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3.呪い姫、魔法使いになる。

その翌日からフィオナの魔法使いの訓練がはじまった。


「まず飯をつくる。」


ゼロスがそう言って手を動かすと、脇に積んであった薪がひとりでに浮かび上がって竈へ飛び込んだ。

さらに手を振ると薪に火が着く。

その後も手を振る度に鍋が飛んできて、鍋の中に水が満たされ、野菜が刻まれて鍋に飛び込んでいった。

フィオナがカチンコチンに固まってぎこちなくゼロスを見る。


「こんな感じ。がんばって。」

「‥‥がんばって‥‥できるもの、なんですか?」


フィオナがすっかり青ざめた顔で恐る恐る言う。


「できるよ、魔法使いなら。」


―――だからそもそも私が魔法使いというのもよくわからないのだけれど。


フィオナが困った顔で固まっていると、ゼロスがポン、と肩を叩いた。


「いきなりは無理かもな。とりあえず普通にやりながら出来そうな所から挑戦して。風で物を動かすのか、火を着けるのか、水を満たすのか。」


――――出来るとは思えない。出来るわけ、ない。


「‥‥出来なかったら‥‥どうなるんですか?」


フィオナが泣きそうな顔で恐る恐るゼロスを見た。

ゼロスは少し頚をひねって考えた後でニヤリと笑った。


「無駄飯食らいは置いておけない、かな?」


フィオナがサッと青ざめる。


「精々がんばってね?」


ゼロスはにっこり笑って調理場を出ていった。




それから毎日必死だった。

水汲みをして、洗濯をして、掃除をして、ご飯を作って。

掃除や洗濯はまだ部分的にでもやったことがあったけれど、料理についてはつくっているところを見たことすらなかったので、最初はたべられたものじゃなかった。

そしてその合間になんとか物を動かせないかと挑戦してみる。

なんのとっかかりもなかったので、魔法について書いた本でもないかとゼロスに尋ねると、古びた紙の束を渡された。彼がその昔に書いた記録紙らしい。

夕飯の煮込みを見張りながら、その個性的で読みにくい古文体の文字とにらめっこする。

――――読めなくはない。読めなくはないんだけど‥‥

気付くと眉間にシワがよっている。

食堂へ繋がる扉の方から足音が近付いてきた。


「フィオナ、ちょっといいか?」


ゼロスが言いながら勢いよく扉を開けた。

窓が開いていたのか思ったより強い風が吹き込んで、フィオナが見ていた紙の束が鍋の方へ舞い上がる。


「ああっ‥‥!!」


―――――紙が駄目になっちゃう!!


