お出かけ
ブライスとの顔合わせの後、二人はたびたび出かけた。昼間であれば人気のある庭園やサロンへ、夜であれば観劇にと。婚約してから二ヶ月、できる限り二人で行動して見える形で婚約をしたことを周知する。
ブライスがエスコートするだけで、周囲がざわつくのでそれもまた面白い。夜会にはまだ参加していないが、きっとすごい反応があるだろう。
そのことを考えるとおかしくて、思わず小さな声を出して笑ってしまった。
「お嬢さま、動かないでください。結えません」
「ごめんなさい、ちょっと想像したらおかしくて」
「それはようございました。笑ってもいいですが、頭はちゃんと固定してください」
侍女に注意されて、シンシアは姿勢を正した。鏡に映る自分はどこか楽しそうだ。婚約者がドリーマーで有名なブライスであることを知った時には絶望しかなかったが、今は彼と出かけることがとても楽しみだ。
「今日は庭園を散策するのよ。だから動いても崩れないようにしてちょうだい」
「わかりました。きつめに留めておきますね。昨日届いた髪飾りを使いますか?」
そう言って侍女は昨日届いた宝石箱のふたを開けた。小さな可愛らしい造花をあしらった上品な髪留めだ。
「これに似合うドレスはあったかしら?」
「はい。先日、ブライス様から贈られたドレスがありますわ」
「では、それを」
どこかに出かけるたびに、彼はドレスや宝飾品を贈ってくる。それがまたシンシアによく似合っており、その細やかな気遣いに驚いてしまった。
そして二人で過ごす時間が増えるたびに、ブライスがとても気持ちの良い性格であることがわかってくる。騙されてしまうのではないかと思うほどの善良さで、心配になるぐらいだ。年下のシンシアの話も真面目に聞き、そして変な隠し事はせずに話してくれる。
王族である従兄弟たちや兄たちのような腹黒さがないところが新鮮で、一緒にいて安心できた。
噂しか知らないシンシアはブライスのことをドリーマーだと信じていたが、そんなところは少しもなく。彼の足らないところを補っていけるようになりたいと心から思うようになっていた。
支度を終えると、鏡に映る自分を念入りにチェックする。
「よくお似合いですよ」
「そう? 背伸びしすぎているように見えない?」
シンシアはそれだけが気がかりだった。ブライスは趣味の良い品を贈ってくれるが、シンシアが今まで身に着けていたものよりもほんの少しだけ大人っぽい意匠が多い。落ち着いた雰囲気のある宝飾品やドレスを着こなせているのか不安に思うことがある。
「あまりにも美しくて、ブライス様も見とれてしまいますわ」
付き合いが長いから身内の欲目だろうと思いつつも、浮いて見えないのならいいかと自分自身を納得させる。
「約束の時間までまだ時間がありますので、お茶をご用意しましょう」
「お茶はいらないわ。落ち着かないから居間で待つわ」
シンシアは侍女に断りを入れると、部屋を出た。廊下を歩いていれば、外から戻ってきたところなのか、外出着を着たジョセフと鉢合わせした。
「どこか出かけるのか?」
「今日はブライス様と王城の庭園に」
「ああ、そういえば今、花が満開だと言っていたな」
納得したようにジョセフが頷く。そして不思議そうに妹の全身を眺めた。遠慮のない眼差しに居心地悪くシンシアは身じろぎをした。
「いつもと意匠が違うが、よく似合っている」
「本当にそう思う?」
「ああ。彼はいい趣味をしているよ」
どうやらブライスからの贈り物であることはわかっているようだ。シンシアは着ているドレスを見下ろした。落ち着きのある淡いピンクのスカートはふわりと広がっているが、フリルやレースは普段よりも少ない。シンシアの年齢ならば、フリルたっぷりのスカートが人気がある。シンシアも少し前までは好んでフリルの多いドレスを選んでいた。
「着なれないから、ちょっと不安だったの」
「ブライス殿とはうまくやっているようだな」
「まだ恋とかではないと思うのだけど。とても気を遣ってくれるし、一緒にいてとても楽しいわ」
素直に気持ちを伝えれば、ジョセフは表情を緩めた。
「結婚できそうか?」
「おかしなことを聞くのね。結婚は絶対でしょう?」
むっとして唇を尖らせれば、ジョセフはポンポンと優しくシンシアの肩を叩いた。
「それでも幸せになれるかどうかは重要だ」
そう思ってくれるなら政略結婚なんて持ってこないでほしい、と思わず心の中で呟いた。
「お嬢さま、ブライス様がお見えになりました」
「今行くわ」
シンシアはジョセフに適当に挨拶してから、急いで玄関へと向かった。玄関ホールで待つブライスを見つけると、速度を緩めた。優雅に見えるように息を整え、さっとドレスを確認する。
「お待たせしました」
ゆっくりと彼に近づけば、彼は目を細めて嬉しそうに笑う。そしてシンシアの手を取り、手の甲にキスを落とした。
「今日もとても綺麗だ」
「ありがとうございます」
婚約者としてはごく普通の挨拶。
だけどシンシアの胸は爆発しそうなぐらいにドキドキした。