83話: エピローグ〜新しい春の予感〜
どうも。先日高速道路でエンジンが故障したアサヒです。
人生でレッカー車に乗る日が来るとは思いませんでした。
「祝! 禁恋法撤廃いいいいぃ!」
総司の部屋に、細井の高らかな宣言が響き渡る。
あれから数日後、横手は正式に恋愛禁止の提案を取り下げた。
総司に言質を取られたからには、もう逃げられない。
告白は失敗するわ野望は打ち砕かれるわ、横手のライフはもう0だろう。
まあ99%自業自得な故に、同情はできないな。
そして休日の今日、俺たちはその祝勝会ということで細井に召集されていた。
場所は安定の総司宅。
六人で囲むテーブルには、おはぎや団子などのお菓子が並ぶ。
「禁酒法みたく言うな」
当の家主は、こんな集会に使うなと言わんばかりの不満顔だ。
まあ、こいつはデフォルトが不満顔だけど。
「これでやっと大手を振って付き合えるってわけだ。なあ宮本?」
「つ、付き合ってないから! 親友だから!」
「おっけーおっけー。分かってるって」
先日友達から親友へクラスアップ(?)した細井、宮本コンビ。
このどたばたカップルは今後どう発展していくのだろうか。
「にしても伊織くんに総司くん、どうやって横手さんを説得したの?」
全員分のグリーンティーをとくとくとコップに注ぎながら、秋本が尋ねてきた。
乾杯の音頭をとった後に飲み物を配るのは秋本クオリティ。
「確かに、あのかいちょーさんがあっさり諦めるって、意外だったかも」
「あ~、それなぁ……」
回ってきたコップを受け取りながら、俺は渋るような返事を返す。
見ると、総司もあまり楽しそうではない。
その理由は……、
「くしくも細井が言っていた“恋愛を分からせる”方法になってしまった」
解決法が本意のものでなかったからだ。
機会を逃すのももったいないから利用はしたが、本来はもっと手堅く狡猾にやりたかった……っというのが総司の切なる願いだろう。
しかも細井の阿呆な案をぼろくそに言った手前、頭が上がらない。
何の話か忘れてしまった人は、72話を読んでくれ。
「ほら言っただろ!? 必ず最後に愛は勝つ!!」
「「…………」」
細井のどや顔に何も言い返せない俺と総司。
特に総司は怒り心頭だろう。
絶対後で嫌がらせするだろうな。
そんな総司の心情はいざ知らず、細井は地雷原を裸足で突き進む。
「俺の策略も清水に負けてねえってことだな。け~いかくどお~~り!!」
「よし分かった。今後お前のことはバ神と呼ぶ」
「お、ついに俺のことを神と認めたか。新世界の!」
「IQ2の世界のな」
「え?」
なんにせよ、これでようやく普段通りだ。
今は、それで良しとしよう。
「そういえば、もうすぐ私たち三年生だねぇ。新入生いっぱい入ってくるかなあ」
話題を変えるように、秋本がそんなことを言い出した。
「定員割れしてない限り、似たようなもんだろ」
「もう、総司くんは夢がないなあ。どうする? 有名人とか入ってくるかもよ?」
現実的な返しをする総司に、さらに秋本は冗談を返す。
だがそれに総司は、意外な反応を示した。
「有名人なら、入ってくるだろ」
「「「「「え?」」」」」
有名人が入ってくる? 何を言っているんだ。
詩織だけでも手一杯だっていうのに、いったい誰が……。
「あっ!!」
その時、俺も思い出した。
そういえば……、
思い出せない人は、11話戻ること。
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総司宅での祝賀会を終え、俺とチーナは歩いて帰路についていた。
バイクは訳あって故障中。
ま、たまには歩きもいいだろう。
よく晴れた春の昼下がりの歩道は、散歩にはちょうど良い。
『なんだか、また大変なことになりそうだね』
『大変なのは、いつものことな気がするけどな』
言葉とは裏腹に、妙に嬉しそうなチーナに俺は苦笑を浮かべる。
こんなドタバタな日常を楽しめるなんて、チーナもなかなかに根性がある。
チーナの歩幅に合わせながら、ゆっくりとアスファルトを踏みしめる。
そんな中、不意にチーナがこんなことを言い出した。
『そういえば、私たち付き合ってるのに、それっぽいことな~んにもしてないよね』
『え、それっぽいことって?』
『それは……腕組んだり、キs……とか』
『キs……? キの複数形? あ、キスか』
『ごまかしてる?』
『まっさか』
うそです、ごまかしてます。
急に変なこと言われてドッキドキないおりんのハートビートをごまかしてます。
『でも俺たちって、手をつないだりチークキスしたり、普通にスキンシップは取ってるよな。それでなくとも一般的なカップルとはかけ離れてるわけだし……今更必要か?』
『だからこそ、普通の恋人っぽいこともしてみたいんじゃん?』
『そんなもんか?』
まあチーナが望むなら、俺から拒絶する要因は微塵もないわけで。
だからと言って、キの複数形は、いろいろと流れ的に今じゃない気がする。
ならば、と俺は左の腕を少しだけ曲げ、
『お客様、ここに程よく組みやすい腕をご用意しましたよ』
っと、わざとらしく口にしてみた。
『あら、ならお言葉に甘えて』
チーナも演技じみた口調を真似しつつ、するりと俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。
チーナの体が俺の腕に密着し、わずかな柔らかさを感じる。
ただしその感触は、俺の右腕側に。
『ん、お客さん? そっちは予約された席じゃありませんよ?』
『い~え。私は車道側の席は予約していません』
あ、しまった。本当だ。
『これは……とんだ失礼を』
『次からは気を付けて?』
『了解です』
ぬう。最近やっとチーナの歩幅が分かったというのに、また気を付けることが。
気の遣える紳士への道は遠い。
『ねえヨリ。あの家って、ヨリの家だよね?』
『ん? ああ、そうだな。もう違うけどな』
歩きながらチーナが指をさしたのは、俺が生まれ育った家。
白を基調とした、5LDKの少し立派な普通の家だ。
親権喪失の際に売りに出されて、既に買い手が見つかっている。
『そっか。あの家にこれから……』
『そうだな。あいつらが住むことになる』
『複雑?』
『どうだろう』
正直あの家に、いい思い出は少ない。
父との記憶も、基地や海外でのものばかりだ。
だからと言って、あの家で過ごした時間が無であるわけでもない。
『まぁ、複雑だな』
『そうだよね。家族と過ごした場所……だもんね』
『でも、寂しくはないな。俺には新しい家族がいて、仲間がいて、チーナがいる。それにあいつが住むっていうなら、あの家も本望だろ』
たとえ大嫌いな奴でも、全くの他人が使うわけじゃないと思うと、なんとなく安心するのは不思議だ。
『そうだね、私も寂しくはないかな。ヨリの周りは、いつも賑やかだから』
『それはよかったよ』
『ヨリはトラブルメーカーだから、私が見張っておけないと』
『ははっ、どこの横手だよ』
確かに、俺の周りは少しだけ賑やかだ。退屈する暇なんてない。
三年になっても、それは変わらないだろう。
でも俺は、そんな日常が嫌いじゃない。
腕に伝わる柔らかな温もりを感じつつ、俺は、そう思った。
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『ところで、次からは私の出番増えるかな?』
『は? 出番ってなんだ?』