俺の望む婚約
父が倒れたのは、俺が14歳になろうかという頃だった。
歳の離れた兄にはすでに王子が一人いて、公にはなっていないものの今年中にもう一人王子か王女が生まれる予定だ。
もしこのまま父が亡くなったとしても、兄が王位をつぎ、王太子には5歳の甥がなるだろう。
兄の子がもう一人生まれたら、俺は臣籍降下して領地のない一代公爵となることが決まっている。
問題があるとすれば、婚姻相手だ。国政にあまり関わりの少ない相手としなければ、俺が王位に執着していると思われてしまう。
毒にも薬にもならないような相手で、一代公爵であることを理解していて、できればお互いに尊重できる相手がいい・・・というのは欲張りすぎだろうか。
年を経てからできた子でもあり、父母には王と王子の関係とはいえ可愛がってもらった記憶はある。
兄も、歳が離れているせいかもう一人の父のようなあたたかい関係を築けていた自信がある。
王となる兄を支えるため、勉強はかなり厳しいものではあった。
あくまで中心となるのは兄、俺はそれを支えるための役割であると言い聞かせられ、俺もそれに異存はない。
「まあ、お前も結構な兄信者だよな。」
菓子をつまみながら軽口を叩くのは、従者になる予定のデイビッドだ。
「俺の母も俺も、内乱を起こした貴族の縁故として連座してもおかしくなかったんだ。兄が、内乱を起こしたのにも理由があると教会からの圧力を軽減するように働きかけてくれなくれなければ、内乱は今も続いていたかもしれない。
それに・・・」
「あー、わかったわかった。この話になると長いんだ。」
後妻である母は、王妃としては認められていない。王妃は兄の母である亡くなった妃殿下のみだ。
俺が生き残れたのも、万が一のための代替品という面がほとんどだろう。
しかし、普通なら厭われてもおかしくない俺を、ただ弟として可愛がってもらえた。兄のためならどんな泥でも被って見せよう。
・・・まあ、父よりも接する機会が多かったこともあり、父よりも兄を優先していることは否めない。
父がもう長くないことに対しては、少し寂しい気持ちはあるもののその後の混乱を防ぐための立ち回りを考えるくらい冷静だ。
これが兄だったら、と思うと想像しただけで涙が溢れそうになる。
「それはそうと、また甥っ子の面倒を見ないといけないんだろう?」
「あの子はな・・・まだ甘えたい盛りだろうに。最近は兄も忙しく、義姉は悪阻とやらがひどくて寝込むことも多いからな。空いている時間くらいは一緒にいてやるさ。」
乳母が言うには、『赤ちゃんがえり』というらしい。ちょっとしたことで癇癪を起こしているが、これは構ってもらいたいという、ほとんどの子が通る道だという。
しかし、王太子の子であるエドワードに対してどう扱って良いのか、離宮の使用人たちも困り果てているようだった。
俺がいくと少し落ち着くというので、職務の合間に話し相手になったり、剣の稽古をしてやっている。
『お母様に会いたい・・・』
それでも母を求める気持ちは俺では癒せない。
「明日は午後から義姉の茶会で付き添いだ。調整はしてくれているか?」
「もちろん、その代わり今日は馬車馬のように働いてもらうぞ。」
容赦無く目の前に書類が積み上がる。優秀な従者見習いの手腕にため息を隠せなかった。