02 追放、そして新たなる出会い
カラマリはジャックが戻ってきたのに気付くと、土色の液体がついたナイフを手からぽろりと落とす。
ナイフはカランカランと音をたてて、ジャックの足元に転がってきた。
ジャックはしゃがみこんで、愛用のナイフを拾いあげる。
カラマリは、今にも泣きそうなほどに目に涙をいっぱい浮かべていた。
「じゃ、ジャック先生っ! ぼ、僕……!」
いまにも死にそうな弟子の言葉に、ジャックは苦笑いを返す。
「大丈夫、俺が責任を取るから」と声をかけようとしたが、カラマリの顔が、青を通りこして真っ白になっているのに気付く。
カラマリの茫洋として瞳は、ジャックの肩越しの虚空に向けられている。
ジャックが振り返るとそこには、馬に乗ったデザイアンがいた。
デザイアンは空を震わせるほどの声で言う。
「トレジャーハンターどもよ! 死体が土に還ったということは、剥ぎ取りが終わったのだな!
我ら『オールグリード』は、すべてを屠り、すべてを掌中に収めるギルド!
当然、メインの納品物の『猛毒肝』も、サブの納品物の『毒肝』も得られたのであろうな!?」
その威圧的な声に、弟子たちは押しつぶされそうになっていた。
しかしジャックだけは、あっけらかんと言ってのける。
「いや、手に入れたのはメインの『猛毒肝』だけだ。サブのほうは失敗しちまった」
「どうやら俺もヤキが回ったみたいだ」と続けるより早く、カラマリはジャックをシュバッと指さしていた。
「で……デザイアン様っ! コイツが失敗したんです!
コイツが持ってるナイフに、土に還ったあとの液体が残ってるのが何よりもの証拠です!
コイツはアル中で、ずっと手が震えてたんですよ!
コイツにやらせたら失敗すると思って、メインの『猛毒肝』は僕が剥ぎ取りました!
サブも僕が剥ぎ取るつもりだったのに、コイツが無理やりやって、失敗したんです!」
立て板に水が流れるような、見事なまでの『なすりつけ』。
他の弟子たちは、目を丸くしてカラマリを見ていたが、すぐに乗っかった。
「そ……そうです! 僕も見てました!」
「もはやジャックは役立たずです! ここにいる僕たちのほうが剥ぎ取りが上手なんです!」
「それなのにジャックは認めようとせず、ずっと偉そうに師匠風を吹かしてて……!」
なぜならば、カラマリの仕業だとバレたら、弟子の全体責任にされると思ったからだ。
弟子たちはデザイアンに怒られるのが怖くて、師匠であるジャックをあっさり売り渡した。
そしてジャックは否定しようともせず、肩をすくめる。
口の中にしまい込んでいた言葉をようやく外に出した。
「ああ、どうやら俺もヤキが回ったみたいだ。久々に、失敗しちまったよ。
でもいいじゃないか、メインのものが手に入ったんだから、クエストは達成だ。
それに、昔は俺たち……」
次の瞬間、ジャックの頭は身体ごと、斬首されたように吹っ飛んでいた。
馬上から振り下ろされたムチが、首筋を打っていたのだ。
ジャックが首から下げていた白金の認識票、通称『ギルドタグ』がちぎれ、宙を舞う。
デザイアンは飛んできたギルドタグをキャッチすると、その仲間の証を潰すほどに握りしめていた。
「貴様はクビだっ! いいや、殉死だっ!」
倒れたままのジャックの背中に、容赦ない追撃のムチが降り注ぐ。
「よく俺様の前で、いけしゃあしゃあと!
俺様は失敗が大嫌いなのだっ!
失敗は殺すっ! 敗北は殺すっ! 後退は殺すっ!
殺すっ! 殺すっ! 殺すぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
ジャックの背中は服ごと切り裂かれ、血の滲んだ裂傷にまみれる。
それは見るからに痛々しい姿であったが、誰もデザイアンの暴力を止めることはしない。
誰もが、巻き込まれるのを怖れていたから。
弟子たちはとうとう、自分たちは関係ないとばかりに、仲間たちの群れに移動していた。
それからデザイアンの指示で、ジャックは打ち付けた十字の木材に磔にされる。
ジャックはもうボロボロで、抵抗する気力も残っていなかった。
帰り支度を終えた、オールグリードの一行。
リーダーであるデザイアンは、洞窟の最深部に残した罪人を見やる。
「我がギルドでは、失敗こそが何よりもの大罪!
失敗した者に与えられるのは、不名誉なる死!
皆の者! あの愚か者の最後の姿を、しっかり目に焼きつけておくのだ!
そして誓うのだ! 絶対に失敗はせぬと!」
すると、帰りの隊列の中から、カラマリが飛び出してくる。
彼は足元の石を拾いあげると、生まれ変わったようにキリッととした表情で宣言した。
「はい、デザイアン様! 僕は誓います! 失敗はしないと!
あんな愚か者にはならないと、今ここに誓いますっ!」
言いながら、手にしていた石をジャックに投げつける。
石はジャックの頭にガツンと当たった。
「ワハハハ! いいぞ、トレジャーハンター!
貴様、なかなか見所があるな!
よぉし、それでは今日から貴様が我がギルドにおける、トレジャーハンターのリーダーとなるのだ!」
「あ……ありがとうございます!」と頭を下げるカラマリ。
すると我も我もと寄ってきて、かつての仲間たちがジャックに石を投げはじめた。
「このっ! ギルド設立メンバーだからって、偉そうにしやがって!」
「偉そうにして失敗するだなんて、ざまぁねぇぜ!」
「デザイアン様の足をひっぱりやがって! お前なんかモンスターのエサになっちまえ!」
飛び交う石、狂気に満ちた笑い声。
高い木の上の罪人は、ただ血の涙を流すだけだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから数日後。
とある3人組のパーティが、『毒眼竜の洞窟』を訪れていた。
彼らが探索していたのは浅層だったので、それほど強いモンスターはいない。
しかし彼らはまだ経験が浅いのか、その雑魚モンスターにすら苦戦していた。
そこに、悲鳴がやってくる。
「たっ……助けてくれぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
衣服がボロボロの半裸の男、しかもなぜか身体を木に縛り付けられた格好で走ってきたのだ。
しかも、ドドドドドと振動を起こすほどの、モンスターの群れを引きつれて。
モンスターはワニとダチョウを足したような姿の『リザーダッグ』を。
この洞窟の浅層ではポピュラーなモンスターであった。
先ほど同じモンスターと戦闘を終えたばかりのパーティは、「うえっ!?」と叫んでいた。
「な、なにアイツ!? モンスターをあんなに引きつれてるわよ!?」
「しっしっ、あっち行け! 巻き込むんじゃねぇ!」
「ええい、もうこうなったら、やるしかないよっ!」
パーティは、逃げ回る半裸の男を追いかけ、時にはリザーダッグに追いかけられ、ドタバタの乱闘を展開。
なんとかモンスターの群れを全滅させた。