44話: コペンハーゲン解釈
「今日はご馳走様でした。美味しかったです」
「すみません……寝てしまって……」
時間も遅くなり、俺たちは家に帰る事にした。
チーナは寝落ちしてしまった事を相当恥ずかしく思っているのか、さっきから赤面して度々謝っている。
まあ俺とて食事にがっつき過ぎてしまった手前、人の事は言えないが…。
「また来いよ伊織。次はエマとリリーもいる時にな」
「チーナちゃん、別に気にしてないから大丈夫よ。またいらっしゃい」
2人に見送られ、俺たちはペコペコしながら庭へと繰り出す。ペコペコと言っても頭は下げない、だってアメリカではry……。
見上げた夜空には星が輝いていて、肌を撫でる風はとても冷たい。
少し身震いをしてジャケットの襟を手繰りよせながら、庭の半分程に差し掛かった時だった、
「伊織!チーナ!」
っとオリバーさんに大声で呼び止められた。
驚いた俺たちは、先程出てきた玄関を振り返る。
「お前たち、困った事があればいつでも言え!これは上官命令だ!従わないと厳罰だぞ!」
「え……」
オリバーさんは腕組みをして、ニカッと笑って強く言い切った。
嬉しかった。
オリバーさんの優しさが、アイラさんの手料理が、賑やかな会話が。
家族の温かさって、こんな感じなんだろうか。
なぜかオリバーさんの姿が、亡き父と重なって見えた気がした。
目頭がじんと熱くなり夜の寒さも感じなくなった俺は、思わず背筋を伸ばし、片手を額にビシッと持って行く。
軍人の敬礼だ。
見ると、チーナも目に涙を浮かべて頷いていた。
久しぶりに家族の温かさを思い出したのだろう。
今日は呼んでもらって、本当に良かった。
そして、今度こそ俺たちはバイクに乗ってオリバー邸を後にした。
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数分ほどバイクを走らせて家に到着した俺たちは、荷物を置いてジャケットを脱ぐ。
どっと疲れたけど、凄く楽しかった。
チーナもテーブルに突っ伏しながら、今日の感想を嬉しそうに呟き始めた。
『オリバーさんもアイラさんも、とってもいい人だったね。全然怖く無かった』
『だからって寝落ちするやつがあるかよ』
『ヨリだって、カロリーの前に理性失ってたじゃん』
『それはアイラさんの料理が美味いからしょうがない』
『じゃあなんでいつも私のご飯平然と食べてるのかな?』
『それは……ったく、からかうなよ』
俺の困った顔を見て、ふふっと笑うチーナ。
そんなさり気ない仕草に、俺の心は乱される。
このいたずらっ子め。いちいち…可愛いな。
俺もチーナの正面に座り、ぷいっと明後日の方向に目を向ける。
なんとなくチーナを直視出来ない。今日の俺は、少し変だ。
俺はチーナと顔を合わせないようにしながら、話を続けた。
『そう言えばヨリ……高校卒業したら、アメリカに行くの?』
『あれ、聞いてたのか?寝てたんじゃなかったのか?』
『ううん……そこまでは、ギリギリ…』
『まあそうだな。俺にとって軍人は憧れだからな』
『そっ…か。よr……………』
『………ん?チーナ?』
会話の途中から、急にチーナからのリアクションが途絶える。
不思議に思って目を向けると、
あ、寝てる……。
チーナは腕に顔を埋めてすやすやと寝息を立てていた。
さっきも居眠りしてたし、そんなに疲れてたのか?気付かなかったな。
最近遅くまで勉強頑張ってたし、朝食を作るために早起きしたのかもしれない。
これからは、俺も気をつけてやらないとな。
とにかくこのままでは風邪をひいてしまうので、ひとまずベッドに寝かせることにする。
最悪、朝ランニングの時に起こせばいい。
そう思った俺は、チーナの脇と膝の裏にそっと腕を添えて抱き上げ……
かるっ!ほそっ!
女の子特有の体つきに、理性がゴリゴリ削られる音がした。
なあああああぁもう!チーナお前無防備過ぎだろ!なんで男の前でスースー寝られるんですかね!
心中穏やかでないまま、円周率を唱えつつ俺の部屋にチーナを運んでベッドに寝かせ、布団を首元までかけてやる。
そのまま立ち去っても良かったのだが、何となく膝をついてその寝顔を見つめた。
こうして彼女の寝顔を見るのは初めてではない。
バイトから帰ったらベッドでスヤァってしてる事も何度かあった。
そう言えば、チーナが来た直後にもそんなことがあったな。あの時は……驚いた。
あれから2ヶ月と少し。
思えば、ほとんど毎日チーナと過ごしている気がする。会ってない日なんて無かったかもしれない。
そう思うと、急にチーナの寝顔が愛しく感じてきた。
いつも見ているはずなのに、何故かどんどん心拍数が上がっていく。
別に彼女の事が好きとか、そういうんじゃないとは思う………
たぶん。
恐らく。
コペンハーゲン解釈的に。
でも少しだけ、少しだけ彼女に触れたくなってしまった。
何か言葉に出来ない感情が、湧き上がった気がした。
いつもの不意打ちのお返しに、このくらいなら……。
俺はチーナの顔に自分の顔を近づけて行く。
そしてその頬に、震える唇を、ほんの少しだけ押し当てた。
「おやすみ、チーナ」
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コペンハーゲン解釈とは、観測された時点でその状態が決定されるという解釈。言い換えれば、観測されるまでその状態は決定されない(状態の重ね合わせ)ということ。
何言ってんねん(`-д-;)
つまり、伊織の中でチーナへの気持ちが決定されてないって例え笑
完全に理系ネタですね。