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5.光の騎士

ああ、ついに終わる。

このなにも生まない、誰にも望まれない、無駄な命が。


なんの感慨なく、むしろ救われたような心持ちになる。

視界の端でゆらゆらと揺れる自分の髪の金色。

動かない体と遠くなる意識の先に、女が立っていた。


揺れる艶やかな黒髪。

細い体を包む風をはらんで虹色に輝く漆黒のドレス。

日の光を拒むように透明な白い顔。

暗い紅の光を纏った漆黒の瞳がぼやけた思考を貫く。

すでに失ったはずの心を突き動かす。


なんて美しいのだろう。

まるで、生まれ落ちたばかりの死神のように。


****


「意外と綺麗な顔をしてるな。」


ゼロスが寝台に横たわる騎士の顔を見ながら言った。


―――――この人もゼロス様に言われたら複雑でしょうね。


生まれたときから綺麗な顔を見慣れたフィオナが見てもゼロスの顔はうんざりするほど秀麗だ。


「‥‥どこの誰か、わかりませんけど。」

「俺も全く見覚えがないな。ロゼッタの人間なんだろ?」


綺麗な金色の髪はフィオナの祖国のロゼッタ王国でも特に王家に近い人間に多い色だ。


「‥‥そうかもしれませんけど‥‥父や兄には、似てません。」


父も兄も貴族らしい人形のように綺麗な顔と鮮やかに輝く宝石のような涼しげな目元をしていた。

目の前の男性的な精悍な顔とは似ても似つかない。


「‥‥この人は‥‥20年前は子供だったでしょうから‥‥知り合いでも、わからないかもしれませんね。」


フィオナがロゼッタ王国を離れたのはもう20年も昔の話だ。


ゆっくりと開いた瞳は綺麗な青紫色をしていた。

暮れた深い空の色だ。

その目はぼんやりと辺りを見回すと、ゆっくりとフィオナの姿に留まった。

動くことを忘れたようにじっと見つめられる。



「フィオレンティーナ姫、ですか?」


かすれたような低い声ははっきりとフィオナの名前を呼んだ。


「‥‥確かに私は、フィオレンティーナですけれど‥‥お会いしたことがありましたか?」


戸惑いながら答えると騎士は嬉しそうに、とても綺麗に、微笑んだ。


「いいえ、私が王城へ上がる頃にはすでに姫様は城におられませんでした。‥‥リッカルド様の執務室に、姫様の肖像画があるのです。」


リッカルド。

フィオナの一番上の兄の名前だ。

王太子であったリッカルドはいつも忙しそうにしていて、一緒に遊んだ記憶はほとんどない。

ごく小さかった頃には手を繋いでくれたような記憶がおぼろげにあるのだけれど、成人してからは遠くから眺めた記憶しかない。

式典で見る王太子は常に王の側に控えていてフィオナから一番遠いところにいた。

騎士は半身を起こすと、手だけで騎士の礼をとった。


「お変わりないので、すぐにわかりました。実物の方がずっとお美しいです。」


そう言った騎士はほんのりと頬を染めている。


「‥‥ありがとう、ございます。」


――――そんなあからさまなお世辞を言われても、返答に困る。


フィオナはそう言えば貴族には高貴な女性を誉めなければいけないという決まり事があったなとぼんやりと思い出していた。


「オルフェオ・ラクラウスと申します。オルフと呼んでください。騎士団の所属ですが、リッカルド様の命で姫様を助けに来ました。」


――――いや、助けたの私の方だし。


部屋の中に沈黙が落ちる。

フィオナの正直な気持ちは「めんどくさいな」だった。

そんな気持ちがわかったであろうゼロスも口をつぐんだままだ。

無邪気な笑顔でこっちを見ているオルフに言葉を選ぶ。


「‥‥助ける?‥‥と言われても‥‥」


―――今別に困ってないのだけれど。


ちらりとゼロスの方を伺う。

困惑した顔のフィオナに答えるようにゼロスが不穏な顔でニヤリと笑った。


――――何故だろう盛大に嫌な予感がする。


「いらないと言ったのは君の国だろう?フィオナはもううちの子だよ。」


言ったゼロスの言葉はやけに低く威圧的で、煽るように最高に愉しそうだった。

その声と言葉に力が込められていて、物理的に空気が重くなる。

目に見えない力がゼロスから漂って‥‥いや、普通に目に見える程に強大な闇の魔力が空間の半分を支配している。


―――何か駄目なやつが出てる!!


何故そんなに殺る気満々なのか?!

既にオルフはさっきまで意識を失っていたとは思えない動きで剣を構えていた。

フィオナはゼロスの背に庇われてその表情までは見えない。

見えるのは雷のように剣から迸る光の魔力。

闇の魔力を切り裂くように振るわれたそれがゼロスの手刀から生まれる漆黒の刃に弾かれる。

カンカンと甲高い音をたてて閃光が部屋の中を切り裂いて目に突き刺さり、全ての斬撃は闇に呑まれるように漆黒の刃に吸い込まれて弾かれ消滅する。


―――何故戦う?!


目が全くついていけない光速の攻防に、怯えるより先に呆れてしまう。

だってゼロスの顔が最高に愉しそうで愉悦に歪んでいる。

果敢に攻めるオルフもなんだかイキイキとしているのだ。

これだから戦闘民族は‥‥付き合いきれない。


完全に均衡していると思われた一戦は、少しずつ獲物を追い詰める恍惚の表情のゼロスと、悔しげに顔を歪めて決死の覚悟で受けるオルフに分かたれ‥‥ついに、受けきれなかった刃に切り裂かれながらオルフが最後の聖文を唱えた。


「光よ!我の行く手を遮る禍に、退魔の祝福を――!」


目を焼くほどの光の奔流。

全ての魔を浄化する光の魔法が空間に満ちて‥‥


そして、沈黙が落ちる。

シンとした部屋は荒れ狂った嵐の後のようにズタズタになっている。

はあはあと荒い息を着きながらオルフがくずおれて膝を着く。

その愕然とした目が見つめる先には、何もなかったかのように佇むゼロスとフィオナ。


「‥‥ゼロス様は人間なんで、浄化できませんよ?」


フィオナの呟きが静まり返った部屋に吸い込まれていった。

そう、光魔法で浄化できるのは闇の魔力で創られた存在だけ。

人間の放つ闇の魔力や魔法を浄化する事はできるが、人間そのものは浄化できないのだ。

目の前のオルフは理解が追い付かないようで荒い息を吐きながらポカンとしている。


「これで解決だろう?」


フィオナがかけられた言葉に不意を突かれてゼロスを見た。


―――――それって‥‥


頭の中に夢で見た見た光景が甦る。


兵に囲まれる城。光輝く戦士と城内で戦う。

‥‥夢の通りではないか。


呆然とするフィオナを眺めながらゼロスがいい笑顔でにんまりと笑っている。

してやられたフィオナが悔しそうに眉を潜めた。


「‥‥えらく、広い部屋に‥‥運ぶなあと思ったんですよ‥‥」


最初からこうするつもりだったのだと悟ったフィオナがため息を着きながらゼロスに文句を言う。


「うちには玉座の間とか謁見の間とかないんだから仕方ないだろ。」


ゼロスが飄々と言ってのけた。

そんな使い道の無い部屋はいらない。


でっかいため息をついて気を取り直したフィオナは座り込んだオルフにゆっくりと近づくと、その前に膝をついて手を差し伸べた。


「‥‥私は、魔王城に‥‥囚われてる訳じゃ、ないです。‥‥むしろ、ゼロス様に助けられたと言いますか‥‥」


訳が分からず茫然としていたオルフが、すがるようにフィオナの手をとる。


「ゼロス様は魔王じゃなくて‥‥お父さん?です。」

「そこはせめて保護者と言ってくれ。」


ゼロスが心底嫌そうな顔で否定する。


「すいませんでした!お義父さん!!」

「なんでそうなる?」


青ざめて謝るオルフに、ゼロスが眉を寄せて突っ込む。

フィオナが懐いてくる子犬にするように頭を撫でると、オルフはフィオナを見つめながらニコニコとしまりなくいつまでも笑っていた。

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