2.ロゼッタ王国の呪い姫
呪い姫ことフィオレンティーナ・アウリディケ・ローゼンハイムはロゼッタ王国の歴とした王女様だ。
現国王を父親に、隣国の王女であった王妃を母に持ち、兄3人と姉ひとりの一番最後に生まれた。
しかし彼女の不運は生まれ落ちた瞬間から始まっていた。
彼女を産んだ王妃はそのまま命を落とした。
最愛の王妃をなくした国王は嘆き悲しみ、生まれたばかりの赤子を目にいれることすら厭うた。
彼女の容姿もよくなかった。
王も兄弟もみな美しい金髪と蒼い瞳を受け継いでいる中で、彼女だけはなぜか黒い髪に黒い瞳をしていた。
ちなみに亡き王妃は輝く銀の髪と緑色の瞳をしていたので、母親に似たわけでもない。
王妃に間違いがあるはずはないが、その容姿から妖精が取り換えた子供なのではないかとまことしやかに囁かれた。
王からは疎まれながらも兄弟と使用人に囲まれて育った末王女は、大人しく慎重な性格でいつも不安そうにキョロキョロと辺りを見回し、おどおどと小さな声で話した。
それは王女が5歳になった朝。
目を覚ました王女は大粒の涙を流しながら言った。
「お兄様が死んでしまった」と。
もちろん三人の王子は健在で、部屋付きの侍女は悪い夢を見たのですね、と王女を抱き上げて慰めた。
しかしその3日後、王女のひとつ上の王子が病にかかると、そのまま高熱が下がらず2日後には亡くなってしまった。
それで、今までにもそんな事があったと兄が、姉が、使用人達が気づいた。
王女が怪我が痛そうと言った馬は怪我をしたし、雷が怖いと言えばその翌日に城の大木に雷が落ちた。
壊れてしまうと言った橋は大雨で流されたし、燃えていると言った建物は数日後に火事になった。
王女の回りの人達は戦慄した。
王女が災いを呼んでいるわけではないのだろうが、その的中率の高さ故に次に何を言うのか、誰の事を言われるのかと怯えてしまう始末だった。
すくすくと成長した末王女は頭も体力も人並みであったが、王族としての勉学も教養もダンスも乗馬もそつなくこなした。
顔は可愛らしくまとまっていて、すらりと背が高くスタイルもいい。
しかし性格はけして明るいとは言えず、人に会うのも話をするのも苦痛だった。
その頃にはすっかり懲りてしまって、何か気づくことがあっても誰にも言わないようになっていた。
王から疎まれている事もあってなかなか決まらなかった末王女の縁談だったが、王都から遠く離れた地へ嫁ぐのであれば会うこともなくなり王の心も穏やかでいられるであろうと、辺境伯の嫡男との婚約が決まった。
そして、ここでまた王女の不運は重なってゆく。
王女の婚約者となった辺境伯の嫡男は、正式に婚約を結んだ数ヵ月後に隣国との小競り合いで命を落とした。
その次に婚約した国境近くに領地を持つ伯爵家の嫡男はやはり婚約後数ヵ月で狩の途中で落馬して亡くなり、そのまた次の子爵家の当主は婚約後数日で川に流されて死亡した。
ただでさえ王に疎まれている王女。ここまで続いたら、もうどんな下位の貴族でも王女に縁談を持ちかけるものはいない。
かくして末王女は貴族の間でも王都の平民の間でも、不幸な呪いのかかった呪い姫と呼ばれるようになった。
そして、呪わた末王女に最大の不運が訪れる。
王女が未婚のまま20歳を迎えたある日、国王が毒を飲んで血を吐いて倒れる夢を見た。倒れた王は意識もなく、助かるようには見えなかった。
もうどんな夢を見ようが誰にも言わないと心に決めていた王女だったが、さすがに衝撃を受けた。
今までに見た未来を変えられたことはないけれど、いつ誰が毒を盛るのか知った王女はそれを無視することができなかった。
当日なんとか阻止しようと国王に近付いたが、国王本人に酷く拒絶されて遠ざけられ止めることができず、血を吐いて倒れる夢は現実となった。
国王は死ななかった。
直前に不審な行動をとった末王女は暗殺を企てたとして捕らえられた。
何の証拠もなかったが、酷い扱いをしてきた国王は末王女の無実を信じることはできなかった。
そうして、呪い姫は神の審判を受けるという名目で身一つで魔の森へと放逐された―――。
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「‥‥ドン引きだな。運悪すぎるだろ‥‥」
ゼロスが呆れながら言った。行儀悪く肘をついたままスープに浸したパンをかじっている。
「‥‥自分でも、そう思います。」
どんよりと下を向いたフィオナがパンをちまちまとちぎっては口へ運ぶ。
「途中からもう展開読めたよね。婚約者一人目死んだ後とか国王の暗殺のあたり。」
「‥‥そうですね。‥‥嫌な予感しか、しませんでした。」
フィオナがでっかいため息をついた。
「‥‥まあ、それもここまでだ。俺はとことん運がいい。呪いとか絶対効かない自信がある。」
フィオナが目を見張って顔を上げる。
ゼロスが自信満々でニヤニヤと笑いながら見ていた。
「‥‥ゼロス様は‥‥なんで、こんなとこに‥‥住んでるんですか?」
また顔を伏せたフィオナが下からちらりとゼロスを見てボソボソと聞く。
――――危ない、やっぱり魔王なんですか?と聞いてしまうところだった。まだ迂闊なことを言って死にたくない。
「あ―――、面倒だから?俺こう見えても200歳くらいだし知り合いも大体死んでるんだよね。」
フィオナがポカーンとしている。
「知らない?魔法使い長生きなんだよ。魔力の作用かね?人間と喋るの超久しぶり。言葉忘れてなくてよかったよね。」
ゼロスが今日の天気の話題くらい平坦に言って、またパンをかじる。
――――魔王だからじゃなくてか?
「ちなみにその髪と目の色は魔力が強いからだよ。俺の髪も黒いだろ?‥‥まあ目は黒通り越して赤になっちゃったけどさ。」
ゼロスは自分の髪を手にとってそう言うと、まっすぐにフィオナを見た。
だから呪いとは関係ない、と言うように。
「話を聞くと先見の才があるようだなあ。本来それはすごい能力だ。わかっていればできることもあるしな。」
ゼロスが淡々と続ける。
「婚約者が死ぬのは不幸な偶然かもしれない。が、お前に結婚されたら困る人物がわざとやった可能性もある。」
フィオナが困惑した顔でゼロスを見る。
「‥‥私が‥‥結婚したからって、なにが変わるんでしょう‥‥」
「俺が知る訳ないだろ。」
ゼロスがしれっと言ってのけた。
「まあ俺が言えることは、お前はかなり運が悪いが呪われているとは思わないってことだな。」
フィオナが目を瞬かせてゼロスを見ている。
「呪われて‥‥ません、かね?」
「呪われてないだろ。俺には気配も何にも見えないけど?」
ゼロスが当たり前の事のように言った。
――――そうか、呪われていないのか。
ストンと肩の力が抜けた気がする。
ずいぶんと長い間縮こまるようにして生きてきた。
どうして自分が存在していていいのかわからなかった。
死んでしまえばいいのに。誰か殺してくれたらいいのに。
そう思っても、やっぱり死ぬのは怖くて自分で手を下すことはできなかった。
フィオナの目から涙がこぼれる。
ポロポロと続いていって、とまらない。
何事も無かったようにパンをかじっていたゼロスが最後の一口を口に突っ込むと、向かい側に座っているフィオナへ手を伸ばした。
「よくがんばったな、フィオナ。」
ゼロスのでかい手がフィオナの頭の上でポンポンとはねた。
フィオナが両手で顔を覆って、声を上げて泣いている。