フィオナが立ち上がって手を伸ばす。

バサバサッと鍋の上に飛んでいった紙が「落ちる!」と覚悟したときにふわっと上に舞い上がった。

舞い上がった紙は天井近くでフワフワした後、我に返ったフィオナの手の上にパタパタと降りてきた。

フィオナが自分のやったことが信じられなくてぼんやりとしている。


「おおー、出来たじゃないか。」


ゼロスがパチパチと手を叩いた。


「できました、ね‥‥。」


まだ実感が伴わない。


「ちょうどいい物を持ってきたんだ。」


ゼロスは左手に抱えていた小瓶を調理場の台の上に並べていった。

手の中に収まる小さなガラス瓶は同じガラスの蓋が刺さっていて、中に透明な紫色の液体が入っている。全部で5本あった。


「魔力が尽きたらこれを飲め。魔力回復のフルポーションだ。」


ゼロスがドヤ顔で言う。


――――いや、いきなり専門用語で話されてもわからないし。


心の中で突っ込みながら瓶を手に取ると、中の液体がキラキラと金銀に揺らめいて見えた。


「まず使える限り魔法を使うだろ?そうすると魔力が切れて力尽きる。そこでこのポーションを飲めば魔力が完全回復してまた魔法を使えるわけだ。」


ゼロスが綺麗な顔ににっこにこの満身の笑みを浮かべている。


――――ゼロス様、呪いはないはずなのに嫌な予感しかしないんですが。


結果としてその予感はバッチリ当たっていた。

‥‥魔力が切れると、文字通り力尽きる。

体力が尽きている訳じゃないのに体がドスンと重くなって、目の前が真っ暗になって、はじめての時はそのまま気を失った。

ポーションを飲むと魔力は戻ってくるが、しばらくは頭がグラグラして立ち上がれない。

ちなみにこのポーション、ゼロスが有り余った魔力を使いきる為に作った特製品で、この世のどこにも売っていないというふざけた品だった。

そうやってスパルタで鍛えられた結果、最初は朝御飯を作っただけで切れていた魔力が、半年後にはポーションなしで一日の仕事を終えられるようになっていた。


そして、20年の月日が通り過ぎる。


****


焼きたてのパンが籠の上に着地して、こんがりと焼けたハムと玉子が浮かんだ皿の上に乗って食卓へ飛んでゆく。

暖かいコーヒーがミルクと一緒にでっかいカップに注がれる。


「‥‥ゼロス様‥‥朝ごはん、できましたよ。」


20年前と変わらない容姿のフィオナが限界まで通りにくい声でゼロスに声をかけた。

ゼロスは食卓にぺったりと上半身を乗せて頭から毛布を被って眠っている。

フィオナが毛布をつかんで肩まで下ろして形のいい頭をぺしんと叩いた。


「‥‥起きてくださいよ‥‥昼、なんですから。」

「なんでこんなに早く起こすんだ‥‥俺はさっき寝たんだぞ。」


ゼロスは薄く目を開けると不満そうな低い声で言った。


「‥‥日の光を、浴びないと‥‥精神に影響するらしいですよ‥‥」


フィオナがボソボソと小さな声で話す。


「それなら俺はいいからお前が浴びろ、みっちりと。」

「‥‥私の心は満ち足りて穏やかですよ‥‥生来の根暗なだけです。」


フィオナが向かい側の椅子に腰を下ろした。

もう、呪いとか誰かに災厄が降りかかるかもなどと心を痛める必要もない。毎日は穏やかに積み重なって、変化はむしろ日々を過ごす楽しみになっている。

ゼロスが眠そうに目を擦りながら体を起こすと、食卓に肘をついてモソモソとちぎったパンを口に運ぶ。


「‥‥あれ、その服新しいやつか?」


ぼんやりと見ていたゼロスが、フィオナの着ている服をフォークで指す。

上から下まで漆黒のシンプルなワンピースだが、生地そのものが光を纏って輝いていて、近くで見るとどこまでも繋がる繊細な蔦の模様が織り込まれている。

裾には繊細な消炭色の刺繍がぐるりと巻き付いている。


「‥‥そうです。先日織り上げた‥‥魔蛾のシルクを、仕立てました。」


フィオナは城での生活がこなせるようになると、織物や衣類の仕立てをはじめた。

ゼロスが適当に作った布と服は防御力や耐久性はともかくとして形も種類も乏しくどう見ても女性用ではなかったので自分で作ることにしたのだ。

因みに今着ている服は魔法が織り込まれていてヒラヒラと大変軽いが温度湿度を快適に保った上で金属の鎧並みの物理耐性と簡単な結界並みの魔法耐性を兼ね備えている。丈夫で最高だ。


「やっぱり黒なのか。お前の服、全部黒じゃねーか。」


ゼロスが呆れて息をつきながら言う。

黒は王国のある大陸では喪に服す色で、普段着や晴れの衣装には決して使われることはない。もともと地味な濃い色合いの服ばかりを着ていたフィオナだったが、さすがにずばり黒の服は服喪衣装以外に持てなかった。

その反動からか自分で作った服はすべて黒だ。

よくぞこんなにという位黒のバリエーションが豊富である。


「‥‥黒が一番、しっくりきて‥‥落ち着くので。」

「‥‥まあ、自然体が一番だけどな。」


ゼロスの目が生暖かいものになって、ずず、とお茶をすする。

そんな風な態度をとりながらも、ゼロスはフィオナを否定しない。

“呪い姫”はやっぱり後ろ向きで、ボソボソとしゃべって、部屋にこもるのが大好きだけど。

まあゼロス自身も完全自給自足体制でフィオナ以外の人間と交流しているところなどとんと見たことがない。

この間も竜を召喚して近くで放し飼いにしているくらい、楽観的で享楽的な人間だが(フィオナは何か問題が起きないか気になってしかたがない)――――フィオナ同様引きこもっている。

洗っていないであろう寝ぼけた顔に寝癖のボサボサ髪で寝間着のままフォークを口に運ぶ綺麗な顔の男。


――――お父さんって、こんな感じ?


言ったらこの世の終わりくらい嫌な顔をされるのだろうが。

とりとめのないことを考えていたフィオナは、ふいに嫌なことを思い出して顔が曇った。


「‥‥久しぶりに‥‥夢を、見ました。」

拙い文章ですが、読んでくださってありがとうございます。


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