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悪趣味な集まり

 結婚に向けてシンシアとブライスは忙しくしていた。結婚後は、シンシアはオドネル伯爵家に入り、暮らすことになっている。そのため、部屋の改装や調度品の入れ替えなども行っていた。

 ブライスはシンシアと時間を合わせ、二人で調度品を選びに王都でも人気のある店に足を運ぶ。他にも色々な人たちからの茶会や夜会などの招待も、出来る限り二人で参加するようにしていた。


「公爵夫人は暇なんだな」


 公爵夫人の主催の茶会で、ブライスが不機嫌そうに唸った。シンシアは鳥肌を立てて拒絶する彼を慰めるように腕を撫でる。

 社交界の中心人物と言われている公爵夫人はエリンが引き起こすトラブルが楽しいようで、彼女の派閥の夫人から招待される茶会などではエリンも招待される。悪趣味だとは思うが、変化の乏しい社交界ではよくあることだ。

 シンシアは姉たちの派閥に属していたが、今回の結婚は王族の口利きもあり、嫌でも参加せざるを得ない。姉たちに泣きついても断ることはできなかった。


「仕方がないわ。暇つぶしにはもってこいですもの」

「いちいち相手する僕の気持ちを考えてほしい」


 そう嘆いている間にも、エリンは突撃してきた。隣国で流行しているというドレスを身に纏い、ブライスに抱き着こうとする。ブライスはシンシアの腰をぎゅっと抱き寄せ、器用に彼女を避ける。


「どうして避けるの?!」

「申し訳ないが、常識的な距離を保ってくれ。知り合いに抱き着こうとするなんて下品すぎる」


 最初の頃こそ、言葉に気を遣っていたが最近は思ったことをそのまま言葉にする。シンシアは困ったようにエリンに微笑んだ。


「ブライス様の言葉が傷つけてしまったのならごめんなさい。ですが、子供ではないのだから、もっと大人のお付き合いを心がけていただきたいわ」


 慰めるように言われてカチンときたのか、エリンは鼻の穴を膨らませた。


「隣国では親しい間柄ならば普通の挨拶よ。それを下心があるかのように言うなんて、失礼な女ね」

「そういえば、隣国では親しい方と生活をしていたようですね」

「え……」


 シンシアは作った笑顔を浮かべた。


「とある方が教えてくださいましたの。この国ではまだまだ未婚女性は貞淑であれという空気がありますでしょう? 隣国はとても発展的なお国柄なのだなと」


 言外に、男と暮らしていたことは知っていると告げればエリンは顔色を悪くした。そのまま引き下がるのかと思っていたが、エリンは唇をかみしめ、シンシアを睨みつけてくる。


「だから何? わたしがブライスを好きなのはいけないことなの?」

「いいえ? 人の気持ちはままならないものですから、思うだけなら自由ですわ。ですが、わたしたちの間に割って入ろうとするのはそろそろおやめになって? 迷惑ですわ」


 ここまではっきりと告げるとは思っていなかったのか、先ほどまでこちらの様子を見ながらざわめいていた人々が驚きに口を閉ざした。シンシアはぐるりと視線を巡らせ、公爵夫人に視線を固定する。公爵夫人はすました顔をしていたが、口の端が少しだけ持ち上がっていた。面白がっていることを確認してから、公爵夫人ににこりとほほ笑んだ。


「公爵夫人、あまりこういうことが続くようですと兄に報告しなくてはなりませんの。王太子殿下もそれはそれは心配してくださっていて」


 さりげなく王太子と兄の存在を匂わせれば、公爵夫人は頷いた。


「ええ、わかりますわ。結婚まではとても神経質になるものね。わたくしも、皆様もお二人の幸せを願っておりますわ」


 どうやらここで手を引いてくれるようだ。


 面倒なことにならなくて、心からほっとした。


「で、では!」


 このままいい流れで話は終わるはずだったが、エリンがひっくり返った声を上げた。


「ブライスと二人で話す機会をください!」


 はあ? と思わず下品に声をあげそうになった。隣に立つブライスの体がこわばる。穏便に断ろうと口を開く前に、公爵夫人が割り込んだ。


「そうねぇ、そのぐらいは許してあげられるかしら?」

「公爵夫人、お気遣いいただきありがとうございます。だが、僕には話すことは何もない」


 丁寧な言葉であったが、きつい物言いに、公爵夫人はふんわりと笑った。


「でも彼女の方は何やら言いたいことがありそうですわ。元恋人として、最後ぐらい優しくしてあげたらどうかしら? 憂いなく終わりにするのもけじめだわ」


 ブライスは苦虫を嚙み潰したような顔で黙り込んだ。公爵夫人が引かなかったことで、これ以上頑なな態度を取れば今後また同じようなことを画策する。そのことはブライスも理解していたようだ。


 嫌な気持ちの方が大きいものの、シンシアも受け入れざるを得ない。ため息を小さくついた。


「ブライス様、ほんの少しだけならわたし、我慢できますわ」

「しかし、これ以上、嫌な思いをさせたくない」


 見ている人からしたら茶番でしかないやり取り。それでも渋々受け入れたということは見せておかないといけない。あまりの面倒さに苛立ちを隠すのも限界に近かった。ブライスを見上げ、耳を貸してくれるようにと仕草で訴える。


 ブライスは不思議そうな顔をしながら、屈みこんだ。シンシアは扇子を広げ、口元を隠しながら囁いた。


「そろそろ我慢の限界。こんな見世物みたいに晒されるのはムカつくわ。とりあえず区切りを作って、殿下に告げ口する。だから協力して」


 ブライスは何度か瞬いたが、すぐにおかしそうに口元を緩めた。


「僕は何をしたらいい?」

「彼女が取れる対応はまだブライス様が彼女に気があるというのを見せることだと思うの。だから、いつものような対応をしてもらえれば」


 わかったと頷くと、ブライスはそのままシンシアの頬にキスをした。驚きに目を見開けば、彼はいたずらっ子のような笑みを見せる。


「僕は君が好きなんだ。変な誤解はしないでほしい」


 文句を言おうにも、心臓がバクバクしすぎて言葉が出てこない。シンシアは不意打ちにキスをしたブライスを睨んだ。だが顔が真っ赤になっており、目は潤んでいるから睨んでいるようには見えない。


「あらあら、まあ! 当てられてしまったわ」


 公爵夫人は嬉しそうな声を上げた。そして、周囲の夫人たちににっこりとほほ笑んだ。


「これ以上余計なおせっかいをしたら恨まれてしまいそうだわ。ねえ、皆さんもそう思うでしょう?」


 どうやら満足してくれたようだ。シンシアは内心ほっとした。あまりにもしつこいようなら、事実の三割り増しぐらい大げさに告げ口をしようと考えていた。


「ふざけないで! わたしの力になるって言うから、こんな場所まで出てきたのに!」


 エリンが癇癪を起して、大声を上げた。いい方向に流れていた空気が、瞬時に凍り付く。流石の公爵夫人も驚いたようで、扇子で口元を隠すことなく目を丸くしていた。


「わたしはブライスと結婚するために戻ってきたのよ! どうして婚約者なんているのよ。そんなのさっさと破棄して、わたしを妻にしてちょうだい!」


 ブライスは大きく息を吐いた。


「断る。僕は君が嫌いだ。どうして結婚なんてしなくてはいけない」

「き、嫌いですって? そんなウソを言うことはないのよ。本当のことを言えば、わたしたちは昔のように」

「昔のように? 僕はまた君にお金を貢がせられるのか」


 ブライスは不愉快そうにエリンの言葉を遮った。エリンは目を大きく見開いた。


「え、貢がせるなんてそんなことしていない! 誤解だわ!」

「一年の約束で援助させて、その後五年戻ってこない。その間、君は男と一緒に暮らしていただろう? 男にエスコートされて様々なパーティーに参加していたはずだ。僕は騙された愚かな男として社交界で嗤われていた」


 切りつけるように言い放った。聞いていた周囲の人々は気の毒そうな目をブライスに向ける。


「そんな」

「オドネル伯爵家は君に泥を塗られたんだ。そんな女を受け入れないし、僕も許すつもりはない」


 ブライスの本音を聞いて、エリンがその場に崩れ落ちた。座り込んだまま茫然としてブライスを見上げる。シンシアはため息をついた。


「公爵夫人、お話は終わったようなのでわたしたちはお暇いたしますわ」

「そうねぇ、お茶会を続ける雰囲気ではなくなってしまいましたから、お開きにいたしましょう」


 他人事のような顔をしている公爵夫人にシンシアは満面の笑顔を見せた。


「公爵夫人はとてもお優しい方なのですね。エリン様に同情なさって、このような場を設けるなんて。彼女にとってもけじめになっていることを願っておりますわ」

「そんな大したことでは」

「公爵夫人のお友達の皆様も、わたしたちの結婚を快く思っていないことがよくわかりました。これからのお付き合いは控えていきたいと兄たちにも伝えておきますわ」


 公爵夫人の顔色がさっと変わった。楽し気に笑みを浮かべていた派閥の夫人たちも戸惑いの色を見せる。


「わたしたちの結婚は王家主導の事業のために結ばれたものです。横槍を入れるということは、この事業自体に反対であると。残念ですが、それもまた仕方がありませんね」

「ちょっとお待ちになって……!」


 公爵夫人が声を張り上げたが、ブライスと共に後ろを振り向かずに会場を後にした。馬車に乗り込むと、ブライスがおかしそうに笑う。


「すごい破壊力だった」

「本当に腹が立ったのですもの」

「それで告げ口は?」

「もちろんするわよ。これだけ脅したんだから、お兄さまたちが上手く使うでしょう」


 社交界の力関係が変わってしまうかもしれないが、それはシンシアの役割ではない。姉たちや義姉の役割だ。


「怖いね」

「そうでもないわよ。わたしは追及はしないもの」


 こうして茶番のようなお茶会が終わった。


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