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予期せぬ再会

「こっちだ」


 二人は馬車から降りると、王城にある庭へ向かった。王城にある庭園は申し込みをすれば入ることのできる開かれた場所で、貴族たちの交流の場にもなっている。シンシアも城には何度も来たことがあったが、庭園に来たのは初めてだ。


「こんな場所があったのね」

「シンシア嬢には兄姉がいるだろう?」

「年齢が離れているから、あまり一緒に出掛けたことはないの」


 兄と姉がいるのだから、誰かが誘ってくれてもよかったのだとブライスに聞かれて初めて気が付いた。現実問題として、下の姉との年齢差は五歳、年の近い次男のヒュースとは三歳離れている。一緒に行動することはほとんどない。


「そうか。僕も数年前位に一度寄った程度だから、何かを説明できるほどではないんだ。だから、花の種類とかは聞かないでほしい」

「わかったわ」


 照れているのか複雑な顔をしながら正直に話すブライスに、シンシアは微笑んだ。


 ちらちらと向けられる好奇心いっぱいの視線を受けながら、ブライスにエスコートされて長い回廊を歩く。時折、知り合いなのかブライスに挨拶をしていく人がいるが、一様に彼らはシンシアを見て驚いた顔をした。


 評判が悪いとブライスの母であるオドネル伯爵夫人は嘆いていたが、挨拶をしてくる人たちを見ればそんなことはないのだろう。女性に騙される残念なお人好しといったところ。ブライスと一緒にいて、結婚が不安になるところは今のところない。


 誰もが同じような反応を見せるのがおかしくて、ついつい小さく笑ってしまう。ブライスもシンシアが何を笑っているのか理解しているのか、苦笑気味だ。


「僕が女性をエスコートしているのが珍しいんだろうな。しかもシンシア嬢はとても綺麗だから、釣り合わないと思っていそうだ」

「綺麗だと思ってもらえるのなら嬉しいわ。どうしても年齢差があるから、子供っぽく見えたらどうしようかと」

「子供っぽいところは少しもないよ。僕こそ他に目移りされないか心配だ」


 まるで心の通じた恋人のような会話を楽しみながら、二人は回廊から庭園へと入った。手入れの行き届いた庭には様々な花が咲いており、庭を美しく彩った。楽し気に寄り添う恋人たちが何組も散策していた。仲の良い姿を見ながら、自分たちもあんな風に見えていたらいいなと自然と思える。


 色々な話をしているうちに、言葉が途切れた。嫌な沈黙ではなかった。シンシアはぎゅっと彼の手を握りしめた。ほんのわずかだけ上を向けば、驚いたような顔をしている。シンシアはにこりと微笑んだ。


「連れてきてくれてありがとう」


 心から伝えれば、彼は照れたように小さく笑みを浮かべた。


「シンシア嬢――」


 彼が名前を呼んだ、その時。


「ブライス! 会いたかったわ!」


 シンシアは驚いたように振り返った。ブライスは不愉快げに眉をきつく寄せる。いつものにこやかな表情ではなく、どこか厳しめだ。

 シンシアはよくわからないまま、声をかけてきた女性を見た。彼女の肩ほどしかない髪の短さに驚愕したが、すぐににこやかな笑みを貼り付けて表情を隠した。


 ブライスはシンシアと手をつないだまま、彼女に向き直る。


「ガーション子爵令嬢、お久しぶりです」

「本当に久しぶりね! ゆっくり話したいのだけど、いいかしら?」

「申し訳ないが、僕には話すことは何もないよ」

「あら、そうなの?」


 名前を聞いて、シンシアがこの女性が誰であるか理解した。気にしたことはなかったが、こうして目の前に現れると気持ちがざわついた。シンシアは意識して感情を押し殺し、そっとブライスを見上げる。


 彼と目が合うと、宥めるような笑みを浮かべた。彼はつないでいた手を離し、彼女の腰に腕を回した。彼の体温が感じられるほど引き寄せられて、シンシアはほんの少しだけ恥ずかしげに頬を染めた。


