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07 隣の女神様


「椿希遅いぞ!」

 

 翌日。教室に入ってきた椿希の姿を見るなり、秋都が言う。

 登校時間は普段とほぼ変わらない。

 

「今日なんかあったっけ?」

「日直なんだよ俺ら!昨日自分で言ってたくせにまさか忘れてたわけ?」

 

 そういえば、昨日帰る前にそんな話をしたような、していないような。

 

 椿希のクラスの日直は、出席番号順に前から2人ずつ、毎日順番に回す仕組みになっている。

 クラスによっては、週替わりだったり固定のところもあるらしい。

 

「完全に忘れてた、ごめん」

「仕方ない。許す!素直に自分の過ちを認めて謝れるってのが、椿希のいいところだよなぁ。俺なら理由探して言い訳しちゃう」

 

 うんうんと頷きながら言う秋都の机の上には、学級日誌が広げられている。

 

「俺が書くわ。アキ、字汚すぎて読めない」

「俺ってマジで字めちゃくちゃ下手だよな。たまに自分でも解読できないときあるもん」

 

 秋都は自分で言いながら爆笑している。

 以前、写しそびれた授業のノートを見せてもらったけれど、解読不能すぎてそっとノートを閉じた記憶が蘇った。

 

「…あ!真白さん来た!」

 

 2人の教室は建物の2階。

 窓際の自分の席からは、ちょうど校門から校舎に続く道が見下ろせる。

 ここ数日咲き続けていた傘の花は久々に出番を無くし、今日の空は晴れ模様。

 何のレーダーが備わっているのか、秋都は外を見下ろしたかと思えば、歩いている真白の姿を捉えたようだった。

 

「相変わらずの冬月レーダーだな」

「真白さんはオーラが違うからなぁ。ここから名前呼んでもフル無視だけど、それがまた堪らんのよ」

 

 過去の経験を思い返すように、秋都は満足げな表情で頷く。

 

「真白さああああん!おはよーーー!!」


 そして大きく息を吸うと、目一杯の大声でその名前を呼んだ。

 毎度のこととはいえ、朝からの大声にはさすがに慣れない。

 

 大きく手を振る秋都の目線の先に目をやると、真白らしき生徒が歩きながら一瞬顔を上げたのが見えた。

 

「え待って、今真白さん俺のこと見た?え、椿希どう思う?絶対見てたよな?!」

「あんま見えてないけど顔上げてたし見てたんじゃない?たぶん」

 

 無責任な言葉を添えてそう返す。

 こんなところから下を歩く人間の目線がわかるはずがない。

 ましてや最近、視力の低下を感じ始めているというのに。

 

「これがファンサービスというやつか…!」

 

 感動した面持ちでそう言う秋都は、興奮が冷めやらないようだった。

 




 ──放課後。

 あれから秋都は一日中テンションが高かった。

 現に今、教室の掃除をしているこの瞬間もニヤニヤしながら箒を握りしめている。

 

「いい加減働け」

 

 見かねた椿希が彼の目の前でパンっと手を叩くと、秋都はハッとして掃除をしているフリをした。

 

「ごめんごめん。ちょっと妄想してた」

「そんなことだろうと思った」

「目が合ったことから始まるクールビューティー女王様と一般戦闘員のラブストーリー…ぐふふ」

 

 気持ちの悪い笑みを添えて秋都が言う。

 聞いてもいない自作のラブストーリーを語り始める秋都を他所に、椿希は黙って手を動かした。

 

「──で、俺が送る日々の愛を受けて真白さんはようやく自分の気持ちに気づいて…って聞いてる?」

「聞いてる聞いてる。途中から登場人物の仮称が冬月さんとアキになってるし」

「マジか!」

「もうあとやっとくから部活行って」

 

 延々と続く妄想ストーリーを打ち切って、秋都の手から箒を奪う。

 

「あ、週末試合なの忘れてた!ゴミだけ持ってくわ!マジありがとう椿希ラブ!」

 

 早口にそう言うと、自分の荷物とゴミ袋を持って秋都は走って教室を出た。

 

 嵐が去った静かな教室。

 手に持っていた箒を片付けて窓を閉める。

 毎日の教室掃除は日直の担当なので、残っているのは椿希1人。

 

「…よし」


 いつも通り、ほとんど荷物の入っていない鞄を肩にかける。

 教室の鍵を閉めて、日誌と鍵を返却するため、椿希は足を1階の職員室に向けた。

 

 


 階段に差し掛かる少し前。

 見慣れた後ろ姿が1人、右肩に鞄、後ろからではよくわからないが、何か大きな箱のようなものを抱えたまま、階段を降りようとしているのが見えた。

 

「職員室でいいの?」

 

 抱えられた段ボールを横から奪い取る。

 驚いたように目を見開いてこちらを見上げているのは霞だった。

 

「え、椿希?なんで?」

 

 話しかけられたことに驚いているらしい霞は、『表』を演じることを完全に忘れているようだ。

 思えば学校で話をするのは初めてかもしれない。

 

「デカい荷物持ってる女の子の隣を黙って通り過ぎろと?で、職員室?」

「あ、うん、ありがとう…」

 

 ボロが出ることに怯えているのか、隣を歩く霞は眉間に皺を寄せながら会話のネタを考えているように見える。

 

「眉間に皺寄ってますよ、女神様」

 

 前を向いたまま椿希が言うと、霞は自分の眉間を指で押さえた。


「急に出てくるな、焦る」

「はいはいすみません」

 

 どうやら霞は考えることをやめたようだ。

 正直、いつも周りに当たり前のように人がいる霞の隣に自分がいたところで、誰も不審には思わないと思うのだけど。

 

「椿希はなんでこんな時間までいるの?いつも帰るの早いのに」

「日直。鍵返しに行くとこ。霞は?」

「私はたまたま残ってたら最後の授業で使った道具の片付け頼まれて」

「あー。そういうの断れないもんな」

「そういうこと」

 

 階段を降りきると、すぐそこに職員室がある。

 

「荷物、持ってくれてありがとう」

 

 扉の前に着くと、霞がそう言いながら両手を差し出した。

 

「なに、この手」

「荷物返して、の手?」

「じゃあまず先に扉開けてくれる?」


 霞が閉まっていた職員室の扉を開けると、荷物を抱えたままの椿希がスタスタと中に入って行った。

 

「え、ちょ…っ」

 

 前を行く椿希の背中を追いかける。

 周りの目がある以上、霞が何かを仕掛けてくることはない。


「これ、よろしくお願いします」

 

 霞の担任に荷物を預け、教室の鍵と日誌を戻して職員室を出た。

 

 

「…椿希ってさ」


 下駄箱に向かう途中、隣を歩く霞が口を開く。

 午後5時を過ぎていることもあり、校舎に残っている生徒はほぼおらず、廊下の端に先生が1人歩いているのが見えるのみ。

 

「ん?」

「めちゃくちゃ気効くし背も高いし顔もかなりまあまあなのに何でモテないんだろう」

「かなりまあまあってなに?ディスってんの?」

「いいえ?」

 

 椿希を見る顔は、完全に彼を馬鹿にしているときのそれだった。

 挙句、なにか閃いたように手を叩いたかと思うと、「あ、表情筋が死んでるからか」などと言う始末。

 

「人生においてモテを重要視してないからいいんだよ、俺は」

「強がっちゃて〜」

「お前は早く帰れ」

「あ、一緒に帰る?」

 

 ニヤニヤと気味悪く笑いながら霞は言う。

 どうやら椿希が断ることを想定しての問いかけのようだった。

 

「俺は別にいいけど?」

「え」

 

 椿希が言うと、さっきまで飄々としていた霞は目を丸くして彼を見上げる。

 勝ち誇った顔をした椿希は口角を少し上げて霞を見下ろしたあと、スタスタと歩きだした。

 

「言うようになっちゃって…」

 

 そんな霞の呟きが椿希の元に届くことはなかった。

 

 

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