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12.遅くなりました

光に焼かれて反射的に目を閉じる。

何も見えない中で、誰かに勢いよく胴を掴まれて、そのまま体が宙を舞った。


フィオナが目を開けると、いつの間にか崩落した天井を抜けて上の階の床に立っている。

崩れた床の下にはまっぷたつになった狼が横たわっていて、縁からチリチリと闇にかえっていくところだ。


「…ごめんなさい、遅くなりました。」


待ち焦がれていた柔らかい声がする。

ゆっくりと顔を上げると、そこにオルフがいた。

フィオナを片手に抱えて、もう片方の手に光輝く聖剣を携えて。

オルフの腕が圧迫している胴から暖かさが伝わってくる。

続く緊張に冷えきっていた体が、急に血が通ったように暖かくなる。


「…遅い、です。…死ぬかと思いました。」


暖かいものが目の辺りまでじわじわと滲んで、フィオナはぎゅっと唇を噛み締めた。


「お待たせしました。…間に合ってよかったです。」


オルフはフィオナを見てにこにこ笑いながら丁寧に床に下ろした。そしてそのままフィオナを腕の中に閉じ込めると、優しく頭を撫でる。


「お疲れ様です。でも、フィオナがあれの責任を取る必要はありませんよ?」


オルフの手が優しく髪を滑って、顔をくっつけている胸が暖かくて、耳元でで聞こえる声が優しくて。


「…責任なんか取れないけど。…私にドラゴンとか、倒せる訳ないし…」


でも、なんとか出来るものなら、なんとかしたかった。

フィオナが知らなかったこと。

フィオナが出来なかったこと。

フィオナが出来たかもしれない、こと。

その全部が一遍に襲ってきて、良く分からなくなってしまった。


「フィオナは、必要です。」


オルフが間近からフィオナの顔を覗き込む。

腕にかかった手に、ぎゅっと力が入る。


「フィオナがいないと、私が困ります。」


フィオナがぱちぱちと目を瞬いた。


「他の人なんてどうでもいい。フィオナのことを考えない、全然知らない、あんな奴のために…死なないでください。」


そう言ったオルフは酷く深刻な顔をしていた。

今言わなくてはいけない。

伝えなくてはいけない。

絶対に譲れない、と言うように。


「死のうなんて思ってなかったけど…」


特にリッカルドの為になんて、絶対に御免だ。

けれど、やっぱり死んでいたのかもしれない。

まだフィオナの中にある死んでも良いと思っている部分が、今なら、と言っている。

今なら、フィオナが死ぬことに意味があるかもしれない。

どうして生きていていいのか分からないから死ぬのではなくて、フィオナが死ぬことで誰かを助けられるかもしれない。

そんな風に囁くのだ。


「私がフィオナを守ります。だから私のために、頑張って生きてくれませんか?」


オルフがあんまり真剣に言うので、おかしくなってきて笑いたい気持ちになる。


「なんだかプロポーズみたいなこと言ってる。」


フィオナがクスクスと笑うと、オルフも同じように笑った。


「それでもいいですよ。それに、フィオナが嫌だって言っても、私が死なせませんから。」


その言葉はフィオナの中にすっと入ってきた。

酷くキラキラしていて、暖かく染み渡って、なんだか世界がすっきりとクリアになったような気がした。


「…さて、問題はダークドラゴンですけど。」


オルフはそのままで闇の魔力が凝っている方へ顔を向けた。

そこには巨大な影だった蜥蜴のようなものがだいぶハッキリとした形に凝ってきていて、もう時間はそれほど残っていないように思える。

竜には沢山の種類があるけれど、純粋な魔力から生まれるのがダークドラゴンだ。

そのすべては魔力から生まれるけれど、その体にはちゃんとした実体があって、物理的に倒すことは不可能ではない…はずだ。理論上は。


「オルフはダークドラゴン倒せますか?」


さすがにフィオナには無理だ。

じっとしていてくれるなら時間をかければ倒せるかもしれないが、現実的でない。


「…多分倒せますが、かなりの時間がかかるかもしれません。」


オルフの闇の魔力を見る顔は少し険しいものになっている。

かと思ったらすぐにくるりとフィオナの方をを向いた。


「いざとなったらふたりで逃げましょう。」

「…いいんでしょうか。」

「いいに決まってるじゃないですか!」


オルフがもの凄く良い笑顔で言うので、笑ってしまった。

そうだ、別に私達で倒さなくてはいけない訳じゃない。

そりゃあ倒せたらカッコいいけれど、私達が死ななくてはならない理由にはならないのだ。


「逃げるときは私も一緒でお願いします。」


声に振り返ると、アキレウスがなんだか微妙な顔で壁にもたれていた。


「…副長、いたんですか?」

「居たよ、ずっとね。…姫様を拐ってきたのは私だから。」


アキレウスがそう言うと、不信感を露にしていたオルフが目をつり上げて睨み付けた。


「オルフェオが何の報告もしないので、他に動き様がなかったんです。」


アキレウスがにっこりと笑いながら言う。

殺気さえ漂う剣呑な雰囲気に、フィオナがぎゅっとオルフの腕を掴んだ。


「アキレウスは昔、私の護衛騎士だったの。私を、守ってくれた。」


フィオナがそう言うと、オルフは少し殺気を弱めて、けれども酷く嫌そうな顔をした。


「…納得いかないですが、一応御礼を言っておきます。」


オルフがいかにも嫌々、という様子でそう言うと、アキレウスが笑みを深める。


「私は私の仕事をしただけなのであなたの礼は不要です。…何の役にも立ちませんから。」


あれ?アキレウスは喧嘩を売ってるのかな?

良く見ると笑顔が不機嫌そうだ。

無表情になったオルフが睨んだけれどアキレウスは全く動じない。


「私が忠誠を誓っているのは昔も今もフィオレンティーナ姫だけですから。」


アキレウスは少し首を傾げて尊大な様子でそう言った。

フィオナが怪訝そうに眉を寄せる。


「…初めて聞きましたけど?」

「ああ、言ったことはありませんので。」


知らないうちに忠誠を誓われるっておかしくない?


「結局何が言いたいんだ?」

「私は姫様の敵にはならない、ということです。オルフェオの味方ではありませんが。」

「つまり手伝ってくれるって事ね。」

「その認識で間違っていません。」


…とりあえず喧嘩しないならそれでいいか。

改めダークドラゴンに目を向けると、既に形はほぼ完成していて、ブルブルと僅かに身動ぎしている。


「姫様、一応確認しますけど完成する前に倒してはいけないんですよね?」

「…ドラゴンはいいけど、その後ろの魔力溜まりがどう反応するかわからないので…魔法が当たれば取り込んでさらに酷いことになる可能性が高いかと…」


フィオナはそこで言葉を切って隣のオルフに目を向けた。


「…光魔法なら別です。ずっと考えてたんですが、最終解決としては膨大な光魔法の力業で消し去るか、放置して自然消滅を待つくらいしかないのかなと。」


現状で膨大な光魔法を使える人の当てはない。

放置すれば人の住める所ではなくなって、新しい魔の森の誕生だ。


「そうですね、とりあえずドラゴンに挑戦したら後は放置しましょう。」


バッサリと切り捨てたオルフの顔はにっこにこで何の憂いも感じられないので、少し救われたような気持ちになる。


その時、バサッバサッと派手な音が聞こえて、三人が一斉に空を見上げた。

はるか上空に大きな翼の影があって、それが見る見るうちに大きくなって迫ってくる。


「…あれ?もしかして…また別のドラコンでしょうか?」


オルフが呆然と呟く。


「あー、本当に詰みますね。」


アキレウスがいっそ清々しい表情で笑う。


「…いや、もしかしたらあれは…。」


フィオナがボソッと呟く。

その間にも影はぐんぐんと近付いていて、それが青みがかった銀色の竜だと見てとれるようになっていた。


――――確か、ポケットに…


フィオナはポケットを探って大きなあめ玉を取り出すと包み紙を剥がして竜に向かって放り投げた。

あめ玉は風魔法に乗って上空へ飛んで行く。

ギャアと鳴き声がして、大きな建物程の竜は身を翻して上昇するとパクッとあめ玉を飲み込んだ。

上空で大きな翼をバサバサさせているので凄い風圧で砂埃が上がっている。


「…あれはディアちゃんですね。」


フィオナがそう言うのと同時に竜の上から人影が飛び降りた。


「ゼロス様の飼いドラゴンです。」


空を切り裂くように下りてきたゼロスは、黒い髪と紺色のローブを強風に棚引かせながらフィオナの目の前にストンと降りた。


「おお、フィオナ。俺なしで良く凌いだな。」

「ゼロス様遅いです。もう逃げようかと思ってました。」

「そう言うな、いいもん持ってきたから。」


ゼロスはそう言って手に持った杖を見せた。

ゼロスの背の半分ほどもあるそれは、美しい白銀色の金属が絡み合う木の根を象っていて、天辺の銀色の葉でできた輪の中で拳ほどもある月色の石がゆるゆると回っている。


「…光魔法を纏った杖、ですか?」

「いや、俺の魔力を光魔法に変換する杖。」

「…えー、そんな都合の良い杖、あります?」


ゼロスが胸を張って言うと、フィオナが腕を組んで不満そうに文句を言った。


「ずっと昔に必要に迫られて作ったんだよ。面倒な事になっているとしたら、いるのはこれだろうと思って隣国から持ってきた。」


ニヤニヤと笑うゼロスを見て、少し離れた所にいるアキレウスが首を傾げた。


「…魔王?」

「似たようなものですが、魔法使いでフィオナのお義父様です。」

「うん、フィオナの保護者な。」


ゼロスは辺りを見回すと、魔力溜まりとそこに踞るダークドラゴンと見合った。

黒々とした巨体はいかにも堅そうな闇色の鱗に覆われていて、頭部には大小4本もの角が突き出している。立派な後ろ足は太々と逞しく、今は畳まれている巨大な翼はゆらゆらと揺れながら禍々しい魔力を放出している。


「オルフェオ、大本は俺がやるから、そいつはお前が何とかしろ。」


当然のようにそう言った。


「簡単に言いますね?」

「だってお前、それくらいしか役に立たないだろ?」

「そうですけど…。」

「先に祝福掛けておけばなんとかなるんじゃないか?」


“祝福”は膨大な魔力を必要とする。オルフが最後までそれを取っておくのはその反動がかなり大きいからだ。

その後に魔力を使って剣を振るえば魔力切れで倒れるまでカウントダウンだと思われる。


「…死にませんか?私。」

「そうだ、ポーションあるぞ。3本くらい飲めばいけるだろ。」

「…ゼロス様、ポーションとか誰も知りませんから。」

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