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4.呪い姫の夢

「‥‥久しぶりに‥‥夢を、見ました。」


ゼロスが胡乱気な顔でフィオナを見た。

フィオナが記憶から流れ落ちてゆく粒を留めるように目を閉じる。


「‥‥この城が、兵に‥‥囲まれて‥‥」


ゼロスが顔を乗せていた手で顎を撫でる。


「‥‥光輝く騎士と、城内で‥‥戦っていました。」


食卓に沈黙が降りる。


「なんだそれ、勇者?‥‥俺、まだ魔王だと思われてんのかよ?」


不満そうなゼロスにフィオナが申し訳なさそうな顔で口を開く。


「‥‥思われてる、でしょうね。‥‥否定してませんし‥‥」


ゼロスは魔法を使う人間‥‥魔法使いであって、魔王ではない。魔物を統べたりしてないし、使役だって‥‥(ほんの少ししか)していない。


けれどフィオナが国にいた時点でも魔の森の城には魔王が住んでいると信じられていたのだから、今もそうだろう。


「久しぶりに面白くなりそうだ。」


ゼロスはフィオナの心配そうな顔を正面から見返してニヤリと笑う。


「それにしたって討伐される様なことをした覚えはないんだがなあ‥‥」


ゼロスが解せない、と言いながら首をひねる。


「‥‥やっぱり、竜を飼ってるのが‥‥」

「いやでもただのウイングドラゴンだよ?呪われてたり、毒を出してたり、屍鬼化してる訳じゃないし。」


――――ただのウイングドラゴンだって竜巻くらいは起こせるし。


そもそも人間に竜が使役できるなんて、ここにくるまで考えたこともなかった。そう考えたら魔王と言われても仕方がないとフィオナは思う。


「もういっそ自称魔王(笑)になっちゃおうかな?」

「‥‥そこ認めちゃうと‥‥洒落にならないから、やめてください‥‥」

「‥‥冗談だったんだけど。」

「‥‥まったく、冗談に‥‥なってません‥‥」

「魔法使いならこれくらい普通だぞ?」


――――そんな訳ない。


この世で一番魔王にふさわしい人間がゼロスだろう。

わかっている。敢えて言おうとは思わないが。


****


城の一番高い塔から下に広がる魔の森を見下ろす。

一面に広がる木々の隙間に何かがキラリと太陽を映して光っている。


「‥‥きた」


右手で作った輪に魔法をかけて遠くを見ていたフィオナは小さく呟くと、螺旋階段を降りていった。




「‥‥ゼロス様、大分、近くまで‥‥来てますよ」


ゼロスの部屋の扉を開いたフィオナが言った。


「おお、本当に来たか。フィオナ以来のお客さんだな。」


ゼロスはニヤリと笑ってフィオナを見た。


「魔法使い居そうか?」

「‥‥私に、分かるほどの‥‥魔力は感じなかった、です。」

「‥‥ふーん、どうやって入ってくるんだろ?」

「‥‥この城には‥‥認識阻害の魔法が、かかってるんですよね?」


「そう。見えるけど見たままには繋がってない。あと堀の内側に風で断層を切ってあるから跳ね橋を下ろす以外で物理的に橋を渡すのは無理。」


「‥‥跳ね橋は‥‥向こうからは、操作できない。」

「ずいぶん動かしてないからこっちから動くかも謎だけどな。」


とても入ってこれそうにない。


――――これで入ってこれなければ私の夢が間違っていることになる、けど‥‥


間違っていても全然構わない。

ただ、今までに間違っていたことは一度もない。



しばらくして城の手前まで迫ってきたことを伝えると、ゼロスが魔法を使って壁に城の前の様子を映した。

壁一面に映し出された城の前は、森が途切れた所に数十人の兵と三人の軽鎧を身につけた騎士がいるのが見てとれた。うち2人は指揮官なのか銀の鎧の上に紺色の短いマントを掛けている。