「そうだ、こんな機会でもないと会うこともないだろうから、紹介しておこう。彼女は僕の婚約者だ」

「はじめまして。シンシア・クワインですわ」

「え? ブライスの婚約者?」


 エリンは目を大きく見開いて驚いた。


「ああ。よい縁を紹介してもらったからね」

「よい縁? ブライスの婚約者はわたしでしょう?」


 あり得ない勘違いに、ブライスもシンシアも眉をひそめた。


「君が僕の婚約者であったことは一度もないんだが」

「そんなはずない。わたしは確かにあなたに応援されて留学したじゃない」


 援助したことは事実なので、ブライスは頷いた。


「応援できる期間は一年だけだった。君は隣国から一年経っても帰ってこなかったから、婚約は結ばれなかった」

「わたしは聞いていないわ!」

「それはおかしい。君に援助する時に、契約書にしっかり書かれていたはずだ」


 エリンは戸惑っているようだが、すぐに笑顔になった。


「契約書はそうかもしれないけれども、今は戻ってきたのよ。だから、わたしと結婚してほしいの」


 シンシアは静かに彼女とブライスとのやり取りを聞いていたが、これはまた頭の悪そうな女だという感想しかなかった。彼女にとってつい先日のような感覚でいるのだろうが、ブライスにしたらすでに六年だ。待つには長すぎるし、音沙汰のない相手を一途に想い続けるには難しい年月だ。


 ブライスも彼女の言い分に唖然として、すぐに言葉が出てこないようだ。


「なんだかおもしろいお話をしているようだけれども、冗談かしら?」

「冗談なんて言っていないわ。結婚は気持ちを通じ合わせた者同士でするべきなのよ」


 エリンは気の毒そうな顔をしてシンシアを見た。シンシアはわざとらしく首を傾げる。


「では、わたしは幸せ者ですわね。ブライス様にとても大切にされていますもの」

「そうだな。僕にはもったいない婚約者だ」


 そう言ってブライスはこめかみに触れるだけのキスを落とした。その仲睦まじい様子を見せられたエリンはぽかんと口を開けた。


「え?」

「確かに六年前は君を応援した。でも君は僕よりも自分の自由を選んだと理解している。これ以上、君と関わるつもりはない。今後一切、声を掛けないでもらおうか」


 ブライスははっきりと付き合うつもりはないと言った。エリンは信じられないものを見るような顔で立ち尽くす。


「そんな、じゃあ、わたしはこれからどうしたら?」

「好きなことをしたらいいじゃないか。ただし、こちらには頼らないでくれ」


 冷たく言い捨てると、ブライスは四阿に続く道へとシンシアを連れ出した。大人しくエスコートされていたシンシアだったが、小道に入り、エリンが見えなくなるとすぐに小声で囁いた。


「あれでよろしかったの?」

「ああ。はっきり言わないと都合のいいように捻じ曲げそうだ」


 エリンと再会したらもしかしたら、という気持ちがどこかにあった。でもブライスの顔を見ている限り、その心配はなさそうだ。


「ブライス様を信じてもいいの?」

「信じてほしい。これからも関わってこようとするなら、誰かに相談するよ」


 誰かに相談、と聞いてパッと浮かんだ顔は腹黒い兄と従兄たちだ。彼らなら彼女を追い払うこともできるだろう。


「常識をわきまえていれば大丈夫でしょうけど」

「彼女に常識を期待するのは止めた方がいいと思う」


 ブライスの呟きに、シンシアは苦笑した。


「……排除される未来しか見えないのだけど」

「性格が変わっていなければ、きっとまた突撃してくる。一人になるのは危険だ。必ず誰かと行動してほしい」

「わかったわ」


 彼女に何かできるとは思わなかったが、貴族令嬢らしからぬ行動を取りそうだ。ほんの少ししか顔を合わせていないのに、容易に想像できてしまう。


「何事もなければいいけど」


 シンシアは大して信じていない神に彼女が何もしないようにと願った。


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