77部: マルチリンガルの意地
嘘だ!今日がGW最終日なんて信じない!!!!
「ちょっと鏡くん! 自分勝手な行動しないで、速くこっちに戻って!」
生徒会として教師とともに控えていた横手が、こっそりこちらに近づいて来て、周りに聞こえない程度に怒りの言葉を放ってくる。
自分勝手って……俺がわがままで軍人ゾーンに立っているとでも思っているのだろうか。
少し離れたところで校旗を持っている斎藤副会長も、忌々しげな視線を送ってきている。
会長に恥をかかせるつもりか、とでも言うように。
「知らねぇよ。その言葉、俺じゃなくて周りの筋肉ダルマ共に言ってくれ」
「ちょっと……聞こえてないからって軍人様に対して失礼よ!」
そんな裏の攻防などいざ知らず、開会のセレモニーはつつがなく進む。
日本とアメリカの国歌を順に斉唱した後、主催校である基地内ハイスクールの校長が通訳と共に挨拶。
そして次の題目は……
「続きまして、米海軍代表として、ロバート・ルイス少佐からご挨拶を頂きます」
米軍側からの挨拶。
『ほら伊織出番だ。しっかり通訳して、プロの通訳者泣かせてこい』
『すまないな伊織。たまたま君がいてくれて良かったよ。よろしく頼む』
『ロバートさんまで……分かりましたよ』
ロバートさんとは通訳を担当する時に時々会うくらいの間柄だが、いつも俺を褒めてくれるし、たまに食事にも誘ってくれる。
だからロバートさんに言われると何となく断れない。
普通に階級高いし。
諦めた俺は、驚く横手を置き去りにして、ロバートさんと共に演台に立った。
その瞬間、何百という視線が向けられ、額が物理的に熱くなるような感覚を覚える。
まあここに立った以上はやるしかない……か。
『皆さんこんにちは。紹介頂いた、ロバート・ルイスです』
「皆さん……………です」
俺は渡されたマイクを持ち、普段通り通訳をしていく。
ロバートさん自身も通訳され慣れていることから、適度な長さで区切ってくれてこちらもやりやすい。
それに今回は一方的なスピーチを訳すだけで、相手の返答まで考慮する必要はない。
まぁ、普通にやれば楽勝だろう。
「This is my friend Iori(こちらは友人の伊織です)」
「今回正規の通訳者が急用で来られなくなったとの事で、私が代わりを努めさせていただくことになりました。よろしくお願いします」
急に難易度跳ね上がったんですが!?
色々と秘密がバレちゃうから俺の話はせんでください!?
「どうして堀北の生徒が米軍の通訳を?」
「堀北校のやつ、なんで米軍側にいるんだ?」
『あの人、すごく通訳上手いね』
後ろに立つ教師や他校の生徒がボソボソと話しているのが聞こえ、頼むからこれ以上目立たないようにと祈る。
それが届いたのか、その後は穏やかに挨拶は続き、
『それでは、今日が皆さんにとって素敵な一日になるよう祈っています』
「……………ます」
締めの言葉を通訳し終えて、会場からパチパチと拍手が上がった。
ふう、やっと終わった。
さて、俺も自分の学校ゾーンに戻ろう……。
「続きまして、堀北高校生徒代表挨拶。代表、イオリ・コックス君」
……………………。
演台降りた瞬間をスナイプするのやめて貰えます?
Uターンするの恥ずかしいんですけど?
ロバートさんやイーサンに軽く笑われつつ、踵を返して演台に戻る俺。
その耳に、また他校の生徒の囁き声が耳に入った。
「コックスって……なんだ、ハーフかなにかだったのか」
「通訳できるのも当然か」
「せっかくちょっとカッコイイと思ったのに、拍子抜けかも」
それを聞いて、俺は久々の苛立ちを感じた。
自分が悪く言われるのは、悲しいことに少し慣れている。
だがマルチリンガルである事だけは、自分の努力の結果として唯一誇りに思っている部分だ。
それを当然だと抜かしやがった。
いいだろう。
俺が最初に演台に立ったのが運の尽きだ。
思いっきりハードル上げといてやるよ。
俺は演台の前に戻り、マイクのスイッチを入れ直す。
「皆さんこんにちは。堀北高校生徒代表、イオリ・コックスです。この度は……」
まずは、日本語でのスピーチ。
一人ずつ複数言語で話すということで、例年そこまで長いスピーチにはしないらしい。
俺も短すぎない程度に無難な挨拶を淡々と済ませ、続く英語でのスピーチも卒なく終わった。
さあ、ここからだ。
見せてやるよ、俺の実力を。
俺は一呼吸置くと、マイクを持ってくるりと体の向きを変える。
顔を向けた先は、演台の後ろに控えるインターナショナルスクールのメンバー。
先程から、俺の事をボソボソ言っていた方向だ。
「ナショナルスクールの生徒会の方、すみません。御校で、日本語と英語の次に多いのはどこの言語圏の方々ですか?」
まさか発表中に話を振られるとは思っていなかったのだろう。
突然の展開に、ザワザワするナショナルスクールズ。
「何やってるの鏡くん! 今すぐやめて……」
「まあまあ、やらせてやってくれんかね」
途中、横手が俺を引きずり下ろさんばかりの形相で迫ろうとしてきたが、それを近くにいたロバートさんが止めてくれる。
やんわりと、しかし確かなプレッシャーに、「はぃ……」と彼女は素直に従った。
「え……ええっと、中国語圏の生徒が多いです」
「その他に、言語のリクエストとかありますか?なるべく沢山の方に聞いて頂きたいので」
「それは……では、フランス語で」
「分かりました。ありがとうございます」
ナショナルスクールの生徒会らしき生徒から回答を受け取り、ぺこりと会釈する。
そして俺はまた正面に向き直った。
「それではこれからは、今リクエスト頂きました中国語とフランス語で、お話させて頂こうと思います」
その後のスピーチでは終始、後ろの人達が皆、息を呑んでいるのが伝わった。
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ロバートさんの階級設定に無駄に悩みました。
良さげな階級あったら教えて下さい!