道を切り開いての行軍になったであろうことから馬はいない。


「‥‥あの肩章‥‥ロゼッタ王国です‥‥」

「フィオナの実家か。思ったより少ないけど‥‥ああ、あの真ん中の銀の鎧のやつが光魔法を帯びてる。」

「‥‥魔法使い、ですか?」

「鍛えれば使えるかもしれないが‥‥それより鎧と武器に光魔法がかかってるのが原因かな。」

「‥‥光魔法‥‥」


フィオナは日の光を浴びて輝く鎧をぼんやりと見る。

光魔法は世界の不浄を清浄へと昇華する魔法だと言われる。できることは怪我の治癒や呪いや悪い気、悪い気が凝って生まれると言われる悪魔や魔獣、魔物などの浄化。

まさに勇者だの聖女だのの魔法といったところだろうか。

フィオナの魔力の本性は闇と水の属性だ。


――――所詮は“呪い姫”ですし。


それ以外の魔法を使うときには魔力を転換する必要がある。

光魔法は一番苦手な分野で、未だにそこそこの傷を治すくらいしかできない。

因みにゼロスも苦手らしく魔力を食うからあまり使っているところを見ない。


――――さすが魔王(仮)。


「なんか失礼なこと考えてるだろ」

「‥‥いえ‥‥光魔法を、纏った剣は‥‥聖剣ですよね?」


ゼロスの文句は死んだ目でスルーして少し考えながら発言する。


「そうなるね。あのレベルなら闇狼位は一閃だろう。俺の魔法も切れたんだろうなあ。」


フィオナがびっくりしてゼロスを見た。


「いや、本気出せば別だよ?普段かけてる省エネ阻害魔法くらいならってことな。そもそもフィオナは俺の阻害魔法を無意識で無効化してたじゃないか。」


軽く呆れた様子でフィオナを見返す。


「‥‥それ、未だに‥‥信じられないんですよね。」


確かにフィオナには魔法使いの資質があったのだろうけれど、魔の森に来たときにはなんの魔法も使えなかったのに。

訝しげに首をかしげるフィオナに、ゼロスがめずらしく真剣な顔をした。


「お前は‥‥自分で思ってるほど“普通”じゃないぞ。色々なモノを無意識に遠ざける力は、俺よりも強いくらいだ。」


その言葉に目を見開いたフィオナが、ぎゅっと眉を寄せる。


――――遠ざける力って‥‥


わかってる。

自分に求めるものがなくて、

傷つくことが怖くて、

何もかも遠ざけて逃げていることくらいは。

フィオナがうつむいて目をそらした。

ゼロスは何事もなかったように作業を続ける。


「遠ざけるべき悪意に晒されてきたからだろう?それは当然のことだ。実際に遠ざけるだけの力があるのがすごい、と言っているんだ。」


――――本当にそんな力が私にあるのかしら。


まったく納得できない。

でも。

フィオナは自分は信じられないけれど、ゼロスの事なら信じられる。


その時バシャンと大きな水音がした。

びっくりして画像を見ると、光の剣を振り回していた鎧の騎士が堀の中に落ちた所だった。


「え?あの堀登っても断層に弾かれますよね?!」


驚いたフィオナがめずらしく大きな声を出している。


「断層は風魔法だから浄化はできないなあ‥‥力業で押しきれるほど負けてないし。」


ゼロスが呆れたような顔で画面をみている。

騎士は鎧を纏っているとは思えない動きで水の中を渡って石垣を登ってくるが、地面に伸ばした最後の一手を風の断層に押し返されて堀に吹き飛ばされる。

またバシャンと大きな音をたてて水に落ちた。

向こう岸にいる騎士も兵士も微動だにせず見守っている。


「なんで誰も助けないんですか?」


フィオナがイライラした声を隠すこともなくゼロスに叫ぶ。


「何かあるんだろうねえ‥‥悪趣味な。」


ゼロスがめずらしく不愉快そうに顔を歪めた。

再び石垣を登ってきた騎士が吹っ飛んだ拍子に頭を石垣にぶつけた。

意識が飛んだのか、力の抜けた騎士の体はスローモーションのように堀の底へ沈んでゆく。


「死んじゃいますよ!!」


焦れながら見ていたフィオナがついに部屋を飛び出した。

まっすぐに正面の扉に向かって走りながら右手で突風を紡ぎだして外へ続く大扉を押し開いた。

そのまま闇属性の霧を噴出させて堀の向こうの視界を塞ぐ。

左手で堀の水を操って増水させると、不自然な水流が堀の底をさらう。

フィオナの研ぎ澄まされた感知魔法が触れるように丁寧に水の中を滑ってゆく。


――――みつけた。


瞬間激しくなった水流が底に沈んだ騎士の体ををフィオナの目の前の高さまで押し上げると、地面の上に下ろす。

堀から乗り上げた水がフィオナのドレスに降り注いだ。


左手を下ろしたフィオナが止めていた息を吐き出したところでゼロスがこちらへ顔を出した。


「派手な救出劇だな。」


ゼロスがニヤニヤと笑っている。

フィオナが嫌そうな顔で振り返った。


「‥‥こんな所で死なれたら‥‥魚フライがおいしく食べられなくなるじゃないですか‥‥」


フィオナが顔にかかった水しぶきを袖で拭いながら言った。

川から水を引いている堀には白身や薄紅の身の魚が生息していて、釣り上げた魚はこの城の定番食材のひとつだ。ゆで卵のソースを添えたフライはフィオナの好物でもある。


「やっぱり迷惑だろ?家の前で死なれると。」

「‥‥迷惑ですね。」


フィオナが地面に目を向けた。

キラキラと輝く金色の髪に健康的に焼けた精悍な顔立ち。白い鎧がよく似合っているが、水底から引き上げられたすべては泥だらけで所々水藻が張り付いている。

足元に横たわる騎士は完全に意識を失っているが規則的に息をしているようだ。


「‥‥ゼロス様、運んでください。」

「男を運ぶ趣味はないんだが。」

「‥‥私が、運ぶのも‥‥おかしく、ないですか?」


しばらく無言で向き合っていたが、ゼロスが折れて大きく息をついた。


「‥‥仕方ない。けれどこんな汚いのを城に入れるのはナイな。」


ゼロスはそう言うと騎士の体を風で持ち上げて鎧を外した。

めんどくさそうに清浄の魔法と乾燥の魔法を掛けるとそのまま城の中へ移動させてゆく。


「‥‥ゼロス様‥‥ありがとうございます。」

「白身魚のフライを楽しみにしている。」


フィオナは手を振りながら去っていくゼロスの背に無言で頷くと、騎士と一緒に打ち上げられてびちびちと跳ねていた魚を魔法で軽く絞めながらゼロスの後に続いた。


「ホントこの城は‥‥死にたいやつばっかり、連れてくるな。」

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