しておきたくなりまして。恥ずかしながら同じ色で塗ってしまいました。」
「え、あ、えっと。」
「婚約者なのだからカーテシーなどいらないというのに、『練習の成果を見ていただきたい』と毎回頑張って出迎えてくれる姿もいじらしく、」
「あ、あの、え、はい。」
「絵の中の花を自分も私に贈りたい、と刺繍の練習をしてくれているのです!刺繍を入れたハンカチを贈ってもらえるのが今から楽しみで仕方なく・・・」
「あの!閣下のご婚約者様への深い愛情が大変伝わりましたわ!わたくしこれで失礼させていただきますわ!」
脱兎の如くご令嬢は去っていった。
そのあとは、「我が家の娘もそれくらい婚約者様に愛されたいわ。」という高齢の夫人や男性陣になぜかうん、うんと肩を叩かれて夜会は終了した。
***
「それはお前が悪い。」
俺は、頭を抱えるしかなかった